『羊の木』は現在「イブニング」(講談社)にて連載中。しかし、なぜこのようなタイトルなのか。文字通り「羊のなる木」が表紙に描かれており、これと同じものが鳥原市長の執務室にも掛けてある。コロンブスの時代、ヨーロッパの人々は綿を羊のなる木だと思っていたとのことで、それを表したのがこの絵だ。これが今後どのようにこの物語とかかわってくるのか、それもまた楽しみだ。

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きみはもう『羊の木(1)』を読んだだろうか?
作者は二人。「山上たつひこ」と「いがらしみきお」。どちらも漫画家だ。

山上たつひこは、1965年に『秘密指令0』で貸本漫画家としてデビューしたのち、メジャー誌へ活動の場を移してからも『光る風』など、すぐれた劇画の傑作を発表している。ところが、1972年に連載を開始した『喜劇新思想体系』では下ネタ満載のギャグ漫画へと作風を変え、1974年から連載を始めた『がきデカ』が驚異的なヒットとなり、ギャグ漫画の大家としての地位を築いた。

ところが、そんな山上は1990年に一旦漫画家としての筆を折り、小説家へ転身している。
山上の書く小説は、漫画とは違って露骨なギャグ描写のない淡々としたものだったが、物語の隙間から登場人物たちの狂気が染み出してくるような、漫画以上に奇妙な味わいのものだった。

その後また漫画の世界に戻って来た山上だが、本作『羊の木』では作画をせず、原作を担当している。

そして、本作の作画を担当しているのは、いがらしみきお。
こちらは『ぼのぼの』の大ヒットで可愛らしい動物漫画の大家……のように思われることもあるが、そこへたどりつく以前は『ネ暗トピア』『あんたが悪いっ』『やんのかコラッ』といった密度の濃い四コマ作品集を連発していた。吉田戦車らに代表される“不条理ギャグ”の始祖とも言える人物だ。

最盛期のいがらしは、月に20本以上ものギャグ漫画連載を抱え、そのハードワークに疲れてか、1984年に一旦休筆する(ギャグ漫画っていうのは、ストーリー漫画以上に頭脳を酷使することになるから相当シンドイらしいね)。休筆中は漫画以外の活動(パソコン、そしてゲートボール!)に夢中になっていたというが、やがて『ぼのぼの』で復活。これが大ヒットとなり、ふたたび人気作家の地位に返り咲いた。

当初、山上は自分の漫画のためのあらすじとしてこの原作を書きはじめたそうだが、いがらしが2007年に発表した農村漫画『かむろば村へ』の絵柄を気に入った山上が、いがらしを作画担当として指名したのだという。実際、『羊の木』と『かむろば村へ』を読み比べてみると、絵柄だけでなく閉鎖された農村に異物が入り込む設定や、人間の二面性が明らかになっていく描写など、共通点も多い。

いけね。肝心の『羊の木』のあらすじ説明もしないうちに設定だの共通点だの言われても、まだ読んでないひとには意味わかんないよね。じゃあ、とっととあらすじを書いていこう。

舞台は魚深(うおぶか)市。過去に海上交易で栄えた、人口13万人の港町だ。もちろん作品のために用意された架空の土地だけど、人口の流出と住民の高齢化で過疎化しているのは、現実の日本の地方都市ならどこでも見られる現象だ。

この魚深市へ11人の住民が移り住んでくる。

3週間前、法務省では極秘のプロジェクトが進められていた。それは、なかなか社会に受け入れられにくい元受刑者を(住人には内緒で)地方都市に移住させる、というものだ。
いくら罪を償って出所してきたとはいえ、元凶悪犯罪者であることには変わりない。一般市民がそうした人々に対して先入観なしで接することはむずかしい。だったら、いっそのこと元犯罪者であることを伏せたままで町に住まわせてしまおう、というわけだ。

もしも、その受刑者が新たに事件を犯したらどうするのか。誰が責任をとるのか。
「誰もとらない。国もとらないし、私もとらない」
そう言い切るのは魚深市市長の鳥原(とりはら)だ。

天保元年の嵐の日。鳥原の先祖である鳥原源佐衛門は、魚深村の沖合で座礁した船に乗っていた20名の罪人を助け出しただけでなく、自らの責任で更正させることを条件に、代官所へ身柄の譲渡を願い出たほどの篤志家だった。その血をひく魚深市長だからこそ、こんな無茶なプロジェクトを受け入れることができたのだ。

