1000円拾うより1000円落とすほうが2倍ダメージが大きい!

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景気の低迷が続く日本だが、一部の高級ブランドが売れているという。モエヘネシー・ルイヴィトン(LVMH)の日本における2011年の売上高は前年比10%増、グッチなどを傘下に持つPPRは5.6%増である。また、東日本大震災で大きなダメージを受けた仙台では、高級ブランドのバッグや婦人靴の販売が好調だという。

こうした背景には、円高や復興特需などの経済的な要因があると考えられる。ただ、現在は長期的な景気低迷に加え、震災で先行きに対する不安が増幅された状況である。そんななかで一部の高級ブランド品が売れるのは、消費者心理の観点からはどのように考えられるだろうか。

人は不安な要素があるとき、不安を回避するためにより質の高いものを求めるという心理が働きやすくなる。不安回避は人間の本能である。たとえば不況が続いて収入が上がらない状態が続く、あるいは将来、年金をもらえるかどうかわからない、いつ災害に見舞われるかわからない等々、不安な要素が強いときは不安を回避し堅実な選択をする方向に動きやすい。

消費における堅実な方向の表れには、確実に品質のいいものを購入し長く使うという堅実さと、お金を節約してできるだけ安いものを購入しようという2通りがある。前者の堅実性が老舗の高級ブランド品、後者の堅実性が100円ショップなどでの購入に人々を向かわせていると推測できる。

■三ツ矢サイダーも不況下に強い

人はなぜそのような選択や行動をするのか。その結果どうなるのか。これを経済学的に究明しようとする学問が行動経済学である。

行動経済学が明らかにした知見の1つに「損失回避性」がある。損失は同額の利得よりも強く評価される。行動経済学の開拓者であるカーネマンとトヴェルスキーの計測によると、1000円の利得と1000円の損失では、その絶対値は損失のほうが2倍から2.5倍も大きい。つまり、同じ額の損失と利得があったとすると、その損失がもたらす不満足は、同じ額の利得がもたらす満足よりも大きく感じられるということだ。

損失回避性はさらに、人々の行動に対し「現状維持バイアス」という影響を及ぼす。これは、人は現在の状況からの移動を回避する傾向にあることを意味する。現状からの変化はよくなる可能性と悪くなる可能性の両方がある。そこで損失回避的な傾向が働けば、現状維持に対する志向が強くなるというわけだ。

最初にこのバイアスを発見したサミュエルソンとゼックハウザーは、「企業の慣習的な方針に従う、現職をもう一期再任する、同じブランドの商品を買う、同じ職場に留まる」といった人々の傾向は、現状維持バイアスという慣性と結びついているという。

一方、現在はものの供給が潤沢で安くて質のいいものが多く出回るようになり、消費者の選択肢が多種多様に存在する。しかし、実際に最適な選択を行うには、情報が多すぎてかえって困難な状況ともいえる。そんななかで選ばれやすいのは、納得のいく理由やストーリーを持っているものである。

トヴェルスキーなどが展開する「理由に基づく選択」理論によると、選択や決定をするには、その選択肢を選んだ納得のいく理由やストーリーが必要であり、充分な理由があって選択を合理化できればたとえ矛盾があっても構わないとされる。老舗高級ブランドが不況でも支持され続ける理由は、品質の安心感や満足度など、購入を選択する際に納得性の高い理由があるからだろう。

不況になると三ツ矢サイダーやジャイアントコーンなど、消費者によく知られた長寿商品や定番商品の売り上げが増えるという。この現象についても、消費者が損失の不安を回避し、選択に対する納得性を求める傾向にあるためだと考えられよう。

※すべて雑誌掲載当時

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明治大学情報コミュニケーション学部教授 友野典男(ともの・のりお)  
1954年、埼玉県生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程退学。2004年より現職。専攻は行動経済学、ミクロ経済学。著書に『行動経済学 経済は「感情」で動いている』など。

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(明治大学情報コミュニケーション学部教授 友野典男 構成=宮内 健 撮影=的野弘路)