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知識はあるのにアイデアが浮かばない、物事がうまく整理できない……。そんな悩みを抱えているなら、一度あれこれ思案することをやめ、身体から脳の機能を高める方法にアプローチしてみてはいかがだろう。

「集中力がなく些細なミスが続く」「以前なら難なくこなしていた仕事を億劫に感じる」。こうした悩みを持つ人が増えている。流行の脳トレや思考法への関心が高まっているのも、そのためだろう。

実はこうした症状が起こる原因の一つに、ストレスや疲労が引き起こす身体の硬縮がある。思い出してほしい。緊張を強いられる場面で身体が思うように動かないばかりか、精神面でも自分を制御できなくなることは、経験上誰でも知っているだろう。普段なら複数の条件を総合的に検討して冷静に判断できる人が、大きな商談で相手の言葉に惑わされて自社に不利な条件での契約に署名してしまうといったケースも珍しくない。

これは固まった身体が脳の働きに悪影響を及ぼし、とっさの判断力や瞬発力を鈍らせているのだ。しかも、緊張を強いられる場面に限らず、疲労などで慢性的に身体が凝り固まっていると、脳機能も低下してしまうものなのだ。だとすれば、身体の凝りを取り除いてゆるめれば、脳の働きや思考力を高めることができるのではないか。賢明な読者はすでにお気づきだと思うが、まさにその通り。その証拠にいかなる分野でも優れたパフォーマンスを見せている人は例外なく、身体がゆるんでいる。

大リーガーのイチローや水泳の金メダリスト北島康介などのスポーツマンはもちろん、舞踏家、演奏家、さらには優れた経営者も総じてゆるみ度が高い。古くは松下幸之助、本田宗一郎から、最近では京セラの創業者である稲盛和夫氏や、ソフトバンクの孫正義氏まで、彼らの何気ない所作や表情、さらには思考パターンなどを観察していると、随所にゆるんでいる様子が見て取れる。

■休息より、体操で脳の疲れを取る

身体をゆるませることが大切と言われても、ピンとこないかもしれない。ゆるむという言葉は「たるむ」という言葉と類似しているため、ネガティブなイメージでとらえられることが多いからだ。しかし、ここで言う「ゆるみ」は「たるみ」とはまったく別もの。身体がリラックスして新陳代謝が活発になり、身体にとって理想的な状態と考えればいいだろう。

では、具体的にどうすれば身体をゆるめ、脳を鍛えることができるのか。

疲れを取るなら休息を取るのが普通だが、ただ休むよりもはるかに効果的に機能を回復させる方法があると私は考えている。身体がゆるむように能動的に働きかけることで、脳が本来持っている機能を活発化する環境を整えるのだ。そのために考案したのが「ゆる体操」である。

「ゆる体操」は、ヨガ、気功、呼吸法、ストレッチ、武術などのエッセンスを取り入れた、手軽でユニークな体操法である。難易度やゆるめたいパーツなどによって様々なバリエーションがあるが、脳の疲労を取り、すばやく思考力を回復させるビジネスマン向きの体操を挙げるなら「背もたれ首モゾモゾ体操」がお勧めだ。東洋医学では、後頭部の下端と首の境目に、眼精疲労などに効く「盆の窪」というツボがあるが、これを気軽に刺激することができる体操だ。

方法はいたってシンプル。まずは、背もたれのある椅子に腰掛けたら、背もたれの上部に首を載せる。全身の力を抜き、背もたれにあずけた首をゆっくりと左右に動かすだけだ。バスタブの縁などを利用してもいいだろう。「首ゴロゴロ体操」も併せて行うと効果が高い。床や畳にあおむけに寝て全身の力を抜き、首をゴロゴロと左右に回せばいい。

どちらも、体操をしながら「モゾモゾ」「ゴロゴロ」と口に出すことが重要だ。動きの“質感”が高まるうえ、発声により息がはき出されることで身体がリラックスし、ゆるみやすくなる。つぶやくことで体操の効果が高まることも実験で実証されている(図4〜7)。

ゆる体操のメリットは、わざわざ時間を取らなくても、日常生活の中に取り込みやすいことだ。「背もたれ首モゾモゾ体操」なら、パソコンのスイッチを入れてから起動するまでの待ち時間に、「首ゴロゴロ体操」なら夜寝ようと思って布団やベッドに入ったときで充分。これなら日課としても続けやすいだろう。

また、ゆる体操には「この体操は10回1セットで、1日に5セットやること」などのルールは一切ない。体操をしながら回数を数えると、それが新たなストレスになる。これでは本末転倒だ。自分で気持ちがいいと思うだけやって、この程度かなと感じたらやめる。それが一番だ。お金もかからず、精神的にも負担がなく、極めてローコストな体操なのである。

それでも、この動きを何度か繰り返しているうちに首がゆるんできて、動く幅が自然に広がっていることが実感できるようになるだろう。これがゆるんできた証拠であり、脳が徐々にいい状態に近づいていることを表すサインなのだ。

ゆる体操で脳が活性化すると言われても、本当だろうか、と思う人もいるかもしれない。そこで、ある実験を行った。被験者にはゆる体操のベースとなった「基礎ゆる」を17分間続けてもらい、体操をする前、最中、体操後で脳の血液中に含まれる酸化型ヘモグロビン量を測定するというものだ。ヘモグロビンは赤血球に含まれる酸素を運ぶ成分で、脳は酸素がなければ活動ができない。そのため、酸素と結合した酸化型ヘモグロビンが血中に増えれば、それだけ脳が活発に活動していると推定することができる。

