放送作家でプロデューサーの、おちまさと氏プロデュース。「成功したけりゃ」というフレームの決め打ちもお見事

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「第1章 42歳で死ぬと思えば何でもできる」 

……。えっ!? 続く見出しも「あなたは何歳で死ぬと思っていますか?」「私が42歳で死ぬと思った理由」など。近年のビジネス書や自己啓発書では、まず見ないような見出しだ。だが、敢えてなのだろう。この『逆算力』という本はそうしたトンでもない立ち位置から、切り込んできた。

通常、ビジネス書の読者層である20〜30代は、こうした精神論にも見えかねないコミュニケーションを苦手とする。たいていの書き手や編集者はそう思い込んでいるし、本づくりにあたってそうしたコミュニケーションは取らない。「死ぬ気になれ」とは昭和どころか、江戸時代の「武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり」(佐賀藩の山本常朝・著『葉隠』の一節)のようですらある。

著者はネスレ日本の社長兼CEOの高岡浩三氏。100年に及ぶ同社の歴史で初めての日本人社長だ。外資系でありながら、ひと昔、いや、ふた昔前の企業では上司が「死ぬ気でやれ」と号令をかけると、部下が「死ぬ気でやります!」というやりとりがあった(らしい)。だがその後、そうしたコミュニケーションはすべて「精神論」だと棚上げされ、その意味や効用について語られなくなってしまった。

働く側にとって、その風潮は本当にいいことだったのだろうか。ビジネスでもスポーツでも、最後に結果を左右するのは、どこまでも思考し続け、動き続ける継続力、そしてメンタルの強さだ。「デキる人」は例外なく、スキルの裏側にそうした強さがある。この本に書かれていることは、決して耳ざわりのいい言葉ばかりではない。だがここにある言葉を解釈し、実行に移すことは必ず血肉になる。噛みごたえのあるヒントだからこそ、身になっていく。いくつか中面の言葉を紹介する。

「会社と個人の関係はギブ&テーク」は働き方や働くことの意味。「アイデアは出すのが2割、実行力が8割。98%のアイデアを実行に移す」とはアイデアの実現の仕方。「物事の本質を考え抜くこと。人が思いつかないアイデアはそこからしか生まれない」は、文字通り自分だけのアイデアの生み出し方。そして「「話したい」と思えるニュースを作る」は宣伝戦略のようでありながら、そのまま仕事におけるコミュニケーション手法にも置き換えられる。


山のようにあるヒントを自分だけの血肉にするには、考え、実行するのがもっとも早道だ。

古来、農業や漁業──つまり「働くこと」は自然と対峙することだった。その源である天候は個人の都合など考えてくれるわけもない。本書に書かれている言葉は決して耳ざわりのいい言葉ばかりではない。

ネスレ日本は、国内で業界平均の数倍の利益を叩き出しているという。だが、本書には厳しい現状も示されている。

「各国のトップで役員会議に出るのは、利益額でトップ15まで。ネスレ日本も売り上げを伸ばしていますが、新興国が伸びてきたことによって、現在は、13 番目になっています」
「日本人、とりわけ若い人は、日本が置かれている厳しい現実をもっと知るべき」

こうした現実を直視し、前を向けるか。だいたい人間なんて「自分がいつ死ぬかは分からない。」。「死ぬと思えば何でもできる」。逆説的に言えば、そこまでやらなければならない。それほど、日本人は追い込まれているということなのだ。
(松浦達也)