アクターズ・ファイル 松田龍平
キネマ旬報社より発売中
アキとユイに迫りくるあやしい男・水口琢磨役を演じる松田龍平のすべてがここに!?

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「男とられたら悔しいのが人間。妬んで恨むのが健全な女子」
春子(小泉今日子)の鳥肌名言(51回)、痛快でございました。

連続テレビ小説「あまちゃん」9週(5月27日〜6月1日)「おらの大失恋」では、アキ(能年玲奈)は親友・ユイに好きな人・種市先輩(福士蒼汰)をとられた傷心のあまり奇妙な行動をとり、E.T.か! ジェームス・ブラウンか! と安部ちゃん(片桐はいり)の代わりに来た花巻珠子(伊勢志摩・岩手県出身)に例えツッコミされるほどです。

別人のように(東京ではこんなふうだったらしい)すっかり凹み、「ストーブさん」(ヒロシのこと)ならぬ「いろりちゃん」となったアキを励ます春子の言葉や眼差しは染みました。
「辛いときも悲しいときもお腹は空くんだよね。で、焼きそば食べると歯に青のりつくんだよね」(49回)も泣き笑いです。

しかしながら、そんな母の数々の名言にも勝ってしまったのがやっぱり「潮騒のメモリー」。
「何度目だナウシカ」という某ドラマの名台詞ではないですが、何週これで引っ張るんだ? と言いたくなりますが、なにか知らねど日に日に耳に馴染んで良くなっていく一方なんですよ、この曲。
男とられたアキの種市先輩への思いが、歌詞の「好き」とリンクして生きた歌になった金曜日(53回)はやばかった。
コミックソングみたいな歌詞にも関わらず、かなりグッと来ちゃいませんでした?
人生の記憶につながる、それがヒットソングってもんだと改めて教えられた気さえします。
この教えに至るまでの月曜から木曜までの回がてんやわんや。
種市がユイのことを好きだったことがわかったアキの傷心ぶりは相当なもので、お座敷列車計画がピンチに。
アキが体調不良で不参加と発表されるとキャンセルが続出し、観光協会と北鉄の人たちは青ざめます。
しかし、アキとユイがお互いの本音を吐露したことと、ヒロシを中心に卒業式前日の種市も手伝って朝までかけて作った看板がきっかけとなり、アキは思い直します。
いよいよお座敷列車が走る日、今度はユイがストレスで行方不明になって皆を焦らせますがアキの励ましで立ち直り、ふたりは手をつないで電車の中へーー。
種市も東京に出発する前に潮騒のメモリーズの晴れ姿を見に来て・・・
「潮騒のメモリー」が最強パワーを発動するのは、ここです、ここ!

前回「あまちゃん」は音楽ドラマだと述べましたが、
9週のハイライトと言える、お座敷列車でアキとユイ(橋本愛)が唄った金曜日53回は、まさに歌とドラマが強く作用しあう理想的な音楽ドラマ回でした。
そこに至るまで、ジェームス・ブラウン(49回)、「千の風になって」(50回)、俊ちゃんこと田原俊彦(のそっくりさん/原俊作/52回)、「銀河鉄道999」の劇場版主題歌(52回)、すっかりおなじみ「ゴーストバスターズ」(53回)、「南部ダイバー」(53回)などの数々の音楽ネタでくすぐる場面がたくさんあるし、劇伴のセレクトも、例えば、ユイが種市を責める場面(49回)でかかる曲などに遊び心を感じます。
火曜日50回では、アキと種市が待合室で向き合ったとき、リアスからユイが唄う「潮騒のメモリー」が聴こえてきて、悲しい気持ちでアキが家に帰るところでインストバージョンに変わります。
こうやって事前にアキと「潮騒のメモリー」との関わりにフックをかけておくことで、53回でアキが種市とちゃんとお別れして「潮騒のメモリー」を唄うところで一層グッときちゃうんですね。
恋する乙女の気持ちを唄った部分のアキの表情が迫真だもの。

