WBCスーパーバンタム級名誉王者・西岡利晃、超アウェーだった“頂上決戦”の裏側
10月13日、アメリカ・カリフォルニア州カーソンのホーム・デポ・センター。WBCスーパーバンタム級名誉王者の西岡利晃は、世界4階級制覇王者、WBO同級王者のノニト・ドネア(フィリピン)とのWBCダイヤモンド・WBO世界王座統一戦に臨んだ。
午後4時の開場からわずか5分後に前座試合が始まる。屋外に設置されたリングには強い日差しが照りつけ、選手はすぐに汗だくだ。
西岡とドネアのメインまでに用意されたのは7試合。客席は徐々に埋まっていく。目立つのはヒスパニック系アメリカ人。フィリピンの国旗を掲げ、「ドネア」と刺繍されたスタジャンを着込んだ集団もいる。完全なアウェーに圧倒されそうになるが、「会社を休んで来ました!」という日本人ファンや、現地在住の日本人の姿も少なくない。
さらに、西岡が所属する帝拳ジムのツアー参加者50人弱も到着。リングサイドには、元WBA世界スーパーフライ級王者・名城(なしろ)信男や、通算9度防衛の元WBC世界スーパーフライ級王者・徳山昌守(まさもり)の姿もあった。テレビ中継にゲスト出演する俳優の香川照之がリングを感慨深そうに見つめているのが印象的だ。
会場を見渡していると、いかつい白人がビール片手に近づいてくる。ドネアファンの威嚇かと身を硬くすると、男は「ニシオカ! ニシオカ!」と叫んだ。思わず一緒に「ニシオカ!」と叫んでしまう。日本人以外にも、西岡に声援を送る者はいた。
セミファイナルが始まる頃には会場は満席。当日券を売っていたボックスオフィスのスタッフに聞くと、「(7000席が)ソールドアウト! デポ・センターでのボクシングの試合における新記録だ」とのこと。
セミファイナルは壮絶な乱打戦となった。そして、その余韻が残ったまま、西岡とドネアが入場する。ドネアへの声援が圧倒的だ。目算だが、服装などから明らかにドネアを応援する観客を2とすれば、西岡を応援する観客が1、一見、中立に見える観客が7といった感じか。だが、11歳からカリフォルニアに住むドネアの現地での人気は抜群だった。つまり7対2対1ではなく、両者を応援する割合は9対1くらい。
1R、西岡はドネアの左フックを警戒して右ガードを高く上げ、様子をうかがう。すると、観客はいきなりのブーイング。その声は徐々に増していく。ついに3Rには、痺れを切らした観客がドネアにKOコールを送り始めた。
野球とベースボールは似て非なるものといわれるが、日米のボクシング観にもかなりの隔たりを感じずにはいられない。クリンチを一度するだけでブーイングが飛ぶ。アメリカの観客はスタイルとスリルにどこまでも貪欲だ。
それでも、少数派ながら西岡応援団は懸命に声援を送り続ける。6R、ダウンを喫した西岡が打って出ると、先ほどのブーイングが嘘のように会場は盛り上がり、罵声は声援に変わった。
ただ、リング上のドネアのフットワーク、そしてショートパンチのように繰り出すフックやアッパーの速度は異次元だった。それでいて、その拳は重い。西岡の勝利は難しいと感じずにはいられないほどに。客席の日本人が、速くて強いドネアをこう評した。
「パンチ力のある猿だ!」
だが、勝敗にかかわらず、西岡の引退試合になると囁かれている試合。祈らずにはいられなかった。
「悔いだけは残さないでくれ!」
9R、倒すしかない西岡が前に出る。ドネアをロープに追い込むと、右ガードの封印を解いた。沸き立つ観客。だが、マットに沈んだのは西岡だった。
確かに完敗だった。だが、試合終了と同時に、収拾がつかないほどドネア陣営はリング上で入り乱れ、喜びを爆発させた。それは、西岡戦にリスクを感じていたことを物語った。
そして、現地に足を運んだ名城、徳山、ふたりの元世界王者は口をそろえるように言った。
「これだけの試合が成立したことに感動を覚える。多くの人に夢を与えたと思います」(名城)
「これだけの舞台に立ったことが、多くのボクサー、そして、これからボクシングを志す人に夢や希望を与えたはず」(徳山)
はしゃぐドネア陣営を横目に、コーナーに座っていた西岡がおもむろに立ち上がり、応援団が陣取るサイドに歩み寄る。そして、グローブを合わせ、申し訳なさそうに頭を下げた。それは、この試合、唯一の余分なことに映った。軽量級のパウンド・フォー・パウンド相手に大舞台に立ち、最後の瞬間、勇気を見せた男に、謝る必要など一片もないから。
(取材・文/水野光博)