原武史『レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史』新潮社
西武鉄道沿線にスポットをあてながら、西武グループ創業者の堤康次郎、団地建設、共産党はじめ革新勢力の動きなど戦後を象徴するさまざまな人物、事項を描き出した一冊。社会主義リアリズム風のカバーイラストも目を惹く。

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昨年出た『鉄道が変えた社寺参詣』(平山昇著、交通新聞社新書)という本によれば、大晦日の終夜運転は、東京では路面電車の開業前、鉄道馬車の時代から行なわれていたとか。もっともこれは、初詣客のためではなく、商売をしている人たちのための措置であったようです。というのも、当時の商人たちにとって大晦日は決済のため一年のなかでもっとも忙しい日であり、元日未明にまで仕事がずれ込むことも珍しくなかったからです。

現在のように初詣客のために電車が夜遅くまで運転されるようになったのは、東京周辺では昭和初期のこと。前出の本によれば、成田山参詣客輸送をめぐる京成と国鉄(現JR)との競争のなかで、年越しの終夜運転が始まり、しだいにほかの路線へと広がっていったのだといいます。ちなみに、鹽竈(しおがま)神社を沿線に持つ宮城電気鉄道(現JR仙石線)では、東京よりもう少し早く、大正末年(1926年)には元日未明からの終夜運転を開始していました。

ついでにいえば、現在わたしたちがイメージする初詣も、鉄道網の拡大によって成立したといっても過言ではありません。そもそも明治時代初めまで、初詣とは三が日にかぎらず、その年最初の「縁日」(水天宮なら毎月5日、大師なら毎月21日という具合に、ある神仏ごとに定められた由緒ある日)に、自分の住む場所から見て「恵方」(その年の干支によって定められる縁起のよい方角。節分の「恵方巻き」のあれです)に位置する社寺に参拝へ赴く、というのが一般的でした。それが明治半ば以降、鉄道路線が郊外に延びるにしたがい、恵方や初縁日に関係なく正月に郊外の社寺を参拝するという人が多くなっていったのです。

このように、鉄道をはじめ乗り物はわたしたちの生活に、意識するしないにかかわらず大きな影響を与えています。この記事では、そんな影響も踏まえつつ2012年にわたしの読んだ乗り物本を5冊、今年の交通業界のトピックスも交えつつ紹介したいと思います(あ、せっかくなのでいまの『鉄道が変えた社寺参詣』も入れて5冊ということにしましょう)。なおベスト5と銘打ってはいますが、順位はとくにつけません。その点、あらかじめお断りしておきます。

■松浦晋也『のりもの進化論』(太田出版)
科学ジャーナリストである著者が、自転車、自動車、モノレール、新交通システムなどの乗り物からそれぞれの長所と短所を見出しながら、都市交通のあるべき姿を模索した本。モノレールや新交通システムについては、日本でも各地で導入されつつも、その長所がちゃんと生かされているかどうかは疑わしいという事実が、現地取材にもとづき指摘されています。

このほか、ママチャリが日本の特殊な道路状況から生まれた、世界に類例のない自転車であるという指摘にも、目からウロコが落ちました。いわく、自転車は原則的に車道を走ることが定められながらも、特例として歩道での走行が認められ、しかしそれではまともに速度が出せない……そんな事情からママチャリは生まれたといいます。自転車もまた、日本ではその長所が十分に生かされていないということが、この事実からもうかがえるでしょう。

■鈴木一人『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)
厳密にいえば2011年に出た(おまけに奥付を見ると「2011年3月30日 第一刷発行」とまた大変な時期に出ている)本ですが、2012年度のサントリー学芸賞受賞作ということで、無理やりベスト5のなかに入れました。

本書ではタイトルどおり、宇宙開発と政治の関係について、日本を含む国ごとにその歴史をひもときつつ、将来に向けた課題が、比較的わかりやすい文章で論じられています。そのなかではたとえば、かつてのアメリカとソ連の宇宙開発競争(アポロ計画による月面着陸もそのなかで実現しました)や、偵察衛星など軍事面での宇宙空間の利用などもとりあげられています。

本書を読んでいてとくに興味深いなと思ったのは、宇宙空間は無限のようでいて、実際に人間が利用できる部分は思いのほか小さい、という指摘でした。一例をあげると、わたしたちの生活にも密に関係している通信衛星は、赤道上空を地球の自転と同じスピードを回っているのですが、赤道の総延長には当然ながら限りがあります。今後もどんどん衛星を打ち上げれば、いずれ衝突したりする危険も出てくるでしょう。こうした問題に対し、各国が足並みをそろえ、政治的に解決をはかる必要性のあることを、この本を読んで理解しました。

