川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム 原画展『大長編ドラえもん』
第一期(1月25日〜5月末)は「のび太の宇宙開拓史」「のび太の大魔境」「のび太の海底鬼岩城」「のび太の魔界大冒険」「のび太の宇宙小戦争」の5作品と、通年展示の「のび太の恐竜」「のび太のねじ巻き都市冒険記」「大長編ドラえもんシリーズ全18作品カラー原画」を見ることができます。(c)Fujiko-Pro

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「一生に一度は、読んだ子供達の心にいつまでも残るような傑作を発表したいと思っています。」

一度どころか数えきれないほど傑作を生み出し続けた藤子・F・不二雄先生(以下、F先生)がまだ無名時代、後に結婚することになる正子さんへ出した手紙の中で記した言葉です。果たして、大きな夢と想像力で輝かしい未来を切り開いていったF先生。2013年は、そんなF先生の生誕80周年という記念の年でもあります。

オープンから1年4ヶ月をむかえた「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」では、開園以来はじめてとなる大規模な展示替えを実施。F先生の数多くの傑作の中でも外すことのできない「大長編ドラえもん」シリーズの原画展示が、本日1月25日から1年間にわたって開催されます。
「大長編ドラえもん」シリーズは、毎年春の映画公開に先駆け、その原作として1980年から毎年1本ずつ、18年に渡って描き続けられた、まさにF先生のライフワークともいうべき作品です(※映画10作目となる「のび太のパラレル西遊記」のみ、F先生の体調不良により原作漫画は執筆されていない)。その18作品の原画を三期に分け、随時公開していきます。

【第一期(1月25日〜5月末)】
「のび太の宇宙開拓史」「のび太の大魔境」「のび太の海底鬼岩城」「のび太の魔界大冒険」「のび太の宇宙小戦争」
【第二期(6月〜9月下旬)】
「のび太と鉄人兵団」「のび太と竜の騎士」「のび太の日本誕生」「のび太とアニマル惑星」「のび太のドラビアンナイト」(予定)
【第三期(9月末〜2014年1月)】
「のび太と雲の王国」「のび太とブリキの迷宮」「のび太と夢幻三剣士」「のび太の創世日記」「のび太と銀河超特急」(予定)
【通年展示】
「のび太の恐竜」「のび太のねじ巻き都市冒険記」「大長編ドラえもんシリーズ全18作品カラー原画」

原画を堪能したあとは、展示室を出た先にある「マンガコーナー」で、さらに作品世界を読みふけることができるのも藤子ミュージアムの嬉しいサービス。映画と原作の違い(セリフだけでなく、構成や設定そのものも結構変わっています)を比べるもよし、もう一度原画の展示室に戻って、コミックでは気付けなかった原画の迫力や魅力を味わうのもいいでしょう。
SF(すこし・ふしぎ)が、F先生の作品を語る上では欠かせないテーマではありますが、1話完結が原則となる短編に比べて物語の規模が大きくなるのが「大長編シリーズ」の大きな特徴。それゆえ、「すこし」だけでは済まされない大掛かりな設定や背景、制作の裏テーマなども隠されています。
そこで今回は、今日から始まる「原画展:第一期」をより楽しむためのヒントになりそうな、それぞれの作品が生まれた時代背景やモチーフなどを振り返ってみたいと思います。

『のび太の恐竜』(映画公開は'80年3月、原作は'80年1月号〜3月号)
記念すべき第一作であり、F先生が最も愛着があると語った作品「のび太の恐竜」。元々短編として描かれ、また2006年に映画がリメイクされたので、ストーリーに関してはご存知の方も多いと思います。
1億年前の北米西海岸を舞台に、のび太と恐竜ピー助との交流を描いたこの作品には明確なモチーフが存在します。それが、映画化もされたジョイ・アダムソンの小説『野生のエルザ』。
ケニアで狩りの監視をしていたジョージ・アダムソンとその妻は、射殺されたライオンの子を引き取り、エルザと名付けて育てますが、やがて夫妻はケニアを離れることになり、人間に慣れ切ったエルザを野生に戻そうと腐心する……という、ライオンと人間の心の交流を描いたノンフィクション小説です。この作品に感銘を受けたF先生が、大好きな恐竜と、ドラえもんのタイムマシンというSF的要素を組み合わせて壮大なスケールの話が生まれました。

『のび太の宇宙開拓史』(映画公開は'81年3月、原作は'80年9月号〜'81年2月号)
何をやらせてもドジなのび太の、たった二つだけの特技、あやとりと射撃。「一度はのび太にこの特技を思いっきりふるわせてみたい」というF先生の優しさから生まれたSF西部劇です。
「僕らはこの星では“スーパーマン”になっているんだ」とは劇中でのドラえもんのセリフですが、重力が小さいコーヤコーヤ星を舞台に、のび太がまさに“スーパーマン”のごとく暴れまくります。
ここで注目すべきはやはりこの“スーパーマン”というワード。映画「スーパーマン」が公開されたのが、「宇宙開拓史」のわずか3年前の1978年。少なからず感化されていたのは間違いないでしょう。そもそも、アメリカンコミックス版の『スーパーマン』も、当初の設定は超能力で活躍するものではなく、故郷である惑星「クリプトン」と「地球」の重力の差から超人的な力を発揮することができた、というものであり、まさに本作で活躍するのび太と同じ境遇にあったのは注目すべき点です。

