NIPS、糖代謝を調節するタンパク質ホルモン「レプチン」の作用機構を解明

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生理学研究所(NIPS)は4月19日、昭和大学、北海道大学、桐生大学との共同研究により、骨格筋と肝臓での糖代謝を調節する視床下部におけるタンパク質ホルモンの「レプチン」の作用機構を明らかにした発表した。

成果は、NIPS 生殖・内分泌系発達機構研究部門の戸田知得 研究員(NIPS リサーチフェロー)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、3月25日付けで米国糖尿病協会誌「Diabetes」に掲載された。

糖尿病患者とその予備群にとって、血糖値をコントロールすることはとても重要だ。そのためには、運動、そして食事が大事であり、またすい臓の「すい島(ランゲルハンス島)」細胞に含まれる「β細胞」から血中に分泌されるインスリンが、その調節に重要であることはよく知られている。

ところが近年になって、血糖の利用を調節する器官として意外にも脳が、中でも視床下部が重要であることが明らかとなってきた。例えば、先天的または後天的に脂肪組織が萎縮してしまう疾患である「脂肪萎縮症」の患者は重度の糖尿病を発症し、インスリンもほとんど効果がない場合がある。

ところが、レプチンを投与すると糖尿病が改善することが知られている。レプチンは、脂肪細胞から産生されて血液を介して脳に作用するタンパク質ホルモンであり、現在では脂肪萎縮症における糖尿病治療薬として臨床で用いられている。ただし、レプチンがどのように脳に作用し、そして脂肪萎縮症の糖尿病を改善するのかについて、そのメカニズムはほとんど解明されていない。

また血糖を利用する最も重要な臓器として、骨格筋がある。戸田研究員が所属する生殖・内分泌系発達機構研究部門の責任者である箕越靖彦教授らは、1994年にレプチンが発見されるよりも以前から、視床下部が骨格筋での糖の利用を調節することを明らかにして来た。レプチンが発見された以後は、レプチンおよび視床下部に存在する神経ペプチドが、視床下部による血糖調節機構を活性化、骨格筋での糖利用を促進し、糖尿病の防止に寄与することを2009年に報告している。

レプチンは、視床下部の中でも特に「視床下部腹内側核(VMH)ニューロン」に作用を及ぼし、タンパク質「STAT3」および「ERK1/2」を活性化することから、戸田研究員らは今回、無麻酔、非拘束下のマウスを用いて、同ホルモンによる糖代謝調節機構を「Hyperinsulinemic-Euglycemic clamp法」という解析技術を用いて検討した。

その結果、全身に投与されたレプチンは、VMHニューロンに直接作用してSTAT3とERK1/2を活性化し、これらのタンパク質がそれぞれ、骨格筋と肝臓におけるインスリンによる糖代謝調節作用(インスリン感受性)を高めることが見出された次第だ(画像)。

レプチンは、VMHニューロンを介して「弓状核POMCニューロン」を活性化すると同時に、POMCニューロンと「メラノコルチン受容体(MCR)」との間のシナプス可塑性を変化させる。ERK1/2は、POMCニューロンとMCRとの間のシナプス可塑性に調節作用を及ぼすと考えられるという。つまり、レプチンは、ERK1/2やSTAT3を介してVMHにおけるシナプス可塑性を変化させることにより、骨格筋と肝臓での糖代謝を制御するという仕組みが見えてきたというわけだ。

日本では、糖尿病で亡くなる人は年間1万4000人、「糖尿病が強く疑われる人」と「糖尿病の可能性のある人」を合わせると2210万人いるといわれている(平成19年国民健康・栄養調査)。視床下部を介する血糖調節機構は、よく知られているインスリンによる血糖調節機構とはまったく異なる分子機構に基づいていることが特徴だ。その詳しい分子メカニズムがわかれば、新たな治療薬の開発につながると考えられると、戸田研究員らはコメントしている。



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