『ボクシング界のぶっちゃけ話』(畑山隆則/宝島社)
元2階級制覇の世界王者の今だからこそ語れる秘話満載。

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ボクシング漫画に欠かせない名場面、減量シーン。
古くはジム内の蛇口という蛇口を針金でしばって水を断った『あしたのジョー』の力石徹。
「あ…ありがとうお嬢さん…そのお気持ちだけ…ありがたく飲ませていただきます」は『あしたのジョー』を語る上で外せない名台詞です。

そして現代ボクシング漫画の雄『はじめの一歩』でも、鷹村守が世界挑戦する際、身を削るような減量を成し遂げたのは忘れられないエピソードです。
その鷹村の減量方法で何とも独特なものがありました。それが、干し椎茸やガムを噛んで唾液を絞り出す、というもの。汗の一滴、1gを絞りきるための減量手段として強烈なインパクトがあったものの、一方でこんな疑問も頭をもたげていました。
いったいそれで、どれだけ減量できるの?

答え、1時間あたり200g。
教えてくれたのはボクシング元世界チャンプの畑山隆則。このほど上梓した『ボクシング界のぶっちゃけ話』で、減量の裏技としてぶっちゃけています。
曰く、計量前に100〜200gほどオーバーしている時に、会場へ向かう車の中でビニール袋片手にガムを噛んで唾液を湧かせ、ひたすらペッペと唾を絞り出すことで、1時間あたり200gも排出できるんだとか。動いて汗をかくよりもよほど身体への負担も少ないそうで、ぜひとも力石に教えてあげたい裏技です。

WBA世界スーパーフェザー級とライト級の二階級制覇を達成した元世界王者としてボクシングファンでなくても知られた存在の畑山。スポーツに全く疎い人でもTBS系「ガチンコ! ファイトクラブ」で竹原慎二とともにコーチを務めていたことで憶えている方もいるのではないでしょうか。

本書『ボクシング界のぶっちゃけ話』は、騎手・藤田伸二の『競馬番長のぶっちゃけ話』、愛甲猛の『球界のぶっちゃけ話』、そして曙太郎『大相撲のぶっちゃけ話』に続く、宝島社の人気企画「スポーツ界のぶっちゃけ話シリーズ」最新作です。自身の私生活から現役時代の過激なエピソード、そして選手の実名を出しながら世間にはびこる噂話の裏側に迫ってきたこれまでのシリーズ同様、今回もボクシング界にまつわる「お金」「女」「トレーニング方法」などなどを赤裸々にぶっちゃけていきます。

例えば……
・テーブルの上に300万を積んで「これで一晩私と付き合いなさいよ」と迫った某クラブのママ。
・引退後、K-1からきた1億円での出場オファーは高いか安いか。
・最近多いジム内恋愛。元世界王者・内藤大助夫婦もこのケース。
・世紀の一戦、坂本博之との世界戦実現、そして引退騒動の舞台裏。
・マネージャーを片岡鶴太郎に依頼した理由とその実力
・WBAのチャンピオンベルトは勝利したとしても貰えるのではなく、なんと購入。その額3000ドル。etc.

ちなみにこのチャンピオンベルト、日本タイトルの場合は持ち回りで、1本のベルトが歴代のチャンピオンの手を代々渡り、東洋太平洋チャンピオンの場合は決まったデザインのベルトは存在せず、各々が独自にベルトをデザイン・製作するんだとか(製作費:10万〜20万円)。
と、様々な「ぶっちゃけ話」の中でも特に引き込まれてしまうのは、やっぱり「お金」についての話題。第一章「ボクサーとお金」では、実際のファイトマネーを事細かに綴っています。

C級(四回戦)ボクサーは1試合につき6万円、B級(六回戦)ボクサーは10万円とルールで決まっているのはそれこそ漫画などでも取り上げられる話題なので知っていましたが、そこから選手の手元に渡るまでに所属ジムがマネジメント料として33%を差し引くため、実際の手取りはC級で約4万円、B級で6万7千円前後になるという。
「プロ」を名乗っていてもこれではなんとも厳しい数字……と思いきや、知名度も人気もあった畑山の場合、通常1試合につき10万〜15万円のA級ボクサー時代ですでに80万〜100万円を稼ぎ出し、日本タイトル戦で1000万円(+パジェロ)、世界戦では最高で1億1千万円(1試合で、です!)になっていた、と明け透けにぶっちゃけてくれます。
他にもこの章では、一試合毎のファイトマネーの上昇率を細かく記すとともに、ファイトマネー以外にもらえる「激励賞」や「CM出演料」、地元に凱旋した際の「寸志」などの副収入の額や、現物支給で渡されたチケットを売り切った場合のキックバックなどなど、あらゆるお金について赤裸々に綴っていますので、ぜひ本書を手に取って確かめてみてください。

もっとも、これほどまでの「ジャパニーズドリーム」は10年以上前という時代背景と、テレビ出演などで人気もあった畑山だからこその特異例。
《もしかするとリングで数億円稼ぐボクサーは僕が最後になるかもしれない》と、現在のボクシング界の危機的状況を強く訴えるとともに、「お金」に執着するあまり力を出し切れなかった現役時代の後悔も正直に吐露します。
《負けたら次の日からホームレス生活を強いられるかもしれない、という危機意識も持っていた。とにかく、稼ぐことに必死だったと言っていい。“勝ちたい”という前向きな野心よりも、“負けたくない”という負のプレッシャーが上まわるのは、アスリートとして決して理想的な精神状態ではない。それが仇となったのか、世界チャンピオンになってからの僕は、いまひとつ練習での成果を試合で発揮することができていなかったし、はっきり言って強いチャンピオンではなかった》

自分の弱さを正直に認める……「ボクサー」というと勝手ながらプライドの高いイメージがあったのですが、それをいい意味で裏切られるぶっちゃけ具合がなんとも気持ちがいい。

そんな畑山隆則の現在は、ラーメン店の経営や中古車販売、そして「ファイトクラブ」での縁から竹原慎二と共同でボクシングジムを経営するなど、すっかり「実業家」としての生活を送っています。2012年には、それまで順風だったジム経営が入居していたビル側の問題で移転せざるをえない状況に陥るなど、経営者として苦労する一面も垣間見せます。
本書の中で触れられてはいないのですが、畑山は現役引退後、中退した地元青森の青森山田高校へ通信制で再入学。高校卒業後は青森大学へと進学して経営学を専攻するなど、ただ知名度だけで突き進むのではない、堅実な一面があることでも知られています。だからこそ本書で綴られている赤裸々な「ぶっちゃけ話」にも説得力が生まれるのでしょう。

ボクシングファンだけでなく、一人の男のまっすぐな生き様として広く楽しむことができる『ボクシング界のぶっちゃけ話』、オススメです。
(オグマナオト)