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『敵は"世界のルール" 【武器】は10兆円!』この刺激的なキャッチコピーに引き寄せられ、私は経済小説『人類資金I』を手に取りました。著者は国防問題を題材にした『亡国のイージス』で数々の文学賞を受賞した福井晴敏氏。今作は、福井氏が初めて挑んだ経済サスペンス大作となります。しかも、小説の表紙には、佐藤浩市さんの主演で映画化され、『亡国のイージス』の阪本順治監督がメガホンをとるという告知が記されていました。経済番組と映画情報番組を17年間にわたり担当してきた私としては、この作品を素通りするわけにはいきません!…と思っていたところ、私の著書(経済書)『デフレ脳からインフレ脳へ』(集英社刊)をお読み下さった『人類資金』を配給する映画会社・松竹のご担当者から連絡をいただきました。

「ぜひ、鈴木さんのホームグラウンドである東京証券取引所で、阪本監督、福井氏との鼎談をお願いできないでしょうか?」

これは願ったり、叶ったり…身に余る光栄なご依頼です。

10月某日、少々興奮気味のなか、阪本監督、福井氏との3人で鼎談するその日を迎えました。

○阪本監督の「M資金」への熱い想いが、福井氏を動かす

私がキャスターを務めている株式市況中継番組『東京マーケットワイド』(東京MX・三重テレビ・ストックボイス)の東証アローズスタジオに足を踏み入れた阪本監督と福井氏の眼は、とても意気揚々としていました。お二人とも、東京証券取引所・東証アローズの中に入るのは、この日が初めてだと言います。

阪本監督は、「ここに日本経済を動かす資金や熱意や思惑などあらゆるものが集まるのですね」と、興味深げに東証アローズ全体を見渡しています。福井氏も「売買の様子は日によってどれくらい違うものですか?」などと熱心に質問してきてくださいます。私が株価の売買高をその回転速度で示す電光掲示板・ティッカーを指さしながら、「くるくる回転する速度によって、取引が活発に行われているかどうかがわかりますよ」と説明すると、お二人はそのティッカーの動きに熱い眼差しを送っていました。こうしてお二人の情報収集意欲に包まれるなか、『人類資金』の鼎談はスタートしました。

『人類資金』は第二次世界大戦敗戦直前に旧日本軍が隠匿したとされる財宝、通称「M資金」をめぐる陰謀と戦いを描いた物語です。

実は、「M資金」を題材にした作品を世に出したいと最初に考えたのは、原作者の福井氏ではなく、阪本監督の方だったと言います。今から33年前、まだ阪本監督が美術スタッフであった頃から、いつかは「M資金をテーマに映画を製作してみたい」と切望していたのだとか。そして、7年前の2006年に、阪本監督は「佐藤浩市さんの主演でM資金を題材にした映画を作りたい。ぜひ、本(プロット)を書いてほしい」と作家の福井氏に頼んだのだそうです。阪本監督は「自分が作らなければ、これまでも、そしてこれからもきっと誰も描かない世界だろうから、自分が作るべきだと思いました」と、ずっと抱き続けていた使命感について語って下さいました。

○連鎖して起こる経済危機、福井氏は"経済"・"資本主義"に挑む

阪本監督が福井氏に執筆を依頼した2006年という時期は、経済小説を書く上で、まさに最適なタイミングであったのではないか…と経済キャスターである私自身も感じます。2006年はちょうど米国で住宅バブルが弾け始めた時期です。そして2007年にサブプライムローン問題が顕在化し、2008年のリーマン・ショック(金融危機)へとつながっていきます。その後、金融危機は欧米にも波及し、2009年のギリシャ危機、2010年のPIIGS(ポルトガル・イタリア・アイルランド・ギリシャ・スペイン)危機が起こり、世界を震撼させます。さらに、2011年には日本で震災も発生しました。この7年間は、世界経済、そして日本経済、日本社会が大きく変動した年月であったと言えるのです。その変動期のなかで、福井氏は「今すべての人にとって最も切実なこと」として"経済"という分野に対峙し、経済の専門家が素通りしがちな題材に真正面から挑みました。

福井氏は「今、インターネットの発達によって同じタイミングでグローバルに行き来しているのはお金そのものではなく、莫大な数字だけです。なので、例えばリーマン・ショックのようなことが世界のどこかで発生すれば、そのショックは世界全体に一気に波及し恐ろしいことになる。今の資本主義の在り方はこのままでいいのか? という点にも切りこんだ作品です」と熱く語ってくださいました。

