『くまモンの秘密 地方公務員集団が起こしたサプライズ/熊本県庁チームくまモン』(2013年3月12日発売/幻冬舎新書)
まったく無名の不審な黒い熊からスタートして、2011年度のゆるキャラグランプリでは念願のグランプリを獲得。いまでは数えきれないほどのグッズも発売されており、290億円市場にまで成長した。

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現在、日本全国にたくさんの「ゆるキャラ」がいる。ゆるキャラというのは「ゆるいキャラクター」の略称で、地方の自治体が地域おこしのために作ったり、民間企業が広報活動のために作った着ぐるみのことだ。こうした一連のキャラクターの造形が一般的な感覚からすると微妙に“ゆるい”ことから、そう呼ばれるようになった。名付けたのはブームを生み出す名人、みうらじゅん氏だ。

全国に数多く生息するゆるキャラの中でも、近頃ひときわ人気なのが、熊本県の「くまモン」だ。本書『くまモンの秘密 地方公務員集団が起こしたサプライズ』は、このキャラクターがいかにして生まれ、どのような戦略を展開してきたのか、その秘密を解き明かした本である。著者は熊本県庁内で組織された〈チームくまモン〉。

くまモンがここまで知名度を上げることができた最大の理由は、「熊本県のPRをしない」ことだったと言われている。くまモンの目的は、当然ながらひとりでも多くの人に熊本に興味を持ってもらうことだが、功を焦れば熊本を押し売りすることになり、かえって拒否反応を呼ぶ。

そこでチームが考えたのは、まずはくまモンを知ってもらうこと。これを最優先させた。様々な活動を通じて、ゆるキャラとしての人気を高めていけば、結果として熊本県にも注目が集まるはずだからだ。

くまモンの県外への初出張は甲子園球場だった。平成22年6月、黄色い背景の中央に黒いくまモンが描かれた、まさに阪神タイガース・カラーの看板が一塁側アルプススタンドに掲示された。このときは看板だけだったが、これを皮切りに、以後、大阪市内の各所に身元不明の黒いくまが出没するようになる。市民たち「なんやあれ?」という疑問を抱かせることで、都市伝説的な話題づくりを企んだのだ。

人気上昇の決定打となったのは「くまモン名刺」の配布だ。表にはくまモンの全身像がイラストで描かれ、裏には「名前を覚えてもらえないので、名刺を作りました」や「カラダ張ってます。おなかも張ってます」など、32種類のキャッチコピーが印刷されている。つまり名刺のバリエーションが32種類あるということ。これをくまモンと出会った人に配布するのだ。

考えてみれば、くまモンは公務員だから名刺を渡すのもごく自然な行為といえる。そして32種類もあるということがコレクション心を誘うと共に、さらなる話題づくりにもつながる。動物の中でも熊はとくに賢く狡猾な生き物だが、くまモンの奴、まったく小賢しいことをしやがる!

こうしてみると、くまモンって全然ゆるキャラじゃないじゃん、という気がする。広告宣伝の戦略として実に巧みだし、その造形もよく見りゃ可愛らし過ぎず、ほどよいトボケ感がある。

で、本書ではいきなり1ページ目で、そのタネあかしをしている。

これは、前年(筆者註:平成22年)三月に誕生したばかりの、一地方のゆるキャラくまモンを全国制覇に導くために、小山薫堂の著書をバイブルに、日夜努力し続けた、熊本県庁の精鋭部隊チームくまモンの物語である……。

本職じゃんか!

小山薫堂といえば、『カノッサの屈辱』『料理の鉄人』『進ぬ電波少年』などなど、数多くのヒットを生んだ放送作家でありプランナーだ。そして、実は「くまもとサプライズ運動」の発案者でもある。

平成23年1月に九州新幹線の全線開通を迎えるにあたって、熊本県では「新幹線元年委員会」を組織した。その新幹線元年事業のアドバイザー役に小山薫堂が就任した。そして事業の一環として氏が提案したのが「くまもとサプライズ運動」であり、くまモンというキャラクターだったのだ。

くまモンが名刺を配るというプランも、かつて小山氏が日光金谷ホテルの再生を依頼されたときに実施したアイデアを流用したものだという。どうもこの本を読んでいると、県庁の皆さんがことあるごとに「小山薫堂氏の著書を参考に……」と記述しており、リスペクトがダダ漏れでずいぶんとゆるい本だなあ、という印象を受けたが、それもそのはず、スタッフなんだもんね(くまモンの色で言うなら“黒幕”だ)。

ゆるキャラのように見せかけながら、その影には巧みなプロの経験とアドバイスが活きていた。この本の構成はゆるいけど、くまモンは全然ゆるくない!

(とみさわ昭仁)