実写をトレスする「ロトスコープ」という珍しい技法で作られた映像が話題のアニメ「惡の華」。4月27日に開催された「惡の華〜ハナガサイタヨ会〜」では、その映像の元になった実写映像(第3話のもの)が公開された。春日が仲村に服を脱がされ、体操服とブルマを着せられる問題のシーン。長濱監督は、春日役の植田と、仲村の実写キャスト・佐々木に「本気で脱がせて、本気で抵抗して」と指示。滑稽でありながら鬼気迫るシーンとなった。この場面を見た、原作者の押見の感想は、「うらやましい」。

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「うっせークソムシが」は、虚空に向かって

実写映像をトレスしてアニメにする手法「ロトスコープ」で制作されている「惡の華」。その独特の映像は、放送開始直後から賛否両論。筆者も、最初はその生々しさを気持ち悪いと感じた。
主人公・春日高男が放課後の教室で、憧れの佐伯奈々子の体操服を盗む。その現場を目撃したクラスメイトの仲村佐和は、春日に近づいていく。物語が映像の「気持ち悪さ」と絶妙にシンクロしていく。そう気づくと珍しい制作スタイルへの興味も強くなっていった。
そんな折、アニメの元になった実写映像が初公開されるという情報を入手。GW初日の4月27日、Benoa銀座で開催されるイベント「惡の華〜ハナガサイタヨ会〜」へと足を運んだ。

出演者は、長濱博史監督、原作者の押見修造、春日役の植田慎一郎、友人の山田を演じるお笑い芸人松崎克俊(やさしい雨)の計4人。そこに、仲村の声を演じた伊瀬茉莉也と、録音調整担当の名倉靖が飛び入りでステージに上がった。

長濱監督は、オーディションで植田を見たとき、そのイケメンぶりに「絶対に春日じゃない」と、落とす気満々だったこと。
「役者人生を賭けても良い」というほど原作に惚れ込んだ伊瀬は、アフレコまでの約1年間、自分の内面で仲村を育ててきたこと。
6人から、さまざまなエピソードが明かされていく。
意外だったのは、非常に温厚そうな原作者の押見がアフレコスタジオで見せたという、強いこだわり。

長濱「仲村が春日に何かを言うとき、その言葉が春日の方に向かっていると、(押見が)必ず『セリフが春日の方に向いているから』って(NGを出す)。1話の『うっせー、クソムシが』も、(目の前の)教師に向かってではなく、『虚空に言う感じで』と。『仲村は誰かに向けて、何かを作用させようとしていないから』って」
伊瀬「1話はセリフが一つだけだったので、声優的には、ちょっと印象づけたいなとか思ってしまうんです。でも、『そうじゃないです』と言われて。だから、テストのときは、声優という意識は全部捨てて、『伊瀬茉莉也=仲村佐和』として言いました。ただ、本番だとやっぱり力が入っちゃって……。結局、あのセリフは、テストのときのテイクが使われたんですよ」

仲村も、佐伯も、フィルムの中にしか存在しない人に

この作品の制作工程を説明すると、まず、1話約24分×13話の実写ドラマを制作。声優はその映像を見ながらアフレコし、アニメーターはその映像をトレスする。実写映像のキャストと声優は別の人間が務めているものの、植田と松崎だけは実写と声の両方を担当した。

そしてイベント後半、ロトスコープの元になった実写映像がついに上映。
第3話のアフレコでも使われた実写映像に、声優の声や効果音、BGMなどをつけた状態だった。

この映像は、ロトスコープの素材にするという目的のためだけに制作されたもの。
そのため、役者の芝居など、そのままトレスしてアニメの映像に生かしたいこと以外は、アバウトに作られている。例えば、音声スタッフが堂々と画面に映り込んでいるシーンもあった。だが、問題ない。その人物をトレスしなければ良いだけだからだ。
また、朝のシーンを昼に撮ったり、時間の繋がっているシーンをバラバラの時間に撮ることもあったという。これも、空の色や太陽光の方向、強さなどは、作画の際に調整できるから。しかし、上映された映像を見ただけでは、撮影時間のばらつきは、そこまで目立たなかった。全編、モノクロに変換されているからだ。
それは、実写映像を見ながらアフレコする声優のための工夫。作中の設定と異なる時間や印象の映像に、芝居が影響されることを避けるためらしい。

