買い物にも出かけられない引きこもり浪人生。宅録やってます。『ソラミちゃんの唄』は部屋から出られない少女と友達のドタバタと葛藤と、音楽への愛情を描いた宅録4コマ。答えはないけど肯定はできる。

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音楽は楽しいよね。
でもバンドをやるのはハードルが高い。なんせ人を集めないといけないから。人前に立たなきゃいけないから。つらい、怖い。
でも音楽はやりたい。それなら今は、宅録があるじゃないか。
できたら人に聞いてもらいたい。それならネットで配信すればいい。
こういう音楽、いいじゃないか。
ステキなことじゃないか。

ノッツ『ソラミちゃんの唄』は、引きこもり浪人女子の宅録ライフを描いた作品。
事前知識として、作者のノッツは若干Pという名義でニコニコで音楽活動をしており、『ヘルメンマロンティック』というCDも、山口県から一歩も出ずに、宅録で出している人です。
本人がもう超宅録の人。インタビューはこちら
ASCII.jp:初音ミクから「たくろく!」へ 山口生まれのネット系シンガー

舞台は田舎の町です。
ソラミちゃんは高校を卒業後(というかなし崩し的に休んでたら卒業しちゃった)、引きこもって部屋から一歩も出ずに、宅録をしています。
アコギ一本もって、PCに向かって座って宅録の日々。
ほんとに一歩も部屋から出ません。買い物にすらいけません。
母親も実はソラミちゃんと同じ心の傷を抱えていて、親と顔を合わせて会話することすらありません。

受験勉強はしたくないけど、音楽はやりたい。それで宅録を毎日やっています。
おせっかい焼きの幼なじみさっこ、こっそり一人でマンガを描いているフミリン、謎多きファンのネモちゃんが部屋にやってきて、一見「けいおん!」みたいな光景が繰り広げられます。
……繰り広げられますが、もう根っこが違うよね。引きこもってたらだめだって分かってるけどどうしようもない。
これを軽快なギャグとして描くのでサラサラっと読めるんですが、読んだ後にずっしりきます。
引きこもりは「ダメ」かもしれない。けど「それも自分」なんです。

ぼくがこの作品で一番評価したいのは引きこもりを否定しないことです。
もちろん作中でも、引きこもってたらだめだよ、というさっこの視点はあるんです。
でも引きこもるには理由があるじゃないですか。
なぜ人と接するのが苦手になったのか。何らかのきっかけがあるはず。
一度こもってしまった後に復帰しづらい、田舎ならではの環境もある。
人前に出ると恐怖と緊張で嘔吐してしまう。
停滞しているようにみえるかもしれないけど、引きこもることで音楽を作ることができている。
理想としては、外に出て健康的でかつ勉強も音楽もやることかもしれない。けど、それができないからって本当に「マイナス」とは限らない。
だって、このマンガこんなに楽しそうじゃないか。

ソラミちゃんは中学時代は人気者で、バンドも組んで人前で輝いていました。
けれど、ある事件をきっかけに自分の殻にこもってしまった。
音楽でぽっかり心にあいた穴を埋め始めるようになった。それしかできなくなってしまった。
丁寧に、非常に繊細な傷の部分を描きます。
「コミュ障」と言うのは簡単かもしれない。けどなんと言われようと、人には辛い敏感な心のヒダも、あるんです。

引きこもりの理由を肯定した上で、「自分を持って表現する」と少しでも今をプラスにとらえ、前にちょっとずつ進もうとするのが、すごいんだ。
ソラミちゃんの「宅録」という手段は今の時代ならではです。
ネット社会でのコミュニケーションも、現在ならではでしょう。人前に立てなくても生放送はできたりね。あるある。

もっと熱血的に、誰かに引きずられて外に投げ出される物語でもよかったかもしれない。
もっと引きこもりを否定して、誰かの為になれと叩きつけてもよかったかもしれない。
けどこの作品は違う。
自分のために曲を作り、自分を慰め、自分が幸せになるのが精一杯。
それでいいんだ。

「私は引きこもりで……現実と向き合えず音楽に逃げていました。今からここで唄うつもりの曲も自分の心の寂しさを慰める為に作った曲ばかりです」
「今さらになって自分の曲を、皆さんの為に唄えません。だからいつものように自分の為に作った曲を自分の為に唄います。勝手な奴でごめんなさい」

今、ネット上には自分のために曲を作り、自分のためにアップロードしている人が沢山います。
自分のための創作活動が単なる自慰で終わるかというと、そんなことはありません。
その吐露した思いが、どこの誰かも知らない人に引っかかって、心を動かすこともあります。
作者がどのような経験をしてきたかはわかりませんが、『ソラミちゃんの唄』にはこの時代だからこその悩みと表現と、前を向く方法が描かれています。

あっ、もう一点。ソラミちゃんは表現ができるからまだいいんです。
ファンのネモちゃんは、明るくしていますし社交的ですが、趣味も何も見つからない空っぽの子です。
何をやりたいのかわからない。今は現実逃避しているだけかもしれない。
でも、今送っている楽しい日々は「マイナス」じゃない、日々を生きることが「プラス」だ。

一巻でもうクライマックスまでいっているような作品。でも続きます。
このあと「前に進む」ということを考えすぎず、自分をオープンにしていくソラミちゃんたちが楽しみです。
「頑張れ」って言われると疲れちゃう人にはぜひ読んでほしい。

でもすごい時代だよね。
ネットにアップした自分の何かが、誰かの心を動かしているかもしれないんだよ。

ああ、DTMまたやりたいなあ。
また再開しよ……あ(キーボードの上には大量の本が積まれているのでした)。

ノッツ『ソラミちゃんの唄』

(たまごまご)