宮藤官九郎監督の「中学生円山」も公開中
こちらは「中学生円山」を特集した
KINEJUN next キネマ旬報社より発売中

写真拡大

第1回はコチラ
「毎週月曜更新中、木俣冬のおさらいあまちゃん」バックナンバー集はこちら


いやもう、すっかり頭の中をあの「潮騒のメモリー」(宮藤官九郎作詞、大友良英作曲)がリフレインしています。
今年の紅白歌合戦で唄われるに違いないと誰もが想像している話題の曲は、連続テレビ小説「あまちゃん」(NHK)8週「おら、ドキドキがとまんねえ」(5月21日〜26日)でも大きな役割を果たしました。
アキ(能年玲奈)とユイ(橋本愛)とユニット名は紆余曲折「潮騒のメモリーズ」に決定したのです。

先週8週はユイが「時をかける少女」(83年公開、角川書店が仕掛けたアイドル映画の主題歌)を歌い、角川映画世代は大いに心を揺さぶられたものですが、ドラマ自身も時間の経過が描かれた週でした。
季節は秋から冬へ。時代は2008年から2009年へ。
そしてその流れの中で登場人物たちの状況も様変わりを見せていきます。

海から帰って来たアキの祖父・忠兵衛(蟹江敬三)は再び海へ、東京から押し掛けてきたアキの父・正宗(尾美としのり)は、ついに春子(小泉今日子)との離婚を承諾し、東京へ戻ります。
これで、父親不在の世界になっちゃいました「アマちゃん」。
でも、忠兵衛、正宗がそろった家族写真を撮っているのが切ない。
正宗がクリスマスプレゼントに離婚届を送り、春子がとうとう指輪を外した回(44回、火曜日)、正宗が掌に息を吹きかけながら踵を返して行くところが尾道三部作(「時をかける少女」がそのひとつ)の頃の、キング・オブ・切ない系男子健在を感じさせました。

切ないといえばヒロシ(小池徹平)。アキにまったく相手にされてない彼は北三陸観光協会の職員・栗原しおり(安藤玉恵)と関係をもってしまったみたいです。
ヒロシは切ないっていうか、地元でズブズブ、やさぐれ系男子代表ですね。

そして、なんといってもアキの恋の行方です。
思いきって種市先輩(福士蒼汰)に告白しましたが、前々からなんとなーく匂わせていた種市先輩の思いが判明ーーユイが好きだったんですねえ。
ユイのことが好きになったきっかけは、電車の中で本を読むユイの姿って、アキと同んなじ。アキと種市、顔が似てるだけではなく、趣味も似てました。
ユイもユイで、アキのこと心配してたのに、種市が東京でお台場に住むと聞いて、つきあうことにするなんて。このアマ・・・呼ばわりしたくなっちゃいますよ。
アキかわいそう。アンド アキのグルグルマフラーにダッフルコートかわいい。ケータイのストラップはピンクのウニなのでしょうか。それもかわいい。

8週め、大筋はけっこうベタですが、アキの妄想シーンを、ドラマの開始1分23秒から2分38秒まで延々見せて、ナレーションで断りを入れるなど(火曜日、44回)のヒトを食った遊びなどもあって、見る人を飽きさせません。
こんな「あまちゃん」ならではの見せ方のおもしろさ改めて検証しますと、発見がありました。

【その1.時系列をいじる作戦】
駅の待合室でユイと種市が話していて、その途中をカットし、アキがユイと入れ替わりでリアスから待ち合い室に入って来ます(木曜日、46回)。
カットされた部分を、土曜日、48回で明かされたときようやく、46回でのユイの表情の意味がわかるのです。
こういうパズルのピースをバラバラにして見せて行く方法の大掛かりなものは、橋本愛が出ている映画「桐島、部活やめるってよ」(脚本:喜安公平)でやっています。
また「相棒」のエピソード「右京、風邪を引く」(脚本:古沢良太)などでやっています。

【その2.音楽を効果的に使う】
「潮騒のメモリー」の歌詞にある「来てよその火を飛び越えて」が小説「潮騒」の「その火を飛び越えてこい」という台詞のオマージュであると聞いて、アキがたき火を飛び越えて、種市先輩の胸に飛び込もうとしている頃(木曜日、46回)、スナックリアスでは大吉(杉本哲太)が84年のヒットソング、ヴァン・ヘイレン「JUMP」を熱唱している。
飛ぶつながりって、こんなふざけた展開があっていいのでしょうか! いや、いい!
これまで笑いが多い朝ドラが新鮮と述べてきましたが、「ゴーストバスターズ」を使ったギャグをはじめとして、音楽を大いに活用していることこそ、ミュージシャンでもありロックオペラなども手がけているクドカンならではの朝ドラ要素であることを確信した週でした。

【その3.北三陸駅副駅長の意外な重要性】
「その火を飛び越えて」場面の収拾をつけたのは、北三陸副駅長・吉田正義(荒川良々)。
40年やっていてはじめて虫入りの琥珀を見た、と喜ぶ勉さん(塩見三省)に「やめちまえ」と言ったり、「プロジェクトX」を「プロジェクトA」と言い間違える大吉に代わり「ジャッキー世代なんですいません」と説明したり、ユイの歌になんとも言えない顔をしたり、ボケだらけの北三陸のヒトたちの中で唯一、冷めて毒舌なツッコミ担当です。

前回の振り返りで

アキと忠平衛は、世界の境界を行き来できる存在としましたが、ここにもうひとり、吉田正義という存在に注目しましょう。
このヒトは行き来しているというより、俯瞰しちゃってるんです、世界を。
同じく俯瞰目線のナレーション(夏ばっぱ/宮本信子)は、あくまで俯瞰したまま登場人物と関われませんが、正義は地上に降りた天使か悪魔かどっちなんでしょうか。正義の経歴が気になってなりません。

演じている荒川良々は、宮藤官九郎が所属する劇団大人計画の俳優で、クドカン作品では「SAD SONG FOR UGLY DAUGHTER」(11年)タイムスリップしてきた未来人ボイジャーが印象に残っております。
このボイジャー、戦争で大半の人が死んでしまった最悪の未来を変えようと思って過去に来た設定だったんですよ。
そう思うと、小泉今日子演じる春子はいても、リアル・アイドル小泉今日子のいない世界である「あまちゃん」も、やっぱりもうひとつ別の日本の未来の可能性を描くんじゃないか、描いてほしいと思っちゃいます。

全体的にゆるそうに見えて、その実、クドカン先生の構成力は鉄壁です。
ナレーションや正義などの俯瞰しちゃってる人たちは何もできませんが、その分、行動するのは主人公・アキです。
恥ずかしいことも平気でやっちゃう、大変なことも楽しんじゃうアキは、あらゆる障害を乗り越えていく存在として描かれています。
「潮騒のメモリー」に「三途の川のマーメイド」という歌詞があり、ドキッとしたのです。アキが三途の川という生と死の境のマーメイドになれるかという話だったりしちゃうの? と。
それは生と死であり、現実と夢であり、ってことなんでしょうかね。

ともあれ、今週「おらの大失恋」では、失恋も乗り越えてもっと先に行っていただきたいものです。
まずは、北鉄救済のためお座敷列車で歌い踊る潮騒のメモリーズ、見せパン見えるのかなあ。(木俣冬)

l9週目へ