インテル、トッテナム、マルセイユ、パリ・サンジェルマン…履歴書を見る限りは名誉あるキャリアだ。だが、MFステファン・ダルマのそれは、典型的な「守られなかった約束」のキャリアだった。才能の片鱗は見せたが、その生まれながらのタレントは、はかなく燃え尽きてしまったのである。

現在レンヌで出場機会を失っているダルマは、最後の挑戦に挑んでからキャリアを終えたいと願っている。その挑戦はエキゾティックで、そして何よりも報酬が素晴らしいものだ。ダルマはできれば、中国でニコラ・アネルカとプレーしたいのである。

昨年10月26日から試合に出ていない同選手は、フランス『レキップ』のロングインタビューで、次のように語った。

「自分がもう試合に出ることがないのは分かっている。チームと練習しているけど、週末は自由なんだ。モチベーションを見つけるのが大変なときもあるよ。でも、一度ピッチに出てしまえば、プロフェッショナルであろうとしている」

「ポジション争いはあったけど、シーズン前は監督も僕に期待してくれていた。でも、秋に話し合い、僕の代わりに若手を使うべきだと提案したんだ。5分間だけのプレーや、ベンチにずっと座っているために前泊や遠征をするのは、もう関心が持てなくなっていた。もう、そういう年齢じゃない」

ダルマは10月29日のヨーロッパリーグ(対アトレティコ・マドリー)で、試合後に気分を悪くしている。だが本人は、「最小限でもリスクが見つかっていたら引退していた」と、関連を否定した。

2009年には夜遊びの末に妻と口論し、警官ともいさかいを起こして、昨年5月にもアルコール検査で免許と車を取り上げられるなど、ピッチ外での問題が騒がれたダルマ。2001年から03年までインテルでもプレーした同選手は、アネルカやMFペテル・リュクサンとともに、1998年のフランスの栄光を継ぐ新世代と目されていたが…。

「僕らは何かを無駄にしてしまった。ポテンシャルはあったんだからね。ただ、国外で何かしらの満足感は得たさ。僕はロナウドや(ローラン・)ブラン、(クラレンス・)セードルフ、(クリスティアン・)ヴィエリ、(ガブリエル・)バティストゥータ、(エルナン・)クレスポたちとプレーしたんだからね」だが、フランスA代表でのプレー経験もないダルマが手にしたトロフィーは、1999年にランスで獲得したリーグカップだけだった。