『フットブレインの思考法 日本のサッカーを強くする25の視点』(テレビ東京 FOOT×BRAINプロジェクト編/文藝春秋) 
選手、監督、育成、スカウト、クラブ経営からビジネス、科学、他競技の視点まで。各界のプロフェッショナルがサッカーを分析する。

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「サッカーを愛する皆さん、ご機嫌いかがでしょうか?」

伝説のサッカー番組「三菱ダイヤモンドサッカー」(東京12チャンネル→テレビ東京)の有名なオープニングフレーズである。
この番組なくして今日の日本サッカーの隆盛はあり得ない、と語る人がいるほど、日本サッカー黎明期において世界のサッカー情報を届けてくれた貴重な存在だ。

今、「ダイヤモンドサッカー」を生み出したテレビ東京において、そのDNAを受け継ぐ日本で一番硬派なサッカー番組がON AIRされている。
「FOOT×BRAIN」(毎週土曜:23時05分〜23時30分)
“日本サッカーが強くなるためにできることのすべて”をテーマに、選手だけではなく、監督、レフェリー、選手の家族、クラブのフロントや経営者、さらには他競技の成功者やビジネスマン、大学教授など各界のプロフェッショナルをゲストに迎え、日本サッカーが世界で闘うための方法を考えていく番組だ。
2011年の放送開始からまもなく100節を迎えようというこの番組が、遂に書籍化された。
『フットブレインの思考法 日本のサッカーを強くする25の視点』。
さまざまな特集企画の中から厳選された25の視点が紙上再現されている。

<第1章 戦う人>では、香川真司、内田篤人、川島永嗣、吉田麻也など現役日本代表にスポットを当て、日本人選手が世界で戦うためのヒントを探る。また、宮本恒靖や中村憲剛らは、選手のセカンドキャリアやJリーグを盛り上げるための視点についても言及していく。

ただ、これだけであれば他のサッカー番組やスポーツコーナーでもよく見る仕掛けだ。本書の、そしてこの番組の真の魅力は第2章以降にある。

<第2章 支える人>はサッカー選手の妻、ホペイロ(用具係)、通訳、スカウト、レフェリー、専属料理人など、まさに裏方からの視点で“日本サッカーが強くなるため”の方策を追求していく。
興味深かったのは、「レフェリーが果たすべき役割」という項で紹介されたレフェリーのドキュメンタリー映画に関して。この映画でメガホンをとった監督の言葉「私は、かつて誰も目を向けなかったものに目を向けたかったのです」とは、まさにこの番組と本書そのものの立ち位置をも表しているのではないだろうか。

<第3章 育てる人>は、3人のサッカー選手の父親である元・プロ野球選手の高木豊、日本が生んだ至高のストライカー釜本邦茂、国見高校の小嶺忠敏元監督、ヴァンフィーレ甲府をJ1に復帰させた城福浩監督など個性的なメンバーが「指導論」「教育論」を繰り広げる。
国見高OBの元日本代表・三浦淳寛(旧登録名:淳宏)が語る、3年冬の高校サッカー選手権で優勝した翌日に10km走を命じられたエピソードなどメンタルを鍛えるための「理不尽さ」の意義は、昨今話題の「熱血指導」を検証する意味でも一読の価値があるだろう。

<第4章 見守る人>は、脳科学者の茂木健一郎、元プロ野球選手の小宮山悟、元ラグビー日本代表のアンドリュー・マコーミックらがサッカーとは全く別のベクトルからサッカーの魅力と日本人の強みを考察していく。
例えば、小宮山悟が語った「努力は才能を凌駕する。努力で天才を打ち負かすことは可能。決して諦める必要はない」という言葉。球速や球威ではなく理論とコントロールでエースに登りつめた男の言葉だけに、「身体能力」をエクスキューズにしがちなサッカー界においても含蓄がある。
本書ではこの小宮山の言葉のように、毎回、各分野の「プロフェッショナルの言葉」が抜粋されている。
「目標から逆算して、今やるべきことを考える」(吉田麻也)
「子どもたちには、“なぜ”を徹底的に問いかけてきた」(高木豊)
「自分で判断して、自分で行動する、サッカー脳を鍛えよ」(茂木健一郎) etc.
それらを読むだけでも、サッカーに限らず、ビジネスなどでも参考になるメッセージが見つかるのではないだろうか。

