「アイデア」361号/誠文堂新光社
さまざまなデザイナーの全仕事をまとめた特集も多く、毎号が完全保存版という趣きの同誌だが、今号も例に漏れない。その誌面には、「『あまちゃん』のデザイン」「きゃりーぱみゅぱみゅグラフィック」、そしていまをときめくアイドルたちのデザインを収めた「アイドル・アイデンティティの時代」と特集が目白押し。さまざまな趣向を凝らしたデザインに、文字通り目が回りそう。

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誠文堂新光社のデザイン専門誌「アイデア」の最新号となる361号(10月10日発売)は、デザインに少しでも興味のある人は買っておいて損はないと思う。なぜか? おおげさなことを言うなら、2013年という年の、デザイン、あるいはサブカルチャーやポップカルチャー全般にわたるエッセンスみたいなものがこの号にはギュッと詰まっているように感じるからだ。

と、私がそんなことを言わなくても、特集のタイトルを見ればすぐわかっていただけよう。だって、「『あまちゃん』のデザイン」、「きゃりーぱみゅぱみゅグラフィックス」、「アイドル・アイデンティティの時代」という特集が並んでいるのだから。さらに往年のCBS・ソニーの音楽雑誌「PATi-PATi」のアートディレクションなどで知られるデザイナーをとりあげた「染谷淳一の文字というデザイン」も含め、各特集は独立しているようで、内容的にはゆるやかにつながっている。少なくとも私はそう受け取った。

残念ながらAmazonでは発売から1週間も経たないのにすでに品切れのようだが、これはきっと「あまちゃん」ファンが飛びついたせいだろう(まだ買っていない人は書店か、版元のサイトから注文してください)。脚本や演出、音楽などすでにあらゆる要素から語りつくされた観のあるNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」だが、デザインについて本格的にとりあげたのは「アイデア」がおそらく初めてではないか。

もともとNHKのドラマにおける美術には定評があるが、「あまちゃん」では作品世界をリアルに見せるため、大道具から小道具まで、本当に細かいところまで意匠が凝らされていた。「デザイン」編集部もそこに注目し、《企業や団体のロゴ、マーク、店舗の看板、ポスターや街頭広告、食料品のラベル、ポケットティッシュにいたるまで、実際に存在するかのようなクオリティでデザインされていたことに驚いたデザイナーは少なくなかったはずだ》《『あまちゃん』がテレビの映像空間におけるデザインの次の局面を切りひらいたことは確かだ》と絶賛している。

特集ではNHKの担当者や制作にかかわったデザイナーの証言を交えながら、ドラマ中に登場したさまざまなデザインが登場する。たとえば、劇中に登場した架空のアイドルグループ、アメ横女学園(アメ女)やGMT関連のグラフィック。アメ横女学園のロゴには星マークが使われているが(NHKの公式サイトを参照)、担当したデザイナーの斎藤秀造によれば、これはドラマの舞台のひとつ北三陸の“残念感”をアイドル関連のデザインにもちょっと残したいとの考えから、何か象徴的な記号はないかと探した末に行き着いたものだという。いわれてみれば、たしかに2009年のアイドルのロゴとしては、微妙にダサいかもしれない。

誌面ではこのほか、ドラマに出てくるCDはジャケットの表紙のみならずライナーノーツや盤面までデザインしてあり、アメ女センター“まめりん”こと有馬めぐ役の足立梨花を感動させたとのエピソードも明かされている。ジャケット写真を撮影するのに、広告なら写真合成や修正で対応するところを、NHKはスタジオの床面に落ち葉を敷き詰めるなど、情景をリアルに再現してくれたという話からも、公共放送の本気っぷりが伝わってくる。

前出の斎藤のインタビューでは、《単純にカッコイイもの、素敵なものを作る方がむしろ簡単で、物語や設定に応じて“ぽい”デザインをする難しさは勉強になりました》という発言も興味深かった。ドラマに雑誌や新聞の類いが出てくると、たいていは本物っぽくないなーと思ってしまう私だが、「あまちゃん」ではそういうことがほとんどなかった。印刷物についてフォントや行間・字間も的確に使われていたと思う。鈴鹿ひろ美が1986年にリリースしたという設定のシングル「潮騒のメモリー」のジャケットも、いかにもあの時代に出ていそうなデザインとなっていた。ちなみにあのジャケットで使われているのは、鈴鹿役の薬師丸ひろ子の昔の写真ではなく、今回のドラマのために撮った写真だという。これというのも、現実の薬師丸ひろ子と鈴鹿ひろ美はあくまで別人だという考えからだ。ここにもドラマの設定を重視しようという姿勢がうかがえる。

「あまちゃん」のデザインが、既存のイメージを流用して、いかにそれっぽく再現するかに力が注がれていたのに対し、同じ号で特集の組まれたきゃりーぱみゅぱみゅは、まるっきり正反対で、既存のイメージを使いつつも、きゃりーぱみゅぱみゅ以外の何物でもないものを追求している。

たとえばシングル「CANDY CANDY」では、曲名からインスパイアを受け、松田聖子の頃の80年代アイドルを意識してデザインが手がけられたという。そこは「あまちゃん」とも重なるが、アプローチの仕方はまったく違う。シングルのジャケット写真では、きゃりーの髪を紙粘土でつくったり、ウィッグにケーキのデコレーションのような飾りをつけたりと個性的な要素がちりばめられている。くだんの粘土の髪は裏側のないハリボテで、サイズもほぼ勘でつくったため、合わなければ現場で調整したというから、何ともパンクだ。

こんな型破りのデザインも、きゃりーぱみゅぱみゅというキャラクターあってこそだろう。2013年9月に始まった「なんだこれくしょんツアー」のオープニング衣裳は、宇宙から来た女王様をイメージしたというドレスなのだが、何とその素材はゴミ袋! いったいこんな衣裳を着こなせるキャラクターがきゃりー以外にいるだろうか。

きゃりーぱみゅぱみゅのデザインでは彼女の強烈な個性がベースにある。では、「アイデア」最新号の3番目の特集「アイドル・アイデンティティの時代」でとりあげられたアイドルたちのデザインはどうか? たしかにここにも従来のアイドルのイメージを覆すようなデザインが満ちあふれている。

エキレビ!でも以前インタビューを掲載した上坂すみれはいうまでもなく、ほかにも、BABYMETALもまた、「赤と黒」「キツネ」をキーワードにした独自の世界観を持ち、シングル「メギツネ」のジャケットには、赤と黒を基調とした和服にキツネのお面をかぶったメンバーのアーティスト写真が使われたりしている。ファンに対しても、コルセットを巻いていないと入場できないライブがあったり、その形まで含めてトータルでのデザインが打ち出されているようだ。何だか「ロッキー・ホラー・ショー」などを彷彿とさせる。

音楽をモバイル機器やパソコンにダウンロードすることが一般化し、CDのようなパッケージとして買う人の数が減っているとはよく指摘されるところだ。そのなかにあって、アイドルは、いまだにパッケージが重要な役割を果たしている希有なジャンルといえる。その理由としては何より、シングルに握手券がついてきたり、その種類にも初回盤・通常盤のほか、カップリング曲の違う複数あったりと、独特のセールス手法があげられるわけだが。それについては批判がある一方で、ここにあげられたような、バラエティに富んだデザインが生まれる下地にもなっているのが面白い。

……にしても、ここまでアイドルのイメージが多種多様になると、のちのち「あまちゃん」みたいなドラマで2010年代のアイドルを描くことになったとき、それっぽさを再現するのが難しそうではあります。
(近藤正高)