『ウォーキングから始める 50歳からのフルマラソン』(金哲彦/講談社)
【金哲彦プロフィール】市民ランナーからオリンピックランナーまで幅広く指導するプロ・ランニングコーチ。テレビやラジオの、駅伝・マラソン中継の解説者としても活躍中。『体幹ランニング』『カラダ革命ランニング』(講談社)『3時間台で完走するマラソン』(光文社新書)など、ランニングに関する著書や執筆は多数。ニッポンランナーズ代表。このほど、『ウォーキングから始める 50歳からのフルマラソン』を上梓した。

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もはや冬の風物詩、「東京マラソン」開催まで残り1ヶ月を切った。
今年は定員2万9400人のフルマラソンに30万人を超える応募があり、倍率が過去最高の約10.3倍だったという。マラソン人気の高さがうかがえる。
出場する方はそろそろ追い込みの時期、そうでない方でも、周囲のマラソンブームの煽りを受け、今年こそは自分も走ってみようかな? とソワソワし始めた頃ではないだろうか。
道具も何もいらず、子どものころからやっている「走る」という行為だけに手軽に始められるジョギング。でも、そんな風にいきなり走り始めた人こそ、膝を痛めたり長い距離が走れなくて、結果、3日坊主になりがちだ。

「ほとんどの日本人は、ランニングの基本ができていない。だからケガも多くなる」

こう語るのは、ベストセラー『「体幹」ランニング』の著者であり、テレビやラジオのマラソン解説でも有名な金哲彦プロ・ランニングコーチ。今回、マラソン初心者向けの指南書『ウォーキングから始める 50歳からのフルマラソン』を上梓した金コーチに、マラソンを始めるにあたって気をつけるべき「基本の基本」を聞いた。


《ランニングをする=セロトニンが出る=幸せになれる》
金 昨日、フルマラソンを走ってきたんですよ。だから、今日はちょっと腹筋が痛くて。
─── ん? 腹筋ですか? 足とか、膝じゃなく。
金 はい。それこそ、この本をつくろうと思った理由のひとつでもあるんです。初心者ほど、膝や腰をケガしがちなんですが、正しい姿勢で走れば、使う身体の部位は「体幹」。つまり、腹筋や背筋、殿筋(お尻まわりの筋肉)といった大きな筋肉を使うことになります。腹筋が疲れるような走りが、一番いい走りですね。

─── 2月1日で49歳とお聞きしました。普段からトレーニングしているとはいえ、50歳近くで軽々とフルマラソンを走れる身体……憧れます。ご自身の年齢もあって今回、『50歳からのフルマラソン』というテーマなんでしょうか?
金 まもなく50歳になる自分への戒めも含めてはいますが、それよりも、普段市民ランナーにコーチングしていて、50歳、60歳でランニングを始めたい、という方が非常に多いんですね。その中で多い質問が「私でも大丈夫ですか?」「こんな年齢からでも大丈夫ですか?」というものです。その度、いつも即答で「絶対大丈夫ですから!」と答えていたんですが、「どう大丈夫なのか」をちゃんと伝えなきゃいけないんじゃないかと。それで本にした、というのが大きな理由ですね。

─── 50〜60歳が多い、というのは、体調にも気をつけ始める年齢だからでしょうか?
金 それもありますが、社会や会社で責任のある立場にいるジェネレーションだからではないでしょうか。健康面も含め、様々な悩みをランニングで解消したい、と。

─── ストレス発散、という意味合いが大きい?
金 いえ。以前は私も「ストレス発散」という言葉で片付けていたんですが、もっと深いですね、走ることの効果は。ただ発散するだけじゃなく、走ることで心のバランスが取れたとか、煮詰まっていたのにアイデアが出てきたとか、頭がすっきり整理できたとか。

─── 本の帯には「うつの予防にランニングがいい!」とも書かれてあります。うつにも効くんですか?
金 いま、実際にうつ病の入院患者にランニング指導を月イチで行っていて、症状が良くなる事例が確かにあります。ただ、「うつ病に効く」という側面よりも、「うつ病になりにくい」という予防の側面で考えた方がいいでしょうね。

─── それは、どういった効果でうつの予防につながるのでしょうか?
金 ランニングって実は「ジャンプの連続」なんです。ジャンプをすると「抗重力筋」と呼ばれる(腹筋や背筋など、重力に対抗して体を支えてくれる)筋肉をよく使うことになりますが、それによって「幸せ物質」とも呼ばれる脳内物質「セロトニン」が分泌されるんですね。

─── 「セロトニン」……最近、テレビや雑誌などでも目にしますね。
金 幸せを感じるときに分泌されるもので、医学的にも精神安定に効果があるとされています。ジャンプをたくさんする、つまりランニングをすれば、このセロトニンがたくさん分泌されるんです。

─── ということは、ウォーキングよりもランニングのほうがいい?
金 全然違います。ウォーキングによって得られる気持ちよさと、ランニングによる気持ちよさは全く別ものなんですね。スッキリ感が違いますから。


《9割の人はまっすぐ立てていない!》
─── ランニングの指南書にも関わらず、半分以上が「立ち方」「座り方」「基本姿勢」といった“ランニング以前”の内容にページが割かれていますね。
金 市民ランナーの指導を始めた10年前からずっと言っていることなんですが、皆さん、そもそも「ランニングの基本」ができていないんですよ。それなのに、マラソンをする際に話題になるのは「何キロ走った」「何分で走った」という数字ばかり。基本ができていないのに数字を追い求めて一生懸命に走るから、結果、膝や腰を痛めてしまいます。