今回受け入れを望んでいる元受刑者たちは、すでに罪を償った。矯正施設で社会復帰の教育と訓練も受けている。あとは、他のひとよりほんの少し多く愛をもって接してやるだけで、11人は普通の市民として町に溶け込んでくれるはず。鳥原市長はそう信じた。
市長以外にこのことの秘密を知るのは、市長の旧友で相談役でもある仏壇店の店主月末(つきすえ)、食器店の店主大塚(おおつか)の2人だけ。そして、いよいよ11人がやってくる。

では、ここで11人の選手をご紹介します。

【1】職場の上司に叱られたのを恨んで待ち伏せし、口から出刃包丁をブッ刺して殺害した浜田保さん(45歳)。

【2】宅配業者を装って他人の家に上がり込み、そのまま玄関で主婦を押し倒し、馬乗りになって首をぎゅーぎゅー絞めて殺した大野克美さん(33歳)。

【3】強姦罪で15年間も刑に服したのち、仮出所してほんの20分後にまた通りすがりの女性を強姦した精力絶倫な武満義人さん(58歳)。

【4】自分の経営する花屋の客に投資話を持ちかけ、6800万円を集めたままトンズラし、チューリップ畑で捕まったメルヘンな詐欺師の村野孝さん(44歳)。

【5】教え子の女子大生を大型ハンマーでゴツンと撲殺したうえ、住んでいた部屋ごと火をつけて灰にしちゃった杉山勝志さん(52歳)。

【6】妻に暴力をふるい、離婚されるとその義父に慰謝料を請求し、ついでに義父へも乱暴をはたらいた逆恨みの暴君、宮腰一郎さん(26歳)。

【7】遊ぶ金ほしさに侵入した老人宅で、主と揉み合ううちに頭をテーブルの角にぶつけて死亡させてしまった福井宏喜さん(29歳)。

【8】元覚せい剤中毒患者。ただし幻覚、幻聴、言語障害などは治療済み。でもいつまた復活するかわからないよね入江行雄さん(26歳)。

【9】親譲りの素行の悪さで、子供時代から自動車泥棒、車上荒らし、万引の常習犯だった手癖の悪さが自慢の寺田一義くん(19歳)。

【10】愛人関係にある男の8歳になる娘を誘拐してナイフで何度も斬りつけた、リストカットは自分の腕にしろよ太田理江子さん(28歳)。

【11】DVの恋人を一升瓶で殴り返して殺害。すでに絶命している相手を全身ぐにゃぐにゃになるまで殴り続けて、山中にぽいと放り捨てた栗本清美さん(35歳)。

はぁはぁはぁ……。なんというイレブンだろうか。書き出しているだけで背筋に鳥肌が立ってくる。

刑を償い終えた人間を必要以上に恐れるのはよくないことだと思うし、鳥原市長も「人の再生を信じる」と言い切っている。とは言っても、こんな成績優秀な人たちが一気に11人も移り住んでくるのだからタダで済むわけがない。というか「タダで済むわけがない」と、11人の素性を知っている仏壇屋の月末は思ってしまう。

月末は、自分の名刺を手にとって見る大野(絞殺犯)の親指の爪が異常に大きいことに畏れおののき、おごってやった蕎麦をすする音が大きいというだけで「なんて大きい音なんだ!」と驚嘆する。バカバカしいけどその心理はよくわかる。彼らの行動のひとひとつを、すべて過去の罪にむすびつけて考えてしまうのだ。原作と作画の相乗効果で醸し出されるこうしたスリルの描写は素晴らしいのひと言に尽きる。

第1巻の後半からは「のろろ祭り」が重要なヤマ場となってあらわれ始める。
のろろ祭りとは、各家が包丁の刃を埋め込んだ神木を玄関先に飾り、異様な姿の怪魚「のろろ」が往来を練り歩くという、魚深市の伝統的な奇祭だ。のろろの造形は、原作では「オオカミウオのような」と指定されていたそうで、いかにもヘンな動物に造詣の深い山上たつひこならではの発想がうれしい。ちなみにオオカミウオとはこんなやつ。

この「のろろ祭り」に、移住してきた元受刑者の大半が参加を表明してくることで、また市長らの心はかき乱される。移住者が、元の住民に溶け込もうとするのはいいことであるはずなのに、なぜこんなに不安になるのか。明らかに普通じゃなかった人達が、普通になろうとするけどなりきれない。受け入れる側も、普通に接しようとするのに、次から次へとほころびが出る。裁判では測りきれなかったもの、法律の網からこぼれ落ちたものが、どんどんと積み重なって、いやーな色をした物語のうねりを編んでいく。
この先どうなっていくのか、とにかく目が離せない。
(とみさわ昭仁)