有馬記念「有力馬」の勝算(2)
オルフェーヴル

 今年の有馬記念(12月22日/中山・芝2500m)は、「オルフェーヴルの有馬記念」だ。

 その実績から、日本の最強馬であることは、誰もが認めるところだろう。史上7頭目の三冠馬で、フランスの凱旋門賞でも2年連続の2着。日本国内だけでなく、その強さは世界も認めている。また、有馬記念のファン投票では8万1198票を集めて堂々の1位。ファンの支持も高い。

 そんなオルフェーヴル(牡5歳)が有馬記念を最後に、現役を引退する。

 彼は"ラストラン"でどんな走りを見せてくれるのか。そして、有終の美を飾ってくれるのか。ファンの関心は、ほとんどそこに集まっている。やはり今回の有馬記念は「オルフェーヴルのため」のレースなのだ。

 栗東の競馬専門紙トラックマンによれば、オルフェーヴルのここまでの調整過程はいたって順調だという。

「すごく良くなった、という感じはないけれど、調教ではいつもどおりによく動いています。今回の相手関係を考えれば、これだけ動ければ十分なのではないでしょうか」

 昨年は凱旋門賞から帰国したあと、あまり間隔を開けずにジャパンカップ(2012年11月25日/東京・芝2400m)に出走。ジェンティルドンナの2着に敗れた。そしてその後、有馬記念出走を目指したものの、体調が整わずに回避した。そこで、今年は昨年の轍(てつ)は踏むまいと、あえてジャパンカップ(11月24日)を回避。凱旋門賞後の目標を、引退レースとなる有馬記念一本に絞った。そのことが、どうやらここまでは功を奏しているらしい。

 12月12日の1週前追い切りのあとも、オルフェーヴルを管理する池江泰寿調教師、手綱をとる池添謙一騎手ともに、「順調」と口をそろえた。

 前出の専門紙トラックマンが言うとおり、今回は相手関係にも恵まれた。

 最強のライバル、ジェンティルドンナ(牝4歳)は、早々に有馬記念の出走回避を表明。加えて、天皇賞・秋(10月27日/東京・芝2000m)でそのジェンティルドンナを蹴散らしたジャスタウェイ(牡4歳)に、菊花賞(10月20日/京都・芝3000m)を圧勝したエピファネイア(牡3歳)も、有馬記念の出走を辞めて休養に入った。さらに、凱旋門賞で4着と健闘し、オルフェーヴルとの国内対決が期待された、今年のダービー馬であるキズナ(牡3歳)も「体調が整わない」として出走を断念。そして、順調に調整を進めていたエイシンフラッシュ(牡6歳)までも故障が発生し、レースを目前にして引退することとなった。

 結局、ファン投票上位で出走するのは、3位ゴールドシップ(牡4歳)くらい。ただ、ゴールドシップも前走のジャパンカップでは見せ場なく敗戦(15着)。オルフェーヴルを脅かすような存在とは言えず、専門紙トラックマンは「この相手なら、オルフェーヴルの状態面が"普通"でさえあれば勝てる」と言い切る。

 大一番には必須とされる"運"も、オルフェーヴルに味方しているようだ。

 もしオルフェーヴルに警戒すべき"敵"がいるとしたら、それはライバル馬ではなく、オルフェーヴル自身と言えるかもしれない。

「(オルフェーヴルは)とにかく、やんちゃ。油断すると振り落とされる。本当に(扱いが)難しい馬」

 誰よりもこの馬を知る池添騎手が過去のインタビューでそう語っているように、オルフェーヴルは気性面で難しさを抱えている馬だ。昨年の阪神大賞典(2着。2012年3月18日/阪神・芝3000m)で、向こう正面で大きく逸走したシーンはまだ記憶に新しいところ。「(オルフェーヴルも)もう大人になった」と関係者はそうした不安を一笑に付すが、持って生まれた気性の激しさが絶対に再発しないとは言い切れない。

