決勝戦開始1時間30分前、この日、出場停止で試合に出られない四日市中央工キャプテン・國吉祐介の姿がベンチ前にあった…

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彼自身が準決勝まで使用していたスパイクを、そっとベンチの横に置いたのだが、そのスパイクにはメンバー全員の「想い」が込められていたのである。試合に出られないキャプテン國吉への想い、そしてチームをこれまで牽引してくれたことに対しての「感謝の念」が込められたスパイクだ。

今大会の優勝候補筆頭である、市立船橋を相手に戦う四中工。さらにはキャプテン不在という非常に難しい状況の中で試合を迎えたが、チームの雰囲気は最高潮を迎えていた。

「試合に出られないキャプテンと、自分たちをここまで指導してくれた士郎さん(樋口監督)に優勝を捧げたい」

この想いを胸に秘めてピッチに立った四中工イレブンは、幸先良く先制点を奪うことに成功する。市船のキックオフで始まった直後、ボールを奪った四中工が相手陣内奥深くへボールを蹴り込む。そこで市船DFが処理を誤ってCKにしてしまう。このいきなり巡ってきたチャンスに西脇が頭で競り勝ち、こぼれたところを田村翔太がシュート! これはDFのブロックに遇ったが、そのこぼれ球が浅野の足下に転がり込み、豪快に蹴り込んで四中工が先制。

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手元の時計で確か57秒ほど。過去の記録までは不明なのだが、決勝戦の先制点としてはたぶん最速タイムではないのだろうか?

この1点が追い風となり、四中工がサイドに速く展開するサッカーを見せつけ、試合の流れを完全に自分たちのものとしていく。市船は、この日も守備的なリスクを回避するために3ボランチシステムで来たのだが、予想以上に速く繋いで展開する四中工のサッカーに押し込まれ、狙いであった「中盤での押し上げ」が機能していかない。

「してやったり」の立ち上がりを見せた四中工だが、前半25分を過ぎた辺りから徐々に押し込まれる時間が増え出し、流れは一進一退の攻防に変わっていくのだが、この日、キャプテン國吉の代役として送り込まれた生川雄大が「國吉不在」ということをまったく感じさせないプレーを見せ、相手に傾きそうになる流れを必死に食い止めていく。

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前半は結果的に1-0で折り返したのだが、後半に入るとプレッシャーを強めてくる市船