石原壮一郎/コラムニスト。1963年三重県松阪市生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の素晴らしさと奥深さを世に知らしめた。以来『大人力検定』『大人の合コン力』などの「大人」をテーマにした著書を発表し続け、日本の大人シーンを力強く牽引し続けている。2012年7月に「伊勢うどん友の会」を立ち上げ、本腰を入れてコシがやわらかい伊勢うどんの応援をスタート。2013年8月には世界初の「伊勢うどん大使」に就任した。

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「せっかくだから、伊勢うどんを一杯ごちそうしましょうか。お湯、沸かしますね」

石原さんはそう言って立ち上がると、事務所のキッチンへと向かった。
「お土産用の伊勢うどんを茹でる時はですね、あわてて箸を入れちゃダメなんです。自然にほぐれてくるのを待たなきゃいけない。箸を入れるとブツブツ切れちゃうんです」
伊勢うどん大使は、こちらから聞くまでもなく、自ら伊勢うどんの茹で方を語り出した。
「太くなるにつれ、ほぐれていきますんで。素麺なんかはほっとくとダマになっちゃいますけどね。ああいう細いのとは一緒にして欲しくないですね(笑)。伊勢うどんは、ゆでてる間に電話がかかって来てしばらくほおっておいても大丈夫です。もういいかなー、と思ってからもうちょっとゆでるのが、美味しくなるコツです」

お湯が沸いてから6分後、「さぁ、どうぞ召し上がってください」と差し出された一杯の伊勢うどん。
「あ、でもせっかくなんで、伊勢うどん大使が食べるところを見たいです。お先にどうぞ」
半分冗談のつもりだったのだが、「あ、そうですか。それじゃ遠慮なく」と、石原さんは箸を手にし、丼の中のうどんをかき混ぜ始めた。
「真っ白な伊勢うどんが、真っ黒なタレに絡めば絡むほど美味しいんですよ。7回かき混ぜると金運、8回かき混ぜると出会い運がアップして……っていうのは、私が勝手に言っているだけですけど」


《赤とか黒とか、そういう価値基準ではやってない》
─── それでは私もいただきます!…………あ、思ってたよりもやわらかくないですね。「やわらかいやわらかい」と聞いていたから、もっとすごいのを想像していました。

石原 そうですね。「ふわっとしたコシ」があります(笑)。

─── 実は伊勢うどんにもコシがある、というのはこの『伊勢うどん 全国制覇への道』にも書かれていましたね。

石原 僕自身、この伊勢うどん活動に本腰を入れる1年半前は、「伊勢うどんはコシがないうどんだ!」とはしゃいでいたんですけど、今にして思えば、伊勢うどんに対して失礼なことを言っていたのかな、と反省しています。

─── でもこの麺も、三重県産の小麦からこだわった、というのがドラマがあっていいですね。あと、人によっては「甘い味付けが苦手」という声も聞いたことがありますが、これはそんなに甘くないです。この味、好き!

石原 そうなんですよ。だから今回、本の中でも色々とタレの比較もしました。実は結構、甘いのから辛いのから、ダシが強いのからたまりが強いのから、マチマチなんですよ。

─── 美味しかったです! ごちそうさまでした。あ、あの気になったんですが、その「伊勢うどん大使」のタスキは、就任式の新聞記事の中でもされていましたが、公認してくれた伊勢市麺類飲食業組合と三重県製麺協同組合のどちらが作ってくれたんですか? それとも伊勢市?

石原 このタスキですか? まさか! 自腹ですよ。向こうの部屋に領収書もあります。

─── えぇ! 「大使」になったことの恩恵って何かないんですか?

石原 いや、ホントに金銭的なものは何もないですよ。そうですねぇ……地元の皆さんやうどん業界の人に「コラムニストです」「ライターです」と名乗っても何をする人かはわかってもらえないことが多いんですが、とりあえず「伊勢うどん大使です」と挨拶できるのは便利ですかね。でもこのタスキをすると、せっかく作った「伊勢うどんTシャツ」の柄が隠れてしまうという痛恨のミスが!

─── そのTシャツやらタスキやらを作ったり、あとは伊勢うどんの缶バッチも作ってましたよね。伊勢への交通費も含めて、かなり赤字なんじゃないですか?

石原 はい。赤とか黒とか、そういう価値基準ではやってないですね。うどんは白と黒なんですけどね。内実は真っ赤っかという。


《新しい人生を歩いているみたいな新鮮な気持ち》
活動のほとんどが持ち出しで、「伊勢うどん大使」に就任したことでの金銭的なメリットもなく、それでものめり込むことができる伊勢うどん。そこにあるのは計算や打算ではなく、単に「面白がれるかどうか」という発想だ。一方で、のめり込むにしても、学者のようにひたすら掘り下げて知識を蓄積していく方法もあるはず。でも石原さんはそれをせず、縦ではなく横に、内ではなく外に、周囲を巻き込んで「伊勢うどん」ワールドを広げていこうとする。その違いはなんなのだろうか?

─── 石原さんと一緒に行った三重フェアは本当にビックリしました。いろんな方に挨拶に行って「『伊勢うどん友の会』を立ち上げた石原という者です」と名刺を配り、伊勢うどん通信を配って、本当にマメだなぁと。こんなに大先輩のライターがここまでしていて、果たして自分は……と、本当に反省しました。

石原 普段は自分もあんなことはやらないし、できないですよ(笑)。でも、伊勢うどんのことなら、なぜかできてしまうんですよね。まあ普段でも、かわいい女の子相手だったらこっちから話しかけますけどね。

─── これまでと違う自分になれたのはなぜでしょうか?