○勇気と善意の象徴として投じることのできる"10兆円"の意味

そこで気になるのが、この作品のキャッチコピーにある「10兆円」という金額です。実はこの「10兆円」の規模について改めて考えてみた場合、東証の時価総額ベースで計ると、日経平均株価が400円動けば増えたり消えたりしてしまう金額であり、東証の売買代金でみれば、今年の4月5月には5兆円規模の日も何日かありましたから、異次元緩和発表後の特異な取引が続いていたとは言え、10兆円という金額は、その頃の二日分の売買代金の合計額でしかありません。企業の時価総額でみても、「ソフトバンク」の時価総額が10兆円を目指す勢いだと話題になったばかりで、20兆円を超す時価総額を持つトヨタ自動車に至っては、10兆円という規模はその半分でしかありません。果たして「世界のルールを変えるのに、10兆円が武器になり得るのか?」。その疑問を福井氏に投げかけてみると、とても冷静な答えが返ってきました。

「個人レベルでは莫大とされる10兆円という金額も、今の金融市場においては、一瞬にして増えたり消えたりする程度のものかもしれません。ただ、では実際に今すぐその10兆円を出せるところがあるのかということを問い正すと、結局はそれができる組織も法人も個人も存在しないのです」

確かに…。金融市場では一瞬にして増減する規模である10兆円ですが、「何かを変えるために」その勇気と善意の象徴として投じることのできる10兆円はどこにも存在しないのかもしれません。

だからこそ、この作品における10兆円には価値があるのでしょう。そして同時に大きな可能性をも秘めているのではないでしょうか。

○世界の7割の国々が、10兆円に満たない規模

外務省によれば、日本が国として承認している国家の数は、全部で195カ国です。そのうち、国家の経済力を示すGDP(国民総生産)が10兆円未満の国は約130カ国もあり、全体の7割を占めています。つまり、世界の7割の国々が、10兆円に満たない国の規模だと言うことです。作品のなかで『世界の7割の人間がまだ電話を使ったことがない』という台詞が出てきますが、そこには、とても深刻な意味とメッセージが託されていることを改めて認識することができます。

ここで資本主義の歴史を紐解いてみましょう。長い資本主義の歴史のなかで、現代につながる「産業資本主義」の始まりは、産業革命やフランス革命以後の1800年あたりと定めることができます。研究ポータル「VoxEU.org」で発表されたコラムによれば、先進国とそれ以外の国々との間の所得格差はまさに、その産業資本主義が始まった1800年から2000年までの200年間に7.5倍も拡大したとのことです。格差が広がった主な理由としては、開発途上国では新たな技術を利用できる機会が限られていることや、革新的な技術を取り入れるペースが遅いことなどが挙げられます。このあたりの背景も、映画『人類資金』を観れば理解も深まることでしょう。

○福井×阪本作品の真骨頂とも言える映画

世の中には、これまでに何度も取り沙汰されてきた「M資金詐欺事件」のイメージも根強く残っており、「M資金」をテーマにした作品に対しては、どうしても訝しげなイメージを抱いてしまう方もいるかもしれません。

今作に主演されている佐藤浩市さんも完成報告会見のなかで「僕らの世代でもM資金詐欺の被害にあった人たちがいるなかで、映画の世界で明快な答えを出せるかどうかは分かりませんが、『M資金』を題材にしながらエンターテインメントに挑むその姿勢に対して、下手に構えるのではなく、そのボールに素直に乗っかろうという気持ちで演じました」とコメントされています。

また、国連本部での英語での演説シーンが印象的だった森山末來さんも「M資金を扱っている作品だけに、観てくださった皆さんの心に響くのか、夢物語に終わってしまうのか…とても興味深いです」と語っていらっしゃいます。

社会派の作品を見応えのあるエンターテインメント大作へと仕上げた福井×阪本作品の真骨頂とも言える映画『人類資金』。

「資本主義の歴史」や「お金の規模や価値」を把握した上で作品の世界観に入り込めば、よりいっそう味わい深く鑑賞できることでしょう!