■朝日ビジュアルシリーズ『週刊 一度は行きたい 世界の博物館』(朝日新聞出版)
世界各地の博物館を紹介するこの週刊百科シリーズでも、宇宙開発関連の博物館がいくつかとりあげられています。たとえば、アポロ計画の月着陸船やスペースシャトルなどを所蔵する米ワシントンD.C.の『スミソニアン国立航空宇宙博物館』(第10号)、それから『世界の天文・宇宙博物館』と題した第50号には、日本から筑波宇宙センターがとりあげられ、そこに展示されている、国際宇宙ステーションの実験棟「きぼう」の実物大モデルなどが紹介されています。

ほかの号でも、日本の新幹線0系電車も所蔵するイギリスの『ヨーク国立鉄道博物館』(第42号)や、スティーブンソン親子の製作した世界最初期の蒸気機関車「ロケット号」が保存される同じくイギリスの『ロンドン科学博物館』(第22号)、それから『ドイツ博物館』(第28号)にも、カール・ベンツによる世界初のガソリン自動車、ジーメンスの電気機関車(これも世界初)、ナチスドイツの開発したミサイル「V2ロケット」と技術史に残る名品がずらりと並んでいます。

ムックとしては番外編ながらもう一冊、『わくわく のりもの探Q隊』(JTB)もとりあげておきたい。夏休み中の子供向けに、日本各地の鉄道や空港のほか、交通関係の博物館、体験施設などを紹介した本なのですが、蒸気機関車の動くしくみやら、東京の地下鉄の歴史やらが図を用いてわかりやすく説明されていて、大人にも十分読みごたえがあります。

■原武史『レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史』(新潮社)
最後に、首都圏の大手私鉄のひとつである西武鉄道の社史や沿線史を発掘しながら、戦後思想史の一側面を浮びあがらせようとしたこの労作を。本書では、西武沿線の団地住民たちによる市民運動の隆盛や、それとは対照的に保守政治家としても地歩を築いた西武グループ総裁・堤康次郎の足跡をたどるなど、鉄道を経営する側とその沿線に住む側と、人々の姿が生き生きと描き出されています。

ちなみに、本書のタイトルにある「スターハウス」とは、西武池袋線沿線のひばりが丘団地に建てられた星形住宅のこと。一方の「レッドアロー」とは、1969年に登場した西武初の有料特急の愛称です。レッドアローは和訳すれば赤い矢と、何やら共産主義的なものをイメージさせますが、それでは親アメリカ・反共産主義を貫いた堤康次郎の思想に反するのでは……という気もします。本書ではこのネーミングの謎にも迫っています。

この本ではまた、西武およびその沿線地域の比較対象として、同じく東京の大手私鉄である東急が頻繁に登場します。たとえば「西武的郊外」が団地を主体としたものであったのに対し、「東急的郊外」は、東急田園都市線とあわせて建設された多摩田園都市に見られるように、一戸建を主体とするものでした。

東急による郊外開発の手法は、いまや海外にも輸出されようとしています。昨年発表された、ベトナムのホーチミン市近郊での住宅地開発のプロジェクトがそれで、東急は同国の企業と合弁会社を設立してこの計画を進行中です。日本からベトナムへは、すでに新幹線を輸出する計画が存在しますが、ひょっとすると東急による郊外開発のほうが先に実現するかもしれません。

東急といえば今年3月16日、東京と横浜を結ぶ東横線が、そのメインターミナルである渋谷駅の地下への移設と同時に、東武東上線・西武池袋線・東京メトロ副都心線・みなとみらい線とのあいだで相互直通運転を開始する予定です。鉄道各社による直通運転については、以前エキレビでもとりあげた、『鉄道会社はややこしい』(所澤秀樹、光文社新書)に詳しく書かれていました。これを機にもう一度読み返したいところです。

2013年の鉄道関連のトピックスとしてはもうひとつ、3月23日には、各地域あるいはJRと私鉄・公営交通でそれぞれ使われているICカード10種類について、全国で相互利用できるサービスが始まります。わたしもJR東海のTOICA、JR東日本のSuica、名鉄・名古屋市交通局のmanacaと何枚もカードを持っていますが、ようやくこれで一枚に統一できると思うと感慨深いです。

人口減少化の影響をもろに受けている鉄道はじめ交通業界。それゆえ、今後は新路線や道路の建設などよりも、既存のシステムをいかにして補完し、よりよいものにしていくかという方向にますます重点が置かれることになるでしょう。交通系ICカードの全国相互利用サービスの開始はそのひとつといえます。このようなトピックスを紹介する機会が、今年もたくさんあることを期待したいものです。(近藤正高)