■京都の戦いを象徴する、中村充孝の存在感

鹿島アントラーズの前線が変わる。ダヴィと中村充孝が加入するからだ。早々に浦和レッズへと移籍を決めた興梠慎三はともかく、チームに慣れて結果を出し始めていたドゥトラの放出はもったいない気もするが、パワーアップには変わりない。

大迫勇也がポスト役、ダヴィが点獲り屋を務めるなら、中村はプレーメーカーなのかと言えば、そこに留まらないところがおもしろい。野沢拓也が戻ってくるし、ボランチには小笠原満男と柴崎岳がいるから、ゲームをつくるパサーは彼らがやってくれる。

中村の役割は、フィニッシュとその手前の段階で、強烈な印象を残すものになるだろう。

昨季後半の京都サンガF.C.は、まるで「バルサンガ」とでも言うような状態だった。宮吉拓実、久保裕也、原一樹、長沢駿といったフォワード登録の「専門職」が先発しない。たとえばあるときの布陣は、サイドハーフが工藤浩平と中山博貴、トップ下が中村、1トップが駒井善成の4-2-3-1だった。

駒井は身長168センチ。こう言ってよければ、リオネル・メッシのようなドリブラーだ。ただ、メッシほどの「点獲り屋感」はなく、あくまでもスラロームドリブルが得意で基本技術に長けたミッドフィルダーという印象にとどまる。というより、その「中盤感」を活かしたフォーメーションであり、天皇杯で家長昭博を1トップにしたガンバ大阪、「ガンバルサ」のようなゼロトップになっていた。

中盤から前が全員中盤。つくって、しかけて、受けて動けてキラーパスが出せて、自分でも点が獲れる。そんな選手の集まりが京都で、そんな選手の代表格が中村だった。言い方を変えると、最後は中村を最大限に活かすようなチームになっていた。

■得点力のある2選手が加わり、鹿島の前線は厚みが増す

ただし、駒井がいい選手であることにまちがいはなく、1トップの仕事にも見事に適応して点を獲りだしていた。最終的には6ゴールをマークしていて、これは原一樹、中山博貴に並ぶチーム3位の得点数だった。

ちなみにチーム2位は11点の宮吉。看板フォワードとしての面目を保った恰好だが、では1位はというと、なんとミッドフィルダーの中村なのである。41試合14点。トップ下よりも下がりめの位置(京都はちょくちょくフォーメーションを変えるので形容が難しいが)でプレーしていた試合もあるから、十分な成績だろう。ダヴィは得点王の32点。カテゴリーが下で試合数もJ1より多いとはいえ、合計46点を獲ったJ2最高のフォワードとJ2最高のミッドフィルダーが加わるのだ。鹿島が強くならないはずがない。

中村の特徴はやはりテクニック。足許の天地前後左右にぴちぴちとボールが貼りつくようで、狭いところを突破したり、ワンツーで抜けていく、そういうチャレンジする場面が非常に多い。

だから、堅固な相手守備を前に崩せなかったときにも、中村のコメントに、相手のせいにする箇所はない。
「力が足りませんでした」「フィニッシュの精度が足りなかった」「もっと練習しないといけない」。

それは大木武監督も同じだったのかもしれないが、もしかすると大木監督よりもさらに完璧な理想像を脳裏に描きながらプレーしていたのではないだろうか。つまり、どれだけ最高のディフェンスをされても、自らが持つ世界最高のテクニックで打開し、必ず点を獲る、と言うような。

あながち過信と言いきれないところがおそろしい。J2最終節で頭部を負傷したときにはややプレーが陰った気もしたし、運動量に課題もあるが、よく比較される清武弘嗣に、少なくとも技術では劣っていない。一年間在籍しただけで欧州へと旅立たれては鹿島のファン、サポーターもたまったものではないが、そのくらいの逸材だと、いい意味でも悪い意味でも覚悟を決めておいたほうがいいだろう。

■著者プロフィール
後藤勝
東京都出身。ゲーム雑誌、サブカル雑誌への執筆を経て、2001年ごろからサッカーを中心に活動。FC東京関連や、昭和期のサッカー関係者へのインタビュー、JFLや地域リーグなど下位ディビジョンの取材に定評がある。著書に「トーキョーワッショイ」(双葉社)がある。
2012年10月から、FC東京の取材に特化した有料マガジン「トーキョーワッショイ!プレミアム」をスタートしている。