結果は図1のとおり。スタートしてまもなく酸化型ヘモグロビンが減少し、還元型が増加している。これは酸化型ヘモグロビンから酸素が脳細胞に取り込まれたため、還元型に変化したと推測される。ところがある時間を過ぎると、今度は酸化型が増加する一方還元型が減少し、この状態は体操終了後もしばらく継続している。これは脳に酸素が充分いきわたり、もっと必要であればいつでも酸素を供給できる状態、つまり、脳の高度な活動を支える環境が整っていることを示している。

同様にゆる体操のリラックス効果を「STAI」という国際的に採用されている心理テストで調べてみた。結果は図2が示すとおり、ゆる体操を行っている途中から不安状態が軽減し、その状態は体操を終えた後も続いている。

これらの結果を総合的に判断すると、ゆる体操をすることで脳にとってベストなコンディションが整い、脳が充分に活性化されると見ていいだろう。

ただ、身体の凝りを取り、ゆるめることで脳機能が向上するなら、体操じゃなくてもいいのではないか、という疑問もわくかもしれない。スパやマッサージなども身体の凝りをほぐしてくれるからだ。

結論から言えば、こうした受動的な方法によるゆるみは一時的なもので、頭をよくする効果は期待できない。たとえば、怒りや不安などの緊張状態が発生すると、その情報は即座に脳神経に伝達され、脳から身体に対して身構えるよう指示が出る。肩や内臓の筋肉に力が入るのはそのためだ。マッサージで身体をほぐしても、身体を緊張させるよう指示した脳神経の命令作用に変化がなければ、いずれ元に戻ってしまうのは、容易に想像がつくはずだ。

■背もたれ首モゾモゾ体操

方法/背もたれのある椅子に腰かけ、首の後ろのへこんだ部分「盆の窪」が椅子の背に当たるように、身体をずらす。「モゾモゾ」と言いながら、首を左右に1cmほど、わずかに動かす。全身の力を抜き、頭の重みを背もたれにあずけるようなイメージで。敏感な部分なので、ソファのような柔らかいものでも十分だし、背もたれが硬い場合はタオルを敷いてもよい。無理をせず、気持ちよく感じる範囲内で行う。

効果/盆の窪は生命を司る脳幹や、言語や思考能力との関係も推定される小脳に近い部分。脳疲労が回復し、言語活動や思考能力などの高度な知的作業能力、集中力が高まる。

■首ゴロゴロ体操

方法/あおむけに寝て、全身の力をダラーッと抜く。「ゴロゴロ」と言いながら、首をゆっくり右に動かす。また「ゴロゴロ」と言いながら今度は左に。これを繰り返す。後頭部と床の接点を感じながら、あたかも接点が「ゴロゴロ」と言っているようなつもりで行うと効果的。首を傷めないように、左右に動かす範囲は限界の少し手前にしておく。ゆるんでくると広範囲に動くようになる。1分程度でOK。

効果/頭、顔、首、肩周辺をゆるませることで血行が促進される。首や肩の凝りが改善されるほか、血流がよくなると脳も活性化するので、脳疲労にもいい。眼精疲労にも効果的。

■ゆる体操を実践したビジネスマンの声

ユニークな企画を思いつくようになった/斎藤正明さん(40歳・旅行会社営業)

高岡先生の著書で、一般にセンスや天性のものと言われる能力も、身体をゆるめることで向上させることができると知って試してみたくなり、ゆる体操を始めました。最大の成果は枠にとらわれない発想ができるようになったことです。私は今、旅行会社で企画営業を任されていますが、各種のスポーツ塾など会社として初の企画を次々と打ち出せるようになりました。また、繁忙期には同時に10本のツアーが重なることもあるのですが、そんなときも混乱せずにどのように整理すれば仕事が効率的に処理できるか、瞬時に判断できます。こうした能力の変化も、ゆる体操のおかげかもしれません。

※ゆる体操は運動科学総合研究所が開発、指導を行っている体操です。ゆる体操の指導はNPO法人日本ゆる協会の公認資格をとってから行うようにしてください。
※すべて雑誌掲載当時

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運動科学総合研究所所長
高岡 英夫
武術家、運動科学者。東京大学卒業後、同大学院教育学研究科を修了。大学院時代に、西洋科学と東洋哲学を融合した「運動科学」を創始し、人間の高度な能力と身体意識の研究に携わる。『仕事力が倍増する“ゆる体操”超基本9メソッド』『頭が必ずよくなる!「手ゆる」トレーニング』『「ゆるめる」身体学』など、著書は80冊を超える。

「ゆる体操」とは、高岡氏がヨガ、気功、呼吸法、ストレッチ、武術などのエッセンスを取り入れて開発した、身体をゆるめることで身体や脳の機能を高める体操法。「モゾモゾ」「ゴロゴロ」などの擬態語を声に出しながら楽しく手軽に取り組めるのが特徴。全国各地に教室もあり、オリンピック選手からお年寄り、企業経営者まで、多くの人々に支持されている。

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(運動科学総合研究所所長 高岡英夫 構成=平原 悟 撮影=市来朋久 スタイリング=中瀬純一)