『ピーター・パン』のウェンディやタイガー・リリーは、想像以上にキュートでセクシーな女の子だ。『新訳 ピーター・パン』(角川つばさ文庫 J・M・バリー 訳・河合祥一郎 絵・mebae)は、大人が見て楽しめる作りになっている、繊細な作りの楽しい一冊。ガール・ミーツ・ボーイの、ワクワク感と切なさが、増幅されたイラストは必見!

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子供の頃なんとは無しに聞いたり読んだりした作品、実はどんなものだったのか忘れがち。
たとえば『金太郎』は有名ですが、あらすじを説明してくださいと言われるとなかなか思い出せないもの。
くまにまたがって、マサカリ持って、前掛して……なんだっけ?

こういうのは大人になると多々あります。
大人になってから読み直すと、意外な発見があるものです。

同じように、なかなかストーリーの詳細を思い出せないのが『ピーター・パン』。
単語はよく見るし、ディズニーの映画も見たかもしれません。名作劇場でもやってました。
ピーターパンがいて、空を飛んで、フック船長がいて、ティンカー・ベルがいて…………。
で、内容はどうだっけ?

今から絵本の『ピーター・パン』を読むのはちょっと……という大人におすすめしたいのが、角川つばさ文庫の『新訳 ピーター・パン』です。
訳者は河合祥一郎。以前『ふしぎの国のアリス』や『かがみの国のアリス』を、イラストレーターokamaの挿絵と凝った装丁で出した人です。
アリスについてはこちら。
もう一度アリスに会いにいこう。okamaイラスト版『新訳 かがみの国のアリス』がとてもキュート
アリスもギミックやキャラは覚えていても、物語は思い出せなくて説明しづらい作品ですが、大人になってから読むと、いかにキャロルがアリス・リデルに語ったかを感じて、しみじみする作りになっています。
 
この訳が非常にいいんだ。
読めばもちろんストーリーの細かい部分も明快に思い出せるのですが、それだけじゃない。
これは大人のためのピーターパンだ。
といっても、大人から見た子供観じゃないんですよ。
大人が、子供の目の高さにしゃがんでみて、子供と同じ世界を見ている書き方なんです。

元々のバリーの原作がそういう作り。
それが一層引き立つような翻訳になっているんです。
ピータ・パンは、とても幼くてやんちゃな男の子。
子供も子供。全然ヒーローじゃないしかっこよくもない。本当に幼い。
あれー、確かに子供の世界の大将みたいな存在でしたが、こんなに子供っぽかったっけ? ミュージカルとかだとピータ・パンって花形でかっこいいよね?
そういうにおいがない。とてつもなく子供っぽい。
ピーター・パンの歯が全部乳歯ってのもすっかり忘れていたせいもありますが、それにしても言動が「かっこいい」というより、やんちゃ。

これらは、一重にウェンディの描写に徹底的にこだわっているから、というのが答えだと思います。
翻訳も、ウェンディに関しては一人のレディとして一貫しています。
無論ウェンディも子供なんですが、訳し方でとにかく「大人っぽい少女」なんです。
「大人っぽい子供」であり「おませさん」。
『ピーター・パン』のラストを知っている人だと、さらにその距離感、リードするのはピーターだけど、しっかりしているのはウェンディという関係がよく見えるはず。
むしろそれを踏まえて、全体的にウェンディがステキなお姉さん、ピーターがやんちゃな子供という解釈での構成です。ディズニー映画のイメージで読み直すと、意外に見えるかもしれません。

それを引き立てまくるのが、ものすごい量の挿絵。
イラストはアニメ・マンガファンにはお馴染みのmebae。アニメーターでありイラストレーターであり漫画家です。
コミックスで『NONSCALE』という本もだしているのですが、このイラストレーターを知っている人ならわかるはず、フェティッシュだと。
そうなんです。驚くほどこの『新訳 ピーターパン』に出てくる女の子たちは、フェティッシュ。
ディズニー版『ピーターパン』のウェンディは靴を履いているのですが、このウェンディは裸足。
いいね!実にいい!裸足大好き!
この脚・裸足描写だけで、彼女が「レディ」であるのをものすごーくよく描いている。
座り方ひとつとっても、レディなんです。歩き方、立ち方、すべて、少女ではあるけど大人の女性的。
これを徹底して裸足で描きます。フック船長戦ですら裸足。
加えて表紙を見ていただいてもわかりますが、膝小僧がちょっと赤いんですよ。

イラストと文章の相互効果で、もうウェンディがキュートでありながらセクシー、子供でありながら大人。
強烈ですよ。「萌え」とかってより、正直興奮します。
「名作に失礼な!」と言われるかもしれませんが、いえいえ。
女の子に接した時に感じる、少年の感覚なんですよ。それが。
ガール・ミーツ・ボーイとしての、出会いと別れを描いた作品と捉えた結果産まれた、セクシーでキュートなウェンディです。

海外で人気のキャラクター、ティンカー・ベルもとってもキュート。こちらは年齢不詳で、本ごとに解釈が変わって描かれる特殊なキャラです。
嫉妬深くて元気な妖精、という設定はうまく生かされているのですが、こちらはウェンディに比べるとそこまでセクシーじゃない。あれ?
でも本文読めばわかります。案外ピーターのティンクの扱い雑なんですよね。
心配するシーンもありますが、相棒というほどでもない。
ただ、mebaeといえばサイズ比フェチや人外フェチにも定評のある作家。
249ページでピーターがティンクの心配をして泣くシーンがあるのですが、このピーターの涙がティンクを伝うのが実にいい。
やはり、フェティッシュしっかり入っています。
人魚の群れのシーンなどが入っているのも、非常に「らしい」。

もう一人重要なヒロインがいます。
タイガー・リリーです。
インディアンの娘ですが、彼女の描写って今までそれほど重視されなかったと思うんです。主要キャラなので必ず出てはきますが、「インディアン」って部分の方が強いんですよ。
しかし、凛々しく、気高い少女であるタイガー・リリーを、少年から見た一人の少女としてかっちり描いています。
「私、海ぞくに、ピーターけがさせるない」と言いながら目を見開いて見つめるタイガー・リリー。
それをふんぞり返ってえらそうに受け止めるピーター。
この二人の関係が実にうまく描かれています。脳内で二次創作したくなります。
確かに強いピーター。でも圧倒的に、この訳と絵から伝わるのは、全体的に女の子の方が、芯がしっかり強いということ。

大人の、特に女性におすすめしたい『新訳 ピーター・パン』。
子供ときに男の子と出会った感覚が、大人になって失ったものと得たものが、全面に押し出されています。
もちろん男性にもおすすめ。ウェンディとタイガー・リリーとティンカー・ベルだけでごはん三杯いけます。
フック船長がまた、へっぴりキャラとして解釈されていていいんです。子供の世界からみた、しょんぼりな大人なんですよね。
子供が読むのにも、もちろん完璧。非常に読みやすくなっています。
けれど、本当の意味でこの作品を味わえるのは、おそらく大人になってからなんじゃないかな。
「いまさら」なんて言わずに。たくさん発見ありますよ。


角川つばさ文庫 J・M・バリー 訳・河合祥一郎 絵・mebae 『新訳 ピーター・パン』

(たまごまご)