『戦力外通告 第2の人生を生き抜く男たち』(遠藤宏一郎・TBSテレビ「バース・デイ」取材班 /朝日新聞出版)
10年の歴史を誇る同名番組から7人の選手をピックアップ。オリジナル取材を試みて新しい知られざるエピソードを引きだした1冊。

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阿部、内海、長野、坂本、澤村……。
巨人軍グアム合同自主トレの模様が連日報道されている。
昨年、日本一に輝いたGナイン。軒並み年俸も上がり、多くのメンバーがWBC代表候補にも選ばれ、年末年始の特番から続けてテレビで見ない日はない。

華々しいプロ野球の世界。でもそれは、ある一面でしかない。
プロ野球選手の平均選手寿命は約9年、平均引退年齢は約29歳。ほとんどの選手は毎年「クビ」を恐れながらプレーし、若くして挫折を味わい、実際100人を超える選手たちが毎年球界を去らなければならない現状がある。そんな光と影のコントラストこそ、プロ野球の醍醐味のひとつとも言える。

そんな「影」の象徴ともいうべきあの番組が、年の瀬も押し迫った12月26日、1年ぶりに放映された。
「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」。
タイトル通り、戦力外通告を受けた選手、そしてその家族の奮闘、新たな旅立ちへの道程を追いかけたドキュメンタリー。2004年以降、毎年TBS系列で放送され、もはや年末の風物詩ともいえる番組だ。
今回も、12球団105人の戦力外通告者の中から、元・千葉ロッテの松本幸大、元・楽天の中村真人、そして木下達夫(元・ヤクルト)、古木克明(元・横浜)、G.G.佐藤(元・埼玉西武)の5人について、選手本人と家族の葛藤が描かれていた。

そして今回、番組放映にあわせて4年ぶりの書籍版『戦力外通告 第2の人生を生き抜く男たち』も刊行された。
本書で取り上げられているのは濱中治(元・阪神/オリックス/東京ヤクルト)、平下晃司(元・近鉄/阪神/千葉ロッテ/オリックス)、古木克明(元・横浜/オリックス)、河野友軋(元・横浜)、黒田哲史(元・西武/読売)、福盛和男(元・横浜/大阪近鉄/東北楽天/テキサスレンジャーズ)、香川伸行(元・南海/ダイエー)の7人。

濱中以外はこれまで、年末特番「プロ野球戦力外通告」、スピンオフ番組「壮絶人生ドキュメント 俺たちはプロ野球選手だった」、さらにはその原型となる「バース・デイ」のいずれかで〈第2の人生の生き様〉を描かれてきた男たちだ。であるならば、番組を見たことがある人は物足りない? と言うとそんなことはない。選手個々が味わう辛苦・後悔が活字で並ぶことで、現実の厳しさをより痛感することができるのだ。

例えば、引退後、大阪・心斎橋で料理店「うかじ家 心斎橋店」のオーナーになった平下晃司は、現役時代の貯金をすべて注ぎ込み、退路を断って異業種の世界に飛び込んでいる。プロ入りの際、親戚一同を説得するために土下座までしてくれた兄ですら反対したという飲食店経営をいったいどうやって成功させたのか。

例えば、テキサス・レンジャーズで失意のメジャー体験をした福盛和男。帰国後、楽天で抑えとして復活を果たした後に引退した彼は、叔父の経営する会社で取締役を務め、野球とは関係のない生活を送る。そして、楽天復帰の際に詫びを入れて物議を醸した野村克也・元監督とは、その後個人的な付き合いを続けているという意外な事実。

もはや「TBS・年末の顔」ともいうべき古木克明(2009年「俺たちはプロ野球選手だった」、2010年「Dynamite!!」で格闘家デビュー、2011年・2012年「プロ野球戦力外通告」と、何らかの形で登場)は、格闘技というまわり道をしたからこそ燃え上がる野球への思いを語り、2011年に引き続き挑んだ2012年の合同トライアウトでも採用はなく、それでもなお野球選手への道を模索する。
……などなど、テレビ放映後の追加取材も交え、十人十色の人生模様が描かれている。野球はツーアウトから、とはよく聞く格言だが、人生もまた追い込まれてからが勝負だ、ということが切実と伝わってくるだろう。
中でも衝撃的なのは、本書のためのオリジナル取材で構成された濱中治の物語だ。

田淵以来の阪神・右の和製大砲と期待されながら、選手生活絶頂期に肩をケガしてしまい、さらには、骨を固定するために入れた金属のボルトが身体の中で砕け、再びの大ケガに出くわしてしまった濱中。なぜ、肩が弱かったのか……その原因が、父親が監督を務めていた少年野球チームで、小学生でありながら痛み止めの注射を打ってマウンドに上がっていた、という幼き日の記憶にまでさかのぼる。これこそが戦力外通告名物「家族との物語」であるわけだが、ここまで重い関係性もなかなかあるものではない。

「医者に、古傷が原因だと言われたのは、子どもの頃に親父が僕に無茶させたからや」
酒を酌み交わしながら懐かしく、笑いながら語る親子の姿に救われつつも、そこまでの苦労がなければプロ野球選手にはなれなかったのだ、というプロの厳しさも味わうことができるだろう。

《小学生になり野球を始めた少年たちは、より大きな舞台での活躍を夢見て、来る日も来る日も白球を追いかける。やがてそのうちの一握りの少年が、甲子園という憧れの舞台に上がることを許され、またそのもう一握りの少年が、プロ野球というゴールに到達できる》
本書の中に出てくる一説なのだが、本来、ほんの一握りの「選ばれた存在」であるプロ野球選手がさらにその中で厳しい生存競争を繰り広げるからこそ、そのプレーは見る者を釘付けにする。同時に、子どもの頃から野球しかしてこなかった「戦い破れた者たち」の第二の人生の難しさは推して知るべしだ。
それでも不器用に前を向いて進む彼らの姿には、人生の底を見たからこそ手に入れることができた強さと勇気が垣間見える。

新年、何か新たなことを始めたい。でも、一歩踏み出す勇気がない……そんな人にとって、ヒントとなる心構えが本書『戦力外通告 第2の人生を生き抜く男たち』で見つかるのではないだろうか。
(オグマナオト)