『プロ野球「もしも」読本』(手束仁著/イースト・プレス)
「たら、れば」で語ることが禁句のプロ野球の世界について、「たら、れば」で語ってみた「空想野球本

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2012年の最後に飛び込んできたビッグニュース「松井秀喜、引退」。
街頭でこのニュースへの感想を求められた人の多くが「膝の怪我さえなければもっとやれたハズなのに……」「今からでも阪神に入ってくれたら……」と、まだまだ活躍して欲しい願望を挙げていたのがなんとも印象的でした。
こんな話が出ると決まって話題になるのが、「そもそも、子どもの頃からファンだと公言していた阪神にドラフトで入っていたら……」といったプロ野球「もしも」シリーズ。

「もしもあの判定がセーフだったら……」
「あのバントが決まっていれば……」
「投手交代がもっと早ければ……」
「あのドラフトで指名順序が違ければ……」
野球は偶然性の高いスポーツであり、ドラフトやトレード、契約更改の妙など様々な人間ドラマが生まれやすいまさに「もしも」の宝庫です。ストーブリーグの今なら、「もしあの選手が活躍してくれたら……」「今年我がチームが優勝したら……」などなど、新シーズンに向けてたくさんの「もし……」で期待が膨らんでいる状況ではないでしょうか。

プロ野球ファンなら誰もが一度は考えたことがあるこんな「もしも」を一冊にまとめたを本『プロ野球「もしも」読本』が面白い!

例えば、冒頭でも挙げた《もし松井秀喜が阪神に入団していたら》。
本書では、松井自身がどうなっていたか、に思いを巡らせるだけではなく、「新庄剛志がメジャーに行っていなかった」という仮説も導き出します。
なぜなら「平成のミスター・タイガース」の称号は新庄ではなくきっと松井のものになり、新庄はここまで注目される存在にならなかったハズ。そして、阪神の顔にならなかった新庄ならば、メジャーに挑戦することもなかっただろう……という推察です。まさに「風が吹けば桶屋が儲かる」的な因果関係の連鎖が展開されるのです。

もちろんこの「空想」に対する反論・異論も数多あろうとは思いますが、それこそがこの本の楽しみ方。「いや、俺はこう思う」「それならこんな仮説も成り立つはず」と独自の考えを巡らせられるのが、プロ野球の醍醐味でもあると思うのです。

本書には、どこかで誰かが一度は想像したことがあるだろう、95個の「プロ野球もしもシリーズ」が描かれています。
「第一章:入団・ドラフト編」の中で特に興味深い考察・空想は《もし中日が「鈴木一朗」を指名していたら》。鈴木一朗=イチローは愛知県出身であり、地元志向の強い中日だからこそ、多いにあり得た「もしも」です。
もし中日が指名していた場合、地元・愛工大名電のエースをいきなり打者で起用することはできなかったのではないか。それが結果的に「打者・鈴木一朗」の成功を遅らせ、メジャー行きもなかったのではないか……と空想します。なるほど、地元だけにファンからの「ピッチャーの期待」が強かっただろう、というのは想像に難くありません。
また、中日のOBには鈴木孝政がいるため、「鈴木」は親しみのある姓であり、登録名も「鈴木一」になっていた、という仮説も多いにありえた展開です。

「第二章:監督編」の《もし仰木オリックスが誕生していなかったら》で俎上に上がるのもイチロー。
こちらも当時、鈴木平投手が活躍していたことから、仰木監督でなければ「イチロー」ではなく「鈴木一」でプレーしていたハズ。そして監督からは犠打や進塁打などを要求される職人肌の脇役として育てられた可能性が高い……という仮説も、なぜか登録名が「鈴木一」になっただけで妙に頷けます。
仰木監督以外にも、鶴岡一人、中村順司(PL学園)、野村克也、西本幸雄、鈴木啓司、長嶋茂雄など、希代の名監督たちが就任していなければ、または就任時期が異なっていたら球界地図がどう塗り変わっていたか、を次々に考察していきます。その空想の旅は楽しくもあり、選手育成の難しさも実感できます。

過去の球史を懐かしく振り返るだけでなく、一種の「提言」のような検証も数多く展開されます。「第七章:組織・制度編」「第八章:ファンの夢編」にはそんな、近未来プロ野球、となるかもしれない様々な「もしも」が描かれます。
《もし入れ替え制度があったら》
《もしプロ・アマが統一の機構になっていたら》
《もしサッカー天皇杯のような大会があったら》
《もし四国にプロ野球球団があったら》

かつて赤瀬川隼が『球は転々宇宙間』の中で繰り広げた、むしろ野球界にとってはその方が幸せなのでは? というようなダイナミズムなプロ野球の「もしも」の姿がそこにはあります。

選手や監督が結果に対して「たら・れば」で言及することはタブー。でも、その「たら・れば」を楽しめるのがファンの何よりの特権です。
キャンプインまであと1ヶ月、WBC開幕まであと2ヶ月、そしてプロ野球のシーズン開幕までの残り3ヶ月……短いようなまだまだ長いストーブリーグ。プロ野球の情報に飢えたら本書を読んで「空想ベースボール」を楽しんでみるのはいかがでしょうか?

『プロ野球「もしも」読本』

第一章:もし長嶋茂雄が南海に入団していたら 〜入団・ドラフト編〜
第二章:もし野村ヤクルトが誕生していなかったら 〜監督編〜
第三章:もし江川卓がメジャーに挑戦していたら 〜投手編〜
第四章:もし金本知憲が阪神に来なかったら 〜打者編〜
第五章:もし桑田真澄が早稲田に進学していたら 〜球界スキャンダル編〜
第六章:もし阪神がパ・リーグに入っていたら 〜球団編〜
第七章:もしFA制度がなかったら 〜組織・制度編〜
第八章 もしNPB全盛期にWBCがあったら 〜ファンの夢編〜

(オグマナオト)