○映画『人類資金』

・2013年/カラ―/140分/配給:松竹
・原作・福井晴敏×監督・阪本順治

『亡国のイージス』のコンビが再びタッグを組み挑んだエコノミックサスペンス大作。未だに、その存在が議論されている旧日本軍の秘密資金、M資金をめぐる陰謀と戦いを描いた壮大なストーリー。佐藤浩市、香取慎吾、森山未來をはじめユ・ジテやヴィンセント・ギャロら、海外からのキャスト陣を含む国際色豊かな顔ぶれが集結。撮影場所も、邦画初の国連本部での撮影に加え、ロシア、タイなどグローバルに展開された。

・出演:佐藤浩市 香取慎吾 森山未來 観月ありさ 石橋蓮司 豊川悦司 寺島進 オダギリ・ジョー  ユ・ジテ ヴィンセント・ギャロ 仲代達矢ほか
・監督:阪本順治 脚本:福井晴敏 阪本順治 音楽:安川牛朗

STORY
1945年、東京湾越中島の埠頭…敗戦をよしとしない反乱兵たちが日本軍の秘密資金を持ち出した。総量600トンにも及ぶ金塊の回収に出向いた笹倉雅実大尉は、この先、世界を席巻するであろう「資本」との戦いに備え、金塊を海へと沈める。

2014年、父と同じくM資金詐欺の道を進む真舟雄一(佐藤浩市)は、相棒のヤクザ、酒田(寺島進)といつものように交渉を進めている最中に、北村刑事(石橋蓮司)が現れる。急いで逃げる真舟に石優樹(森山未來)と名乗る男が現れ「"財団"の人間があなたを待っている。同行頂きたい」と告げる。"財団"の名は日本国際文化振興会、前身は日本国際経済研究所。真舟はその名前に聞き覚えがあった。父が生涯追ってきたM資金。車に轢かれ、死を迎えた瞬間に散らばったノートの中にあった組織の名前と同じ。そして真舟自身も詐欺をするときに使っている名前だった。

「M資金は本当に存在しているのか?」

真舟は石の言葉に導かれるように財団のビルへと向かうが、そこへ防衛省の秘密組織に属する高遠美由紀(観月ありさ)とその部下・辻井(三浦誠己)らが現れ二人を襲う。逃げる真舟と石を追いかけ「"M"はどこにいるの?このままだと消される!」と叫ぶ美由紀を振り切り、二人は闇へと消える。翌朝、真舟と石はあるビルへ向かい、そこで本庄一義(岸部一徳)と会う。本庄は真舟に「M資金を盗み出してほしい、盗む出す金額は10兆円。報酬は50億」と持ちかける。そして背後から現れた一人の男。仮の名を"M"(香取慎吾)という本当の依頼者だった。かつては日本復興のために使われたM資金だが、今やカネでカネを買う投資ファンドに成り下がっている。それを盗み出し、マネー経済の悪しきルールを変えたい。世界を救うために…そう語る"M"に戸惑う真舟だったが、多額の報酬と「成功した暁にはM資金の秘密を教える」という話に興味を持ち、また、何よりマネーゲームが空洞化させた世界に対する閉塞感に共感を覚え、計画に乗ることにする。

M資金は、投資顧問会社理事長を務める笹倉暢彦(仲代達矢)が率いる"財団"によって管理されているが、その実権はニューヨークの投資銀行が握っていた。真舟らは「金には金を」の理論で、アメリカ、ロシア、全世界を巻き込んだ前代未聞のマネーゲームによるプランを考えだす。彼らが最初に向かったのは、財団の極東支部となっているロシアの東ヘッジファンドだった。代表は鵠沼英司(オダギリジョー)。彼は先物取引に失敗し、巨額の負債を抱えながら、経理処理で財務操作を重ね、損失隠しをしてた。真舟はそこを利用することにする。計画は上々。しかし、一つのミスから綻びが生じてしまう。

その一方、彼らの動きに敏感に反応したのは、ニューヨーク投資銀行のハロルド・マーカス(ヴィンセント・ギャロ)だった。ハロルドはすぐさま清算人(ユ・ジテ)と呼ばれる暗殺者を送り込み、真舟や石を監視し、同時に追い詰め始める。果たして真舟たちの運命は?そして"M"の本当の目的、M資金の本当の意味とは一体なんなのか?

○執筆者プロフィール : 鈴木 ともみ(すずき ともみ)

経済キャスター・ファィナンシャルプランナー・DC(確定拠出年金)プランナー。著書『デフレ脳からインフレ脳へ』(集英社刊)。東証アローズからの株式実況中継番組『東京マーケットワイド』(東京MX・三重テレビ・ストックボイス)キャスター。中央大学経済学部国際経済学科を卒業後、現・ラジオNIKKEIに入社。経済番組ディレクター(民間放送連盟賞受賞番組を担当)、記者を務めた他、映画情報番組のディレクター、パーソナリティを担当、その後経済キャスターとして独立。企業経営者、マーケット関係者、ハリウッドスターを始め映画俳優、監督などへの取材は2,000人を超える。現在、テレビやラジオへの出演、雑誌やWebサイトでの連載執筆の他、大学や日本FP協会認定講座にてゲストスピーカー・講師を務める。

(鈴木ともみ)