『政と源』三浦しをん著/集英社

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三浦しをんは『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を、『舟を編む』で本屋大賞を受賞した、いまや押しも押されもせぬ人気小説家である。私事で恐縮だが、筆者の密かな自慢は、そんな彼女の作品をデビュー作の『格闘するものに◯』からリアルタイムで追いかけており、ほとんどの作品を読んでいることだ。だから特に彼女が本屋大賞を受賞した際にはまるで自分のことのように嬉しかったし、「すっごく面白いんだよ!」と彼女の作品を友人知人に布教しまくった。そこで今回は私情を多いに挟みつつ、彼女の本屋大賞受賞後初の長編小説『政と源』をおすすめしたい。

三浦しをんの小説の特徴は、以下の4つに大別される。

1.家族を描く作品
2.特徴的な関係性を描く作品
3.一つの仕事や物事に真剣に取り組む人たちを描く作品
4.哀しいこと、恐ろしいことが、必ず起こる影を描く作品
(ダ・ヴィンチ」2013年2月号「特集 三浦しをん」より)

例えば、上記の『まほろ駅前多田便利軒』は、便利屋を営む男とワケアリの居候の男が主人公なので2と3の混合。『舟を編む』は辞書の編纂に一生を捧げた男が主人公なので3。『格闘するものに◯』は、就活に奔走する女子大生と、彼女の家の跡継ぎ問題や友だちとの触れ合いを描いたものだから、1と2と3の混合(朝井リョウの『何者』や石田衣良の『シューカツ!』など、就活をテーマにした小説があり、就活=職業に就くための活動なので、ここでは就活も職業の一つとしたい)。他にも、「三カ月後に隕石がぶつかって地球が滅亡する」という設定が根底にあり、なおかつ日本の昔話から着想を得た連作短編集『むかしのはなし』は、どれも違ったかたちの哀しみや恐ろしさがひしひしと迫ってくる作品ばかりなので4。ちなみに、個人的にはこの『むかしのはなし』が三浦作品のなかで一番好きで、何度も読み返している。

さて、『政と源』は上記のどれに当てはまるだろうか。
なんとびっくり、全部あてはまる!
そう、本作は「三浦しをんの集大成」なのだ。

『政と源』の主人公・国政と源二郎。幼なじみの二人は、歳も同じく73歳。国政は銀行を退職し年金暮らし。源二郎は現役バリバリのつまみ簪(かんざし)職人。しょっちゅうケンカし、その度に仲直りする。お互い一人暮らし(国政はワケあって妻と別居中、源二郎は妻に先立たれる)なので、しょっちゅうお互いを行き来して夕飯を食べ、そのまま夜まで居座り、隣り合って寝ることもしばしば。

国政と源二郎の生活は、一見楽しい老後である。でも二人にも影を用意しているのが三浦しをんだ。源二郎は未だに家も家族も失った東京大空襲の夢を見てうなされる。国政にもまた影がある。大学を出て銀行員として勤め上げたのに妻子と断絶している自分と、学はないが手に職をつけ、家族がいなくても弟子や近所の人に囲まれて幸せそうな源二郎とを比較し、ねたみ、落ち込む。「俺の人生はこれでよかったのか」とひとりごちる。それらの影を隠すことなく、よりそうように生きていく国政と源二郎は「幼なじみ」や「疑似家族」を超えた関係だ。

国政と源二郎は、本作中でとにかくはちゃめちゃな行動をする。ヤンキーをボコボコにしたり、ヤクザから逃げるために上野を駆け回ったり、好いた女と駆け落ちするために夜の水路に舟を走らせたり。それは歳だから守るものがないということではなく、何かあったら幼なじみのアイツがなんとかしてくれる、という絶対的な安心感があるからこそできることなのだろう。

本作のラスト付近の会話で、本作の帯にも記されている会話にこんなものがある。

「もう桜も終わりだな」
「また来年があるさ」
「来年の桜を見られるのか、俺たちは」
「さあなあ」

やはり、73歳という歳は、自らの死を意識せざるを得ないのだ。でも上記のやりとりに、源二郎はこう付け加える。

「俺たちが見られなかったとしても、来年も再来年も桜は咲くさ。それでいいじゃねえか」

お互いのことを知りつくした幼なじみとともにこんな境地に達したら、それはそれは充実した人生になることだろう。国政と源二郎のようになれるなら、歳をとるのも悪くない。
(坂本茉里恵)