『パカパカファーム』成功の舞台裏
連載●第26回

パカパカファームが大きな期待を持って導入した繁殖牝馬のラヴアンドバブルズ。2009年5月、ディープインパクトの仔を宿した彼女は出産のときを迎えていた。このとき、お腹の中にいた馬こそ、牧場の名を一躍有名にしたディープブリランテ。のちに日本ダービーを制した同馬は、どのような誕生を迎えたのか。その瞬間に迫る――。

 サラブレッドの出産期は春。といっても、子どもが生まれるタイミングはそれぞれ異なり、早い馬では1月下旬に、遅い馬では6月初め頃に出産する。そのため1月下旬から6月初頭は、競走馬の生産牧場にとって「繁忙期」となる。

 パカパカファームでも毎年このシーズンになると、スタッフは24時間体制で繁殖牝馬を管理する。長年、同牧場で夜の時間帯を任されているのは、フォーリングマネジャー(生産担当)の伊藤貴弘氏。2009年、ディープブリランテが生まれたその夜も、彼は母馬ラヴアンドバブルズの様子を間近で見ていた。

「5月8日の深夜2時頃にお産が始まりました。ラヴアンドバブルズは自身の馬体も立派で、一族の馬たちも日本で活躍していたので、その出産には個人的にも特に注意を払っていました。父もディープインパクトですから、『いよいよ』という気持ちでしたね。生まれてくる仔への期待は高まるばかりでした」(伊藤氏)

 もちろん、パカパカファームの代表ハリー・スウィーニィ氏も、ラヴアンドバブルズの出産を気にかけていた。普段、深夜の出産は伊藤氏に一任しているが、このときだけは「深夜でも構わないから出産が近づいたら連絡してほしい」と伝えていたという。そしてスウィーニィ氏は、その伊藤氏の連絡を受けて、深夜2時過ぎに牧場へと駆けつけた。

 スウィーニィ氏と伊藤氏が立ち会って行なわれたラヴアンドバブルズの出産。伊藤氏曰く「お産は極めて順調だった」という。

「2時頃からお産が始まって、2時30分にはすでにディープブリランテが生まれていました。お産はほとんど苦労することなく、すぐに生まれた記憶が残っています」

 一緒にその様子を見届けたスウィーニィ氏は、ディープブリランテが生まれた瞬間をこう振り返る。

「出産で一番大切なのは、生まれた仔馬が元気かどうか。ディープブリランテはとても元気でした。身体も非常に健康でした。まずそこでひとつ安心したことを覚えています。そして、その次に見るのが、仔馬の性別。生まれた仔馬が牡だとわかって、正直なところホッとしました」

 競馬界で最高峰に位置するタイトルは、日本ダービー(東京・芝2400m)。馬主や調教師は、毎年ダービーを勝てる馬を探して牧場やセリ市を訪れると言っても過言ではない。そのダービーを勝つためには、身体能力に勝る牡馬であることが大きな条件。歴史をひも解けば、2007年のウオッカのように牝馬ながらダービーを制した馬もいるが、基本的には牡馬が手にするタイトルだ。

 そのため、サラブレッドの市場では、牡馬の需要が高く、牝馬に比べてずっと高い評価になる。スウィーニィ氏が「牡だとわかってホッとした」のは、これが理由だった。

「ひと通り健康状態をチェックしてから、生まれた仔馬の馬体をよく見たとき、本当に『素晴らしい』と感じました。生まれたばかりですから、もちろんまだそれほど筋肉は付いていませんが、とにかく骨格が大きく、骨も太かったのです。サラブレッドの馬体は、生まれたばかりでもかなりの個体差があります。ディープブリランテは間違いなく素晴らしい馬体の持ち主でした」(スウィーニィ氏)

 生まれたばかりのディープブリランテに抱いた大きな期待。それは伊藤氏も同じだった。

「僕から見ても、他の馬とは見た目がまったく違いました。骨格がよく、脚も真っ直ぐで、素質と力強さを感じましたね。何より、生まれてから立ち上がるまでの時間がとても早かったんです。確か、15分くらいで、仔馬としてはとても早いほうでした」

 草食動物の馬は、本能的に生まれてからまず立とうとする。なるべく早く動けるようにならないと、肉食動物たちに狙われるからだ。しかし生まれたばかりだからこそ、すぐに立てる仔馬もいれば、なかなか立てない仔馬も出てくる。それを分けるのは、仔馬自身の持つ体力。生まれてすぐに立てる仔馬は、それだけ体力に恵まれていると言えるだろう。

 サラブレッドの仔馬なら、立つのに30分〜40分はかかるのが普通。それをディープブリランテは15分ほどで立ち上がった。この記憶は今でも伊藤氏の心に残っている。

 さらに、パカパカファームでは生まれた翌日に必ず仔馬の立ち姿を写真に収めるのだが、撮影したスタッフは「ディープブリランテほど綺麗に立った馬はいない」と振り返った(1ページ目の写真参照)。

 生まれながらに素晴らしい馬体を持ったディープブリランテ。たが、気がかりがひとつだけあった。サラブレッドとしては「遅生まれ」ということだ。1〜3月に生まれた同年齢の馬と比べると、成長が遅れる分、どうしても大きさで見劣ってしまう。そのため、当歳(0歳)のセリ市では、過小評価される可能性があるのだ。

 もちろん生まれた翌年、1歳のセリ市まで待てば、早くに生まれた馬たちと比べても遜色ない馬体に育つ。だが、スウィーニィ氏は、それからわずか2カ月後に行なわれる競走馬のセリ市「セレクトセール」に、当歳のディープブリランテを上場することを決めた。

 いったい、そこにはどんな考えがあったのか。次回は、ディープブリランテがセレクトセールに上場されるまでの日々を追う。

(つづく)

河合力●文 text by Kawai Chikara