『全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え』(元川悦子/ぱる出版)
Jリーガー73人、日本代表13人、W杯出場4人……清商サッカー部を卒業した12人のサッカー人生を通して、「清商魂」「大瀧魂」から学んだ“教え"を紐解いていく。

写真拡大

日本の10番・香川真司の所属するマンチェスター・ユナイテッドが、圧倒的な強さでプレミアリーグの優勝を遂げたのは既報の通り。
スポーツ紙上においては、元日本代表の藤田俊哉が「香川の最も優れた技術は、一番いいポジションに、一番いいタイミングで入れること」と今季の成功の秘訣と今後に向けての課題を述べていた。だが何よりも重いのは、サッカーの母国であり、長い歴史を誇るイングランドのフットボールリーグにおいて過去最多の20度目の優勝を果たし、その一員に名を連ねたという事実。今後の日本サッカー史を語る上でも欠かすことのできない貴重な1ページだ。
マンUやイングランドサッカーを彼岸とすると、今年が20年目のJリーグ、そして日本サッカーはまだまだ歴史の重みが……とちょっと切なくもなってしまう。
この春、その「歴史の違い」を痛感させられる象徴的な事件が、日本のサッカー界で起こったことをご存知だろうか。
長年高校サッカーを牽引し、過去、13人ものサッカー日本代表選手を輩出した高校・静岡市立清水商業高校(通称・清商)がなくなってしまったのだ。
正確には、学校再編統合によって清水商業と静岡県立庵原高等学校とが2013年3月末をもって統合し、この4月から新たに「静岡市立清水桜が丘高等学校」が誕生したのだが、日本で最も有名なサッカー高校の名前が簡単になくなってしまう、というのが、ある種、日本サッカーの伝統の脆弱さと見ることもできる。

《サッカーって世界で一番人気があるスポーツなのに、日本では高校サッカーで名を残してきた清商の学校名があっさり変えられてしまうくらいの地位でしかない。そのことを痛感させられます。俺たちサッカー人はそういう文化や環境も変えていかないといけない。サッカー、スポーツの重みをもっと多くの人に理解してもらいたいと思います》
こう語るのは、上述した藤田俊哉。『全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え』の中で、清商サッカー部OBの一人としての無念さと、だからこそ前を向く必要性を訴えている。
本書はサッカージャーナリスト・元川悦子が、その名が消えてしまう「清水商業高校」がサッカー界にもたらした功績を後世に残すべく、監督を務めた大瀧雅良や歴代OBたちへのインタビューや取材を重ね、上梓した一冊である。

この中で登場する清商サッカー部OBたちの顔ぶれがなんとも豪華!
名波浩、川口能活、小野伸二、平野孝という、元日本代表にしてW杯出場メンバー4名。
江尻篤彦、藤田俊哉、安永聡太郎といった、日本サッカーの地位向上を目指すリーダーたち。
平川忠亮、小林大悟、水野晃樹、風間宏希といった、才能豊かな現役選手。
今まさに川崎フロンターレの監督を務める風間八宏と、長年清商サッカー部の監督を務めた大瀧雅良。

特に、全編を通して幾人ものサッカー人から感謝の言葉を述べられる大瀧監督が残した数々のエピソードからは、日本サッカーが歩んできた歴史の裏側にあったもうひとつの事実をも浮き彫りにしていく。

「大瀧先生は担任であり、サッカー部の顧問であり、父親でもあった。3年間ずっと一緒にいて、自分を正しい方向へと導いてくれた人」と語るかつての日本の10番・名波浩。
彼は、フランスW杯アジア最終予選・アウェーでの監督更迭劇の際、精神的にも崖っぷちであった苦境から立ち直ったキッカケに、大瀧からのFAXがあったと明かす。

フランスW杯出場を決めた“ジョホールバルの歓喜”の翌日に大瀧に呼び出され、「お前はこの大会を本気で狙え」と言われた小野伸二。果たして、恩師の言葉を受け止め、フランスのピッチに小野が立ったのは皆さんご存知の通り。
以降、度重なるケガによる挫折とそこからの復活を繰り返していく小野だが、その道程には大瀧の様々なメッセージがあったことがわかってくる。今、またしてもオーストラリアで復活を遂げる小野伸二の姿を見ると、その影に師弟の絆を見て取ることができるだろう。

海外挑戦など誰も思い描かなかった時代に、いち早くドイツでプロ選手となった風間八宏。彼が今も監督として「チャレンジ」し続けることができる原点とは何か?
今季まだ1勝の川崎フロンターレで指揮を執る風間の苦労の姿を見れば見るほど、「今になると、大瀧先生が『自分で考えろ』『精一杯やれ』と言っていた意味がよく分かります」という本書の中での風間の言葉がよりしみてくる。

ひとつの高校サッカー部の歴史、清商OBたちが歩んできた道をひも解いていくことで、日本サッカーの歩みや現状までも垣間みることができる一冊となっている。
著者である元川はこうも綴る。
《名門校というのは単に全国制覇を何度も果たしたから名門なのではない。偉大な歴史を紡いできた人々の努力が積み重なっているからこそ、他から一目置かれるのだ》
その「積み重ね」が、これまでに73名ものJリーガーを輩出し、日本代表に13人も送り出し、そのうち4人はW杯の舞台に立つことができた結果につながっていったのだ。

本書『全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え』を読みながら、今まさに歴史を作り出している香川、そして歩みを止めない小野や川口、風間の姿を見れば、終幕を迎える伝統もあれば、新たに始まる伝統もあり、その先にこそ日本サッカーのあるべき姿がある、ということを感じることができるのではないだろうか。

(オグマナオト)