 なぜなら、オルフェーヴルの強さの秘密は、そこにあるとも言えるからだ。ある厩舎関係者が言う。

「馬も人間と同様で、従順なタイプもいれば、それとは正反対のタイプもいる。ただ馬の場合、なかなか言うことを聞かなかったり、気難しかったりする馬のほうが、いろいろなことがうまく噛み合えば、とんでもない大物に育つことがある」

 デビューしたての頃は、牝馬にも負けて、ふた桁着順に沈むこともあった。それでも、目先の結果にとらわれず、辛抱強く育てていけば、ここまで成長し、強くなる――。オルフェーヴルとは、そうした競走馬の底知れぬ可能性を見せてくれた馬だった。

 だが、そういう馬だからこそ、現役として走り続ける限りは、走るための装置でもある"反骨心"を消し去ることはできない。"反骨心"とは、オルフェーヴルの心中に燠(おき※赤くおこった炭火)のようにくすぶる「オレは誰にも支配されない」という強い気持ちだ。その気持ちが持てる能力と噛み合って、オルフェーヴルはたぐい稀(まれ)な強い馬になった。オルフェーヴルはそうした"宿命"を背負った馬であり、それゆえラストランでもまた、強さと表裏にある"反骨心"が何かの拍子に爆発するのではないかという危険性を抱えている。

 また、オルフェーヴル自身の"衰え"も気になる。以前、オルフェーヴルと戦う立場にあった福永祐一騎手は、同馬についてこう評した。

「日本の馬でかなう馬はいない」

 それほど無敵を誇っていたが、前述した阪神大賞典の逸走後、日本の馬にも負けるようになった。直後の天皇賞・春(2012年4月29日/京都・芝3200m)では、11着と惨敗。その秋には、前述のとおり、3歳牝馬のジェンティルドンナに敗れた。

 2年連続2着の凱旋門賞にしても、昨年はクビ差の惜敗だったが、今年は勝ち馬から5馬身の差をつけられた。もちろん相手が違うし、レース内容も異なるだけに、1着馬との差だけで実力の浮き沈みは測れない。とはいえ、直線に入ってからの凄まじい勢いやパフォーマンスは、昨年と今年とでは明らかに違った。

 これは"衰え"を意味するものなのか。前出の専門紙トラックマンが語る。

「昨年の有馬記念に続いて、今年の宝塚記念(6月23日/阪神・芝2200m)も『体調が整わない』として回避しましたからね。このように回避が続くのは、"衰え"からくるのかどうかは別にして、オルフェーヴルの強さが以前ほどではない証拠かもしれません。今回、有馬記念に出走する他の陣営も、オルフェーヴルに『隙あり』と見ているところは少なくないし、オルフェーヴルの『1強』と言われながら、フルゲート(16頭出走)になったのは、そういう意味合いもあるでしょう」

 オグリキャップ(1990年)の「奇跡のラストラン」で知られるように、有馬記念は名馬が現役の最後に、まさに名馬としての真価を見せつけるレース。けれども、オグリキャップ以降、有馬記念をラストランとして臨んで勝利を飾ったのは、シンボリクリスエス、ディープインパクトの2頭しかいない。いずれも記録にも記憶にも残る、伝説となった名馬たちだ。

 今回、オルフェーヴルも勝って、それら伝説の名馬の仲間入りを果たすことができるのか。そういう意味では、オルフェーヴルにとっての有馬記念は、ラストランの感傷に浸るようなレースではなく、現役時代の最後の最後に待ち受ける、どうしても打ち破らなければならない関門なのだ。

"反骨心"が走る装置となった稀有(けう)な馬。最後にもう一度、ライバルに「日本の馬ではかなう馬はいない」と言わせるような強いオルフェーヴルが見たい。多くのファンがそう願っている。

新山藍朗●文 text by Niiyama Airo