海外との差、異業種からのヒントなど、さまざまな“横軸”からの視点で日本サッカーを考察していく本書は、最後の最後で「日本サッカーの90年史」「『Number』が捉えた時代の寵児たち」という2つの“縦軸”からの視点で完成する構成をとっている。他者との比較だけに終わらず、足下を見つめ直して締める仕掛けが何よりも素晴らしい。
特に興味深いのは、カズ、中田英寿、そして今日の本田圭祐と香川真司という、ほぼ10年置きに出現する「日本サッカーの破壊者であり、創造者たち」について。「W杯優勝」を常々公言し、ビックマウスと称される本田圭祐の存在は、「日本をW杯に連れて行く」と公言していた三浦知良の姿とだぶってくる。「日本をW杯に連れて行く」というカズの言葉が「夢物語」とされていた20年前。それが今日ではW杯に出場するのが当たり前となった歴史を振り返れば、いつか本田圭祐の言葉も「ビックマウス」ではなくなるハズ。「過去」を見つめ直すことでこそ“日本サッカーが強くなる”という「未来」が見えてくるのだ。


最後に、この番組を語る上で外せない、MCの勝村政信についても言及しておきたい。
サッカー通で知られ、古くは「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の時代からサッカーコーナーを担当していた勝村が番組で言及する「芝居とサッカーの共通点」という視点も毎回面白く、この番組の見どころのひとつだ。
そんな勝村が番組ホームページ上で毎回コラムを執筆しているのだが、これがまた興味深い。番組同様、芝居や他の俳優からのインスピレーションなどが紹介され、ただの番組紹介では終わらない含蓄がある。
そのコラムで、上記「Number」を特集した回の言葉を引用したい。
《「Number」はサッカー専門誌ではないので、専門ではない人間が、専門家たちとは違う「思考」で取材をしているそうだ。(中略)「角度」を変えること自体、勇気がいる行為だが、「角度」を変えることだけでは意味がない。「角度」を変えたことで見えてくる世界が、別の次元でなければならないし、「文化」や「基本」を内包していなければ意味がない。「角度」を変える目的は、「破壊」ではないからだ。「畏敬の念」や「歴史」を踏まえていなければ、ただの「破壊」に過ぎない。「破壊」に明日はないのだ。》

また、別な回ではこんな言葉もある。
《東京オリンピック、Jリーグ開幕と、日本のサッカーの節目に「大英断」は行われてきた。そしてその「大英断」は見事に功を奏してきた。
1988年のワールドカップフランス大会から、日本は世界と同じ周期で戦えるようになった。(中略)ザックジャパンは最強なのかもしれない。だが、これまでの監督だって素晴らしい功績を残している。その歴史の積み重ねが、「現在」なのだ。》

勝村自信もまた、「歴史」という縦軸の重要性を改めて訴求しているのがなんとも印象的である。
この勝村コラム、ダイヤモンドサッカーと同様「サッカーを愛する皆様ご機嫌いかがですか?」というフレーズで毎回始まる。
まさに歴史へのリスペクトから生まれた番組であり、書籍であると言えるだろう。


『フットブレインの思考法 日本のサッカーを強くする25の視点』
<第1章 戦う人>
香川真司/内田篤人/川島永嗣/吉田麻也/宮本恒靖/中村憲剛・天野春果
<第2章 支える人>
Jリーガーの妻たち/通訳の苦悩と歓喜/レフェリーが果たすべき役割/専属料理人から見た日本代表、ほか
<第3章 育てる人>
サッカー選手の育て方/ストライカーを育成せよ/高校サッカーか、ユースか/黒字クラブの作り方、ほか
<第4章 見守る人>
外国人から見た日本人の力/統計学で見る勝利の法則/脳科学で強くなる/日本サッカーの90年史、ほか
<特別企画>
Sports Graphic Number + FOOT×BRAIN

(オグマナオト)