石原 伊勢うどんの活動をしている時は、「イチうどんファン」だからじゃないでしょうか? うどん業界の方に僕の代表作である『大人養成講座』や『大人力検定』の話をしても、見事なまでに反応がないですから。コラムニストだとか、出版の世界ではそれなりにベテランだとかは一切通用しない世界です。だから大袈裟に言うと、新しい人生を歩いているみたいな新鮮な気持ちを感じさせてもらっていて、そこが楽しかったりもしますね。

─── 活動としては、「伊勢うどん友の会」のFacebookや、不定期に刊行している「伊勢うどん通信」の存在も大きいですよね。

石原 この活動を定着させ、広めるためには、何か活動報告書みたいなことが必要だろうと思ったんですね。それに、せっかく名刺がたくさん貯まったのに、コレを使わない手はないだろうと。

─── そのマメさが、同じライターとして見習わなきゃ、と思いつつ、できる自信がないなぁと。

石原 積極的になれるもうひとつの理由は、普段僕が東京にいるからっていうのもあると思います。一応、外のメディアである僕が、体を使って伊勢うどんの面白さを伝えていくから、僕も面白いし、まわりも面白がってくれる。あとは、50代になって地元を振り返った今だからこそ、色んな人が付き合ってくれている部分も大きいと思います。だから、50代突入だとか、ライター生活20周年だとか、「大人力」が一段落だとか(笑)、いろんなタイミングが、まさに“今”だったんでしょうね。

─── ライターとしてまだ実績のない僕が言うのはおこがましいのですが、この本は、若手ライターこそ読んだ方がいいと感じました。自分のドメインをどうやって作っていくか、得意分野をどうやって世に出していくか、ということのヒントが詰まっている……ような、いないような。

石原 「若手ライターに読ませたい」というのは他の人にも言われましたね。ぜんぜん意図していませんでしたが、そんなふうに読んでもらえるのは嬉しいです。

─── この本の中で石原さんがやっている興味の掘り下げ方や面白がり方って、世のライターはやらなきゃいけないことだし、でも、なかなかやり方がわからないと言うか、悶々としている人間は多いと思うんです。それを、こうして本という形にした、というのは本当に見習いたいと思いました。

石原 まあ、これがデビュー作、っていうことはまずないと思うんですよ。結局は、今までやってきたことやキャリアを利用しているわけです。でも、おしゃっていただいたみたいに、ひとつのテーマにどうアプローチしていくかっていう点では、積み重ねたノウハウを活かしているのかもしれません。年の功というか。

─── たとえば、うどん屋さんを全部まわって、とことんうどんにだけは詳しくなって、「このタレの味は〇〇屋さんだぁ」みたいな、うどんマニアの道だってあると思うんです。

石原 あると思います。でも、それをやってもあまり面白くないというか。僕自身、最初は、うどん屋さんやうどんメーカーさんに取材するまでは想像できていましたけど、行政と一緒になって何かやる、まではまったく想像していませんでした。そういう、未知の展開に出会えることが、ライターの面白さでもありますからね。

─── 確かに、伊勢市長や三重県知事もまきこんでいく過程も、本書の魅力ですよね。

石原 たぶん、マニアの道を掘り下げたり、最初から山っ気があって「行政の補助金をもらって、うどん学会みたいのを作って、ちゃんと採算を考えてやろう」みたいなことを考えていたら、こうはできてないと思うんですよ。まあ、そこが計算できないのが、「くまモン」の小山薫堂さんに僕がなれないところですね。もっと精進します。


《企画先行では絶対できなかった本》
念願だった「伊勢うどん本」を出し、まさかの「伊勢うどん大使」への就任を果たした石原さん。この後の展開までも既に見据えているのだろうか? 本書の中では、「これから先、どんどん『伊勢うどん大使』が増えて、やがてISU48を結成し、ゆくゆくは全国ツアーができれば」と、いつものように適当なことをぶち上げていたが、真相は?

─── この本の「次」は、何か考えているんですか?

石原 伊勢うどんに関しては、もう言いたいことはほぼ書いたと思うんですよね。だから2冊目を作るとしてもどういう形がいいのか……何だろう? 地域おこしの本?

─── そうですね。B級グルメをどう流行らせるか、みたいな視点でも面白いと思うんですけど。

石原 でも、情熱がないとできなかった本だな、と改めて思いますね。企画先行では絶対できなかった。

─── 伊勢うどん業界や三重県や伊勢市の行政サイドから「企画書持って来て」と言われることもなかったんですか?

石原 この1年間、「企画書」なんて単語使ったことも聞いたこともありません。

─── でも、“企画書がいらない”というのも、なんだか大切なことのような気がしてきます。今って、企業でもそれこそライターでも、何か事を起こそうとした時に、「じゃあまず企画書出して」ですよね。もちろんそれが大切なことはわかりますけど、そこで一旦、熱が冷めるような瞬間もありますよね。

石原 まあ、それが遠回しな断りだったりもしますからね(笑)。あと「熱」という意味で今心配なのは、この本が出たことで一段落ついちゃって、僕の伊勢うどんへの気持ちが冷めちゃったらどうしよう?と。

─── 伊勢うどんシンドローム!? 予兆は何かあるんですか?

石原 まあ、今のところは全くないんですけどね(笑)。

(オグマナオト)

■君も伊勢うどん大使に会える! 伊勢うどんが食べられる!! 
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場所:東京・お台場「東京カルチャーカルチャー」
日時:10月5日(土曜日)17時30分より
伊勢うどんの試食はもちろん、たくさんのプレゼントやさまざまな特別限定メニューも!
詳しくは「伊勢うどん友の会」ブログへ

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