─── ランニングって、当たり前、簡単にできるもの、というイメージが確かにあります。
金 だから、「走ることってどんな運動ですか?」「身体のどの部分を使うのか?」という部分をしっかり掘り下げようと。わかりやすく言うと……あなた、今、猫背になっていますが、それじゃ効果的に走ることなんてできませんよ。

─── あー、姿勢が悪いって、よく言われます。
金 人間は立ち上がったとき、背骨がS字湾曲して、それをうまくバネにすることで弾んでいくんですね。でも、猫背だとそれがバネにならず、うまく弾まない。普段猫背の人が、走る時だけうまくS字になるわけがない。だから、普段から座る姿勢・立つ姿勢をちゃんと意識することが大事になるし、それができると楽に走れますよ、ということを知って欲しかったんですね。

─── 本の中で「9割の人はまっすぐ立てていない!」という記述があって、そんなに多いのかと。海外の選手と比べても日本人はそれほど姿勢が悪いですか?
金 そもそも骨格が違いますから。アフリカ系人種の骨盤って、そもそも前傾しているんですね。骨盤が前傾しているとお尻がツンとあがり、背中も反るから猫背にもならないんです。でも、日本人に限らず東洋系の人たちは、農耕をずっとやってきた影響なのか、骨盤が後傾しているタイプが多い。その上、日本人はデスクワークが多いじゃないですか。長時間、猫背の姿勢で座っていると、腰の筋肉に負担がかかった状態が続くんです。肩は凝るし、腰を痛めるのも当然ですよね。でも、姿勢は自分の努力で治りますから。それによって、肩こりも治る、腰痛も治る、そして走り方もキレイになる。結果、疲れにくくなる。

─── いいことずくめですね。正しい姿勢を保つために、普段から意識すべきことってありますか?
金 2つあります。まずひとつは、骨盤を後傾せずに立てる。例えば、椅子に浅く座ってみてください。その状態で、おへそをグッと前に出す。これが「骨盤が立った」状態です。そうすると、おなかに自然と力が入るでしょ。でも、ほとんどの方は背もたれを使って椅子にだらっと座っています。そうなると、おなかに力が入らないので、腰にばっかり負担がかかるんです。

─── 前と後ろ、おなかと腰。両方で身体を支えると。
金 そうです。そしてもうひとつが、胸をグッと開く。「え!? そんなに?」と思うくらい開いてください。ちょっと窮屈に感じると思いますけど、見た目は特に変じゃありませんから。この正しい姿勢で座ることができれば、手も何も使わずにスッと立つことができるんです。

─── あぁ、確かに! でも、深く座った姿勢からだと……ちょっと助走・反動をつけたくなりますね。
金 なんで楽に立てるかというと、体幹の筋肉を使うからです。でも、体幹を使わないと、その体幹そのものがただの重りになってしまうので、立てない。だから、筋肉の弱い強いじゃなく、使ってないだけなんです。立ったり座ったりする筋力は誰でもありますから。そのためにも、正しい座り方・立ち方が、体幹を使った身体の動きをマスターするための第一歩になります。


《初心者の当面の目標は「10km1時間」》
─── 本の巻末には、3ヶ月でマラソンを完走するためのトレーニングカレンダーが付いていました。これを見ると、毎日走らなくてもいいんですね。
金 そうです。だいたい自分の場合は週3日ですね。

─── よく、「1日休むと元に戻すのに3日かかる」なんて言ったりしますが。
金 1週間まったく走らなかったらさすがに落ちていきますけど、継続してやっていれば、走る筋肉を維持するのには週3日で大丈夫です。

─── 初心者が陥りやすい間違いや練習方法はありますか?
金 よくあるのは、いきなり速いスピードで走ってしまうこと。たいていの人が、「走る」って結構速い速度をイメージしているんです。まずはゆっくり、最初はウォーキングから始めて、足の筋肉をつけることが重要です。だから、目指すのは速く走ることじゃなくて、「10km1時間」を目安にすること。いつでも「10km1時間」を楽に走れる体力・走力をつけておくと、マラソンはいつでも走れるわけです。それがまず当面の目標でしょうね。

─── マラソンって、3日坊主の代名詞のような印象もあります。長く続けるための秘訣は何かありますか?
金 それはね、やったことがない人が思うだけであって、ちゃんとセオリーを組んでやった人は、すごく達成感もあるし、身体へのダメージもそれほどありません。よくある失敗例が「ホノルルマラソン」。「ホノルルマラソン」って初心者、しかもあまり練習しないで参加する人が多い。そういう人たちは、ほとんどの距離を歩くことになって、すごく辛い思い出になるんです。その結果、「こんなに苦しいことは二度としたくない!」となるんですが、計画的にやった人は4時間5時間くらいで完走できて達成感もあるし、身身体へのダメージが少ないから、また次を走りたくなる。

─── 喜びや達成感を上手に組み込んでいくんですね。
金 だから「定期的にレースに出る」というのは、モチベーションを保つ手段として一番いいでしょうね。3ヶ月に1回でもいいし、フルマラソンじゃなくてハーフでも10kmでもいいからレースエントリーすると、生活にも緊張感が生まれるし、モチベーションにはなりますよね。

─── よく、東京マラソンに当選してから走る人がいますが、そういうキッカケも大事ということですね。
金 あとは、無理しないことですよね。頑張って何十キロ走ったりとか変なチャレンジをしないで、習慣化することが長く続ける秘訣です。初心者が記録を狙うのもよくありません。記録を意識しちゃうと、周りからも期待されちゃう。自分の希望じゃなく、周りの人からの期待でやっちゃうと辛いです。楽しいから走るのが一番いいですよね。

(オグマナオト)