海外で値切ってはいけない/純丘曜彰 教授博士
/半端な旅行慣れが一番危ない。現地には現地の事情があるにもかかわらず、日本国内の感覚で好き勝手なところに入り込み、現地の運転手や店員に横柄に接していれば、いつかどこかで闇討ち遇う。/

 なまじ語学ができて海外旅行慣れしたやつは、端で見ていて、おそろしい。平気で自慢げに海外の街の「崖っぷち」を行く。だが、よく言うように、水と安全がタダと思っているのは日本人だけ。海外では、高いカネを出したからと言って、ろくなサービスも無く、ぼったくられるだけのこともたしかに少なくないが、しかし、安い方は、まちがいなくいつか致命的なツケが回る。

 よく日本では、海外のタクシーでぼったくられた、などという話を聞く。だが、同じタクシーに何回か乗り、運転手と打ち解けて話を聞いてみると、日本人の観光客は、半端に英語が出来て、わざと遠回りしただのなんだの、わけのわからない、腹立たしい文句をつけてくるので、ほんとうは乗せたくないのだ、と言う。海外の多くの国は、都市のみに人口が集中しており、複雑な交通規制が布かれている。そのうえ、通行もはばかられるほどヤバい問題地域があったり、二重縦列駐車だらけだったり、大通りを遮断して特定曜日に朝市があったり。なのに、道しか描かれていないガイドブックの地図だけを見て、あれこれ偉そうに言われても、たしかに困るだろう。そのうえ、お客様は神さま、の感覚で、運転手をはなから疑ってかかって、態度も横柄なのだから、嫌がられるのも当然。

 あこがれの海外の街を訪れても、予想外の手痛い待遇に遇い、心理的に変調をきたしてしまう「パリ症候群」がしばしば話題になるが、あれは、本人の誤解や錯覚ではなく、事実だ。タクシーはもちろん、カフェやレストランでも、露骨に日本人観光客を差別する場合がある。実際、いくらカネを持っていても、注文からデザート、チップまで、日本人観光客は、中国人観光客とは別の意味でトラブルの元。そもそも基本的に、日本以外の国では、売り手も買い手も対等な取引だ。相手が店員でも「敬語」が当たり前。いくら単語を知っていても、命令形にプリーズを付けただけ、なんて、まったく論外の、かなり高圧的な言い方。まして、日本でしばしば見かけれるような、運転手や駅員、店員に攻撃的に食ってかかるような交渉態度であれば、恨まれ、後で闇討ちにされても不思議ではない。

 海外に行くと、誰にでも英語や現地語でペラペラしゃべりたがるやつがいるが、あれもかなり危ない。しゃべれば、現地事情の精通程度が知れてしまう。悪いやつらは、それを探るために、わざと親しげに話しかけてくる。だから、日本人同士でもそうであるように、べつに親しい相手でもないのなら、なにか話しかけられても、必要最小限以上には話さない方が安全。ヘラヘラと愛想を振りまいたりせず、なにを話しかけられても、無表情にむすっと黙っていろ。それで、むしろ逆に、言葉がまったく通じていないと思って気を抜いている連中のしゃべっていることを聞き取って、本音本心を探った方がいい。

 また、事実はどうあれ、ほとんどの海外の国で、日本人はみな金持ちだ、と思われている。まして、新婚旅行のカップルなどとなれば、相応の御祝儀のお裾分けくらいあって当たり前と思われている。最初から期待値が高い。だから、値切る、価格交渉をするなどというのは真逆。むしろ御大尽として先にプラスアルファを言い出してしまうくらいの方が話が簡単。値切れば、サービスも落とされる。反対に、先に多めのチップを言い出してしまえば、さらなるチップを期待して、エキストラサービスを出してくることもある。

 いくら言葉ができても、日本の感覚や習慣で言葉を使ったのでは、みずから災いを招いているようなもの。海外では、水と安全は、タダではない。

by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士

(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。