『のび太の大魔境』(映画公開は'82年3月、原作は'81年9月号〜'82年2月号)
アフリカの奥地、犬の国・バウワンコ王国と、謎の石像バウワンコの秘密に迫る大冒険。「この世でひとつくらい、誰の手垢もついていない秘境があってもいいんじゃないか」というF先生の願望から生まれた物語です。
この作品で押さえておきたいのが時代背景。80年代前半はアメリカとソ連による冷戦の真っ最中でした。映画ではカットされたのですが、原作には「アメリカやソ連がスパイ衛星をバンバンうちあげて、さぐりっこしてるからね。もう(秘境の)新発見の見込みはないだろうね」という出来杉の台詞があります。そんな時代だからこそ、秘境という夢を真剣に追い求めたい、というF先生の強い動機を感じることができます。
また、いま振り返ると面白いのが、秘境を探すために自家用衛生を飛ばし、上空1万メートルの衛星写真で真俯瞰の地球を見定めていくという、まさにGoogle earthを実演していること。そういえば、かつて「Google Earthで古代ローマの新遺跡を発見」なんてニュースが流れたこともありました。こんなところにもF先生の先見の明を見て取ることができます。

『のび太の海底鬼岩城』(映画公開は'83年3月、原作は'82年8月号〜'83年2月号)
海底山キャンプに出かけたのび太たちが、海底人に出会ったことから地球の危機に立ち向かっていくという海洋冒険活劇。バミューダ・トライアングルや日本海溝、マリアナ海溝など海底に関する情報がふんだんに盛り込まれ、「すこし・ふしぎ」の方じゃないSF作品に仕上がっています。
これも前作同様、押さえるべきは核競争が加熱していた時代背景。ムー帝国、アトランティス帝国の両者を冷戦時の2大超大国に見立て、「自動報復システム」や「放射能」という恐怖をF先生なりのバミューダ・トライアングルの解釈でうまく物語に組み込んでいくのがさすがです。

『のび太の魔界大冒険』(映画公開は'84年3月、原作は'83年9月号〜'84年2月号)
F先生が子どもの頃に夢見た魔法の世界が舞台。「アラジンと魔法のランプ」に憧れていたF先生が、もしもBOXを使ってその願いを叶え、物語を展開していきます。
これは文献もなく完全に私の想像なのですが、世界観のモデルは「トルコ」なのではないか、という仮説を立てています。
大魔王デマオンが住む城とその周辺は、トルコにある世界遺産カッパドキアそっくりの奇岩群でした。また、ドラえもんとのび太を石にしてしまう「メドゥーサ」の遺跡がイスタンブールの地下宮殿にもあり、その側で記念撮影するF先生の写真がこの展示室に原画と並んで飾られているのです。また、魔法との兼ね合いで重要になる「月」と「星」はまさにトルコの国旗です。
いずれにせよ、展示室にはマチュピチュやエジプトなどの遺跡を巡るF先生の写真が数多く飾られています。世界中を旅して作品作りに生かしていたF先生の好奇心の豊かさにも注目しましょう。
ちなみに、上記した「石になったドラえもん」がミュージアムのどこかに隠れていますので、来場の際はぜひ探してみてください。

『のび太の宇宙小戦争』(映画公開は'85年3月、原作は'84年8月号〜'85年1月号)
ピリカ星から来た親指ほどの小さな少年パピを救うため、のび太たちがピリカ星に乗り込んで大活躍するスペース・アクション。
作品のヒントになっているのは、タイトルをもじった「宇宙大戦争」であり、1983年に初期三部作が完結した「スターウォーズ」であることは言わずもがな。そしてもうひとつ、大きなヒントになっているのが、F先生が子どもの頃大好きだったという「ガリバー旅行記」です。小さくなったのび太たちが、小さな宇宙人たちとの夢のある戦いの末むかえるラストシーンは、発売当時、袋とじにされたという驚きの展開を果たします。
また、この作品で注目すべきキャラクターが実はスネ夫。長編ドラえもんというと、勇敢なのび太、仲間思いのジャイアン、というのがお約束ですが、本作では珍しくスネ夫が大活躍します。むしろ、「エピソード・オブ・スネ夫」として憶えておきたい作品です。

ミュージアムでは他にも、併設された「カフェ」において、新展示にちなんだ新メニューも登場しています(「海底鬼岩城」のワンシーンを再現したジャンボバーベキュー、「のび太の恐竜」ピー助をイメージした濃厚プリン、などなど)。
目で、舌で、そして館内に隠された秘密道具やキャラクターのモニュメントを探したりと、まさに五感をフル活用して楽しめること間違いなしです。


さて、F先生が最後にかかわった作品が、「のび太の恐竜」とともに通年展示となる『のび太のねじ巻き都市冒険記』でした(映画公開は'97年3月、原作は'96年9月号〜'97年3月号)。
F先生が最後に残した物語は、おもちゃに命を吹き込む、というもの。この作中で、宇宙の創造主・種まく者に「あとは君に任せた」と未来を託されるのび太、という場面があります。
F先生が亡くなっても、ドラえもんが、藤子・F・不二雄ワールドが藤子プロのスタッフたちの手によって、そしてそれを享受する私たちによって未来につながっていくことを示唆していたようにも思えてきます。

冒頭でも書きましたが、今年は藤子・F・不二雄先生の生誕80周年(※12月1日生)。そこで藤子ミュージアムでは、F先生の作品や世界観、人柄のすべての情報を発信し、継承していきたいという思いから、「…つなぐ未来へ…」をテーマに全国を巡回する展示会も今夏に予定しています。
また、3月9日からは劇場33作目となる「のび太のひみつ道具博物館」も全国公開……まだまだ広がる、つながるドラえもんワールド。その未来を味わうためにも、まずは今回の原画展を契機に、今一度過去を振り返ってみるのはいかがでしょうか。
(オグマナオト)