時間の定義 〜1秒の長さを決める〜

日常生活とは切っても切り離せない「時間」という概念。今回は、そんな時間の定義について、あらためて考えてみたいと思います。
■昔の1秒の定義
そもそも1秒の長さというのは、どのように定められているのでしょうか。
かつては、地球の自転や公転をもとにして、1秒の長さというものを定義していました。
太陽が真南を通ってから、翌日また真南を通るまでの平均時間(=平均太陽日)を1日の長さとし、その1/24を1時間、さらにその1/60を1分、そのまた1/60を1秒。
つまり、平均太陽日の1/86,400を1秒という形で、世界各国の時間の基準として使っていました。これを「世界時(UT1)」と言います。
しかし、研究が進むにつれ、月の影響や海水の分布変動などにより、地球の自転速度が常に一定というわけではないことが分かってきました。すると、必然的に1秒の長さの定義があいまいなものになってしまいます。
そのような背景から、より正確な基準となる1秒を定義しようとする動きが世界中で起こってきました。
■セシウムが世界中の時間を支配する
東日本大震災における原子力発電所の事故により、一躍有名になった「セシウム」。
実は、このセシウムこそが、現在の世界の時間を定めているのです。
と言っても、原発事故で有名になったのは、セシウム137原子という放射性セシウムを指していますが、世界の時間を決めているのは、その同位体であるセシウム133原子です。なお、同位体とは、同じ元素の原子で、原子核の中性子数(=原子の質量)が異なるもののことを言います。
このセシウム133原子を使い、現在の1秒の定義は「セシウム133の原子の基底(きてい)状態の2つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の91億9263万1770倍の継続時間である」と定められています。
何を言っているのかよく分からないので、もう少しかみ砕いて説明しましょう。
原子には、特定の周波数のマイクロ波を当てたときだけ反応する性質があり、その周波数を「共鳴周波数」と呼びます。なお、セシウム133原子の場合は、この共鳴周波数が91億9263万1770Hzであることが分かっています。
また、原子にはエネルギーが低い「基底(きてい)状態」と、エネルギーが高い「励起(れいき)状態」の2種類の状態があります。
そして、基底状態の原子に、この共鳴周波数のマイクロ波を当てると、反応して励起状態に変化します。
つまり、基底状態のセシウム133原子にマイクロ波を当てたとき励起状態になれば、そのマイクロ波の周波数は91億9263万1770Hzであるということが言えます。
ご家庭の電気(交流)でおなじみの50Hzや60Hzというのは、それぞれ1秒間に50回、または60回振動する波を表していますので、同じように考えると、このマイクロ波が91億9263万1770回振動するまでの時間を計測すれば、それが「1秒」となるわけです。
長くなりましたが、この仕組みを利用して作られたものが、現在の1秒を定義するために多く使われているセシウム原子時計です。
これにより、数十万〜数千万年に1秒程度しかズレないという高精度を実現することができるようになり、「国際原子時(TAI)」という時間の基準として利用されるようになりました。
■うるう秒の登場
セシウム原子時計の登場により、とても正確に時を刻むことができるようになりました。
しかし、このセシウム原子時計によって決められた「1秒」は、それまで使われていた平均太陽日の1/86,400で定める不規則な「1秒」とはわずかに異なります。
そのため、新たに出てきたのが「うるう秒」という考え方です。
国際原子時(TAI)による正確性と、地球の自転という自然現象に基づく概念をもとにした世界時(UT1)の利便性の双方をうまく活用するため、1秒の長さは国際原子時(TAI)に統一しながらも、世界時(UT1)との差分を「うるう秒」という形で調整しているわけです。
このうるう秒で補正した時刻を「協定世界時(UTC)」と言い、現在の世界共通の標準時として使われています。
■まとめ
目に見えないですが、日常生活を送るうえでなくてはならない「時間」。
その時間の定義の仕方にもいろいろな方法があり、かつては自然の動きに基づいて定められていたものが、近年では原子時計という技術を利用して定義されるようになりました。
さらに、それらの長所を融合して利用するために「うるう秒」という概念が出てきたと思うと、何気ない「1秒」も奥が深いですね。
(文/寺澤光芳)
■著者プロフィール
寺澤光芳小さいころから自然科学に関心があり、それが高じて科学館の展示の解説員を務めた経験も持つ。現在は、天文に関するアプリケーションの作成や、科学系を中心としたコラムを執筆している。