■J2を盛り上げた鈴木隆行の存在感

2011年、J2を盛り上げたトピックスの1つとして、鈴木隆行の水戸加入が挙げられるだろう。02年日韓共催ワールドカップで日本代表のファーストゴールを決めた男がJ2でプレーすることに加え、一度は引退を決意したものの、「被災地・茨城を盛り上げたい」という思いを胸に現役復帰の道を選び、自ら申し出て無報酬でのアマチュア契約を結んだことも大きな話題となった。

だが、そうした“前置き”を忘れさせるほど、水戸加入後のプレーぶりは目を見張るものがあった。全盛期を彷彿させる圧倒的な強さと前に抜け出る推進力で攻撃をけん引。第23節愛媛戦でゴールを決めて鮮烈なホームデビューを飾ると、第24節徳島戦では直接FKからゴールを叩き込むなど、ストライカーとしての勘も鈍っていないことを証明してみせた。さらに、トレードマークと言える“戦う気持ち”を前面に出した熱く激しいプレースタイルも健在であった。復帰前、「半年以上もサッカーから離れているし、こういう経験ははじめてなので、はっきり言って不安はある」と語っていたものの、ピッチに立つと鈴木隆行は9年前と変わらぬ姿を見せたのだ。

元日本代表FWの加入により、水戸はどのように変わったのか。結果だけを見れば、加入前17試合で5勝4分8敗、加入後は21試合6勝5分10敗とそれほど勝率は変わらない。だが、柱谷哲二監督が「リーグ序盤戦はロングボールを蹴ってのカウンター攻撃しかできなかった。でも、シーズン中盤以降は自分たちで主導権を握って試合を進めることができるようになった」と振り返るように、戦いぶりには雲泥の差があった。

■鈴木の加入で明らかに変化した水戸の戦い方

若い選手たちの成長があったことも見逃せないが、それを引き出したのも鈴木隆の存在であった。第14節鳥栖戦が鈴木隆加入前のいい例だ。試合前、屈強なフィジカルを持つ選手を多くそろえる鳥栖を見て、「選手たちはビビってしまった」(柱谷監督)。アグレッシブな姿勢は影を潜め、0対5の大敗を喫した。その後もFC東京や東京V、札幌といった強豪を相手にすると、選手たちは消極的なプレーに終始してしまい、いいところなく敗れ去ることとなった。相手によって好不調の波が激しい、メンタルの弱さが水戸の課題となっていた。

しかし、鈴木隆が加わったことで、明らかにチームは変わった。相手が強豪だろうと臆することなく、むしろ相手が強くなればなるほど、闘志をむき出しに戦う鈴木隆の姿を見て、若い選手たちが燃えないわけがなかった。「前線で35歳の選手があれだけ戦っていたら、僕らがやらないわけにはいかないですよ。隆行さん以上の戦う姿勢を出してプレーしないといけないと気付きました」とルーキーの塩谷司が語ったように、鈴木隆のプレーに呼応するように、若い選手たちも常に激しく、自信に満ちたプレーを見せられるようになった。

それが天皇杯3回戦のG大阪撃破につながった。序盤からG大阪相手でも後手に回ることなく、水戸はいつも通り積極的な姿勢で立ち向かい、主導権を握る展開に持ち込んだ。若い選手たちが躍動感をみなぎらせて、次々にG大阪ゴールを襲い続け、2度のビハインドを負うものの、延長戦の末、3対2で逆転勝利。引いて守っての勝利ではなく、G大阪を相手に攻め続けて得た勝利。「鈴木隆行効果」を象徴する大金星となったのだ。

■ピッチ外にも変化が

ただ、「鈴木隆行効果」はピッチの中にだけではなく、ピッチ外にも変化をもたらした。

まずは集客面。11年の水戸の平均観客数は3349人であった。鈴木隆加入前の3298人と比べ、加入後は3386人と微増したが、注目したいのは最小観客数の変化だ。加入前は第8節徳島戦の1273人が最低で、第14節鳥栖戦も1794人と8試合中2千人を割る試合が2試合もあった。天候や対戦相手によって、1千人台の試合もあるのが、これまでの水戸の“通常”だった。しかし、鈴木隆加入後、2千人を割った試合は1試合もなく、最低観客数は雨の水曜日に行われた第6節千葉戦の2155人。それ以外は2千台後半以上を維持し、ホーム最終戦の第37節鳥取戦では今季最高の5227人を記録。東日本大震災の影響により、約半年間メインスタンドを使えなかったにも関わらず、6年続いた観客動員数リーグ最下位脱出に成功。茨城県内で絶大な認知度を誇る鈴木隆の加入が観客動員のベースを引き上げる一因となった。