(C) Bishop Rock Films Limited / Cockneys vs Zombies Limited 2012
『ロンドンゾンビ紀行』2013年1月12日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷他にて公開。監督 : マティアス・ハーネー、2012年、イギリス。配給:彩プロ 。
ゾンビ映画の邦題には首をかしげることが多いですが、実際に観てみたら確かにゾンビでロンドン紀行だったのですごく納得しました。

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1月12日(土)から公開されている「ロンドンゾンビ紀行」で、ロンドンがゾンビに襲われている。また? と思った人はゾンビ映画に詳しい人に違いない。そう、ロンドンほどゾンビに襲われている都市も珍しい。映画「28日後…」で壊滅した後、続編「28週後…」でもう一度壊滅しているし、「ショーン・オブ・ザ・デッド」でも襲撃されて、ロンドン在住のボンクラたちがパブに追い込まれた。現実にもゾンビメイクをした人がイベントでよく歩いている。「ロンドンゾンビ紀行」は下町イーストエンドに舞台を限定して、さらにコアなロンドンを紹介しているゾンビ映画だ。

主人公は祖父がいる老人ホームに食事を届けることしかやることが無い、うだつが上がらない兄弟。ひんぱんに祖父に会いにいっても喜ばれるどころか「わしがおまえらぐらいの年頃には、ナチの連中をぶっ殺していたもんだ!」と説教される始末だ。しかし、その老人ホームが再開発により立ち退き要求を受けていることを知って一念発起。お金で解決するために知り合いを集めて銀行強盗を決行、幸運から予想以上の大金を手に入れるも立て続けに打ったヘマのおかげで警察に包囲されてしまう。しかし、そのとき再開発の工事現場で発掘された古代遺跡から漏れ出した悪疫がロンドンに蔓延しつつあった……。

オープニングクレジットを見れば分かる通り、テンポもよければセンスもいい映画だ。犯罪者たちの丁々発止を描いたイギリス映画「ロック・ストック・スモーキング・バレルズ」、「スナッチ」のように、セリフや行動だけでなく数十秒の回想シーンをポンポン入れて説明していくので、たくさん人が出てきても分かりやすい。登場人物も特に若い女性がテキパキしている。ゾンビが出ても「頭を狙うのよ」「なんで知ってるんだ」「常識よ」と身もフタもなく対処。さくっと強盗、さくっとゾンビ、さくっとサバイバルと展開に無駄がない。

さくさくと話が進んでいく一方で、のんびりしていることがひときわ目立つのがゾンビと老人だ。ゾンビはオールドスタイルな歩くタイプで、人間が走れば追いつけないし、何とかつかみかかっても前蹴り一発でぱたりと倒されてしまう。老人はみんな70代から80代で日本で言えば後期高齢者だから、やはり動きはゾンビと同じくらい緩慢だ。蹴倒そうにも股関節の手術をしているから足が上がらないし、走るどころか歩行器や車椅子が必要な人だっている。だから、若者相手だとかわいそうになるくらいにか弱いゾンビでも、老人相手なら良い勝負ができる。歩行器の老人をゾンビがおいかける時速1.7キロのデッドヒートはハラハラしながらも笑ってしまう(予告編で見れます)。

良い勝負とはいえ、老人はまだ死んでいないがゾンビは既に死んでいる。だから次第に追い詰められてしまうが、そこにかけつけるのが銃器をたくさんもった孫とその仲間たちだ。そして、世代を超えて肩を並べて、マシンガンやショットガンを共にぶっ放す。アラン・フォード(「スナッチ」の悪役で一番偉くていつも不機嫌な顔をした人)、オナー・ブラックマン(元ボンドガール)などの老俳優たちが、ただでも深いシワをよせながら重火器でゾンビをなぎ倒していく様子は本当に爽快だ。

老人 VS ゾンビはありそうでなかった組み合わせだが、ただウケを狙っているだけではない。「ロンドンゾンビ紀行」の原題は「Cockneys vs Zombies」という。”cockney(コックニー)”とは、ロンドンの下町、イーストエンドの限られた地区で生まれた人、あるいはその人たちが話す独特のアクセントや語法を指す言葉だ(hを発音しない、ある意味を表す単語を言葉遊びでまったく別のものに置き換えてしまうなど、本編でもよく使われる)。この地区は貧しい家庭が多いため、差別的なニュアンスもあり、映画に出てくると粗暴な犯罪者であることが多い。だが、貧しく差別されているからこそ、家族や友人の結びつきは強い。イーストエンドは造船所が多いため、第二次世界大戦では爆撃の目標にされて大打撃を受けたものの、その絆で驚く早く立ち直ってきた歴史がある。現在は再開発(ロンドンオリンピックのスタジアムもイーストエンドに建設された)による地価の上昇に苦しんでいるが、家族や友人の絆でその困難にも打ち勝ってほしいという監督の願いが、この地区に長年住んでいる老人と新しい世代である若者が手を取り合ってゾンビと戦う姿に重ねられているのだ。

だから、用心深く周囲をうかがって家族や友人を助けようとしているうちは、ゾンビにやられることはない。でもバカにして油断したり、自分のために他人を脅したりしていると後ろからがっぷり噛みつかれてしまう。ゾンビ映画だから人は死ぬ。それも血も内臓も盛大に出して死ぬ。ただしこの映画では、人が死ぬときに納得できる理由がある。不条理が無いのは味気なくもあるけれど、軽く笑って安心して楽しめる優しいゾンビコメディだと思う。(tk_zombie)