そういったロトスコープ用素材ならではのアバウトさ以外は、普通のドラマと変わらない。
アニメ「惡の華」の第3話が、そのまま実写で描かれていく。
実写段階から、春日は気持ち悪く、仲村は怖く、山田はウザイ。
アニメの映像が、実写キャストの動きや表情をかなり忠実にトレスしているということだ。

もし、アニメより前に、この映像を観ていたら、何の不満も無く実写版「惡の華」として楽しめただろう。
しかし、ロトスコープ独特の映像と比較すると、物足りなさを感じてしまう。
やはり、アニメの平面世界の中に、生身の人間が封じ込められているような、あの「気持ち悪さ」は、このアニメを支える要素の一つなのだ。

松崎「実写じゃなかった理由って何なんですか?」
長濱「植田くんの春日は特別なんですけど、仲村佐和も、佐伯奈々子も、このフィルムの中にしか存在しない人にしたかったんですよ。(実写キャストの)三品優里子さんだけが佐伯ではない。日笠(陽子)さんの声もあって佐伯奈々子になる。仲村も、佐々木南さんに、伊瀬ちゃんの声がはまって、やっと仲村佐和になる。どうしても、そういう方向にしたかった。ロトスコープは原作が求めていることだと俺は思ったし、押見先生も、最初から理解を示して下さった。俺たちは、『原作ファンはすごい喜んでくれますよ!』って信じて疑ってなかったんです(笑)。だから、(放送開始後)原作ファンの人が『あれ?』となったという話を聞いて、俺の方も『あれ?』って(笑)。自分が原作を読み違えてたのかなとも思ったけど……。俺ら二人の間にはずれが無いんですよ」
押見「ないですね。僕がずれてたのかな?(笑)」
松崎「原作者なんですから、ずれようがないですよ!(笑)」

ロトスコープでしかできない最終回になっている

実写映像で最も驚いたのは、仲村の声が吹き替えには見えないこと。実際には、映像は佐々木で、声は伊瀬なのだが、佐々木がそのまま喋っているとしか思えないのだ。
長濱監督も、「この顔から出ている声としか思えないよね」と、何度も感嘆の声をあげていた。

伊瀬「アフレコでは、佐々木南ちゃんの表情とか、微妙な口の開き具合とかに全部合わせて喋っているので。先にロトスコープの絵があったら、あの芝居はできなかったですね。それを導いてくれたのは、植田くん。植田くんは、実写でもお芝居をしているんですけど、(後から)自分で声も当ててるんですよ。それができちゃうのは本当にすごい」
植田「僕や松崎さんからしたら、伊瀬さんや日笠さんが本当にすごいと思います。僕たちは、1回、実写で撮ってる分、呼吸とかは自分のタイミングでできるので」
松崎「そうそう」
植田「お二人はバケモンですよ(笑)」
伊瀬「でも、実写でも演じていた二人が側にいてくれるおかげで、そういう芝居なんだなって肌で感じられて。(芝居を)そっちに寄せていけたので。別の声優さんが、春日くん、山田くんをやってたら、あの仲村は出せなかったと思います」

イベントを締めくくりは、出演者コメント。
長濱監督と押見のコメントは、アニメ「惡の華」への今後の期待を、大きく膨らませるものだったので、紹介しておこう。

長濱「この作品は、毎回できあがってくるものが予想つかない。最終回は、自分の中でも一番楽しみで、本当に他にはない。というか、俺は観たことがない。ロトスコープにして良かったなと思いました。ロトスコープでしかできない最終回になっているので、楽しみにしていてください」
押見「2話目くらいまでは、オンエアの度、監督に感想メールを送ってたんですけど。3話目くらいから、漫画より面白いなって。そう思ったら、悔しくて羨ましくて。テンションの高いメールが送れなくなってきた。4話も悔しかったですね。ここからは、さらにもっとすごい回ばっかりなので。自分も頑張っていかないと(笑)。これは、原作者とか関係なく、観ないともったいない作品だと思います。ぜひ観てください。あと、漫画も読んでください(笑)」
(丸本大輔)

(追記)
このイベントでの反響を受けて、第3話の実写映像が、ニコ生で急遽配信された。
プレミアム会員対象で、タイムシフト視聴も可能だ。
「惡の華 実写パート第三回」