しかも、お座敷列車が乗客を乗せて何回か往復した最後、この日がんばった地元の人たち(レギュラー陣)を慰労するため特別に走らせるという展開になっていて、視聴者はそこでやっとアキとユイがフリフリ衣裳で唄って踊る「潮騒のメモリー」を堪能できるようになっています。
ところが、またしても引っ張る、引っ張る。サビ前で一回場面が変わるのです。
じぇじぇサビ唄わないの??? と愕然となったところで、代わって登場するのは「南部ダイバー」。この歌を唄ってアキは折り返し駅で種市との恋にお別れします。
あんなに最初は苦笑させられた「南部ダイバー」で友情を確かめ合うところは、それがラブでなく友情だってところも含めて泣きそうになりました。
お預けだったサビは、そのあとに出てきます。
宮藤官九郎脚本、細かく積み重ねていくなー。こうして短い15分の密度が濃密なものになります。
逆さピースでハートのようなM字をつくる振り付けもキュート。映画「中学生円山」の決めポーズはクドカン監督考案だそうですが、この決めポーズもそうなんでしょうか。
さて、アキと種市の別れのシーン、8週のアキのパパ正宗(尾美としのりの)の去り際に次ぐ叙情豊かなものになりました。
雪のホームの淡い光の中、コートのポケットに手をいれて立つ種市は、アキの心を踏みにじった「とんだタヌキ」(バイかつ枝)種市ですが、この場面で憎めなくなってしまいましたよ。
既に、その前にも「不器用でばかだけど人の本心を見抜く勘のいいやつです」とアキを表したところ(50回)で面目一新されちゃったのですが。
種市自身も、アキを傷つけないように距離をとることができなかった不器用なやつですが、アキの本質はちゃんと理解してる。やっぱりアキと似た者同士です。
前日の卒業式の日、握手しようとして種市の手に絵の具がついているのを見て、看板を描いてくれたことにアキが気づくこともあったかエピです。
それに比べて、ユイよ、あんたはいったい・・・。
「アキちゃんと同等か私のほうが上じゃないと気がすまない。そういう性格なんだよ」(51回)と、アキへの嫉妬と東京への憧れで種市とつきあうことにするという、俗物っぷりがどんどん露に。
本人も自覚しているから、乙女座の男・水口(松田龍平)が東京からのスカウトマンらしいと激しいプレッシャーに襲われる。余計なお世話ですが、これでは今後が心配ですね。欲望に正直な生々しさが魅力的ともいえますが。

かたや、アキの純粋ゆえの強さが際立ってきます。
アキが本当にこの町や海女の仕事が好きなのだということは、50話で水口(32歳)と話しているときにありありとわかります。
失恋ですっかりふさいでいた彼女が、海女の話題になった途端、目つきが変わるんです。このときの能年玲奈の演技力にハッとさせられました。
潮騒のメモリーズ活動中も、常にあくまで作った笑顔でいるユイに対して、アキは目がちっちゃくなるのもお構いなしに満面の笑顔でナチュラル。
唄っているときの心の揺れもしっかり表現されてるのは、演出が徹底しているのか俳優の力なのか、気になってなりません!
アキが苦い体験もしながら人間として深みを増していくこれから、女優・能年玲奈の天才的な演技にも注目したい。

今週は「おら、スカウトされる!?」。
アキは高校3年生に進級して地元アイドル活動はストップ、大好きな北三陸市の町おこしのために本格的に動き出しますが、そこへ意外な進路が提示されるようです。
琥珀のケータイストラップをして、この土地に馴染んでいるように見える水口、彼が本当に磨くものは琥珀ではなく何なのか?
実在するヒットメーカーを明らかに意識していそうなキャラ、太巻こと荒巻太一(古田新太)プロデューサーは写真出演だけでも既に不穏感濃厚。

それはそうと、「潮騒のメモリー」「ゴーストバスターズ」「千の風になって」といずれも死の影をなにげにちらつかせるのは、なんなんすか、クドカン先生〜。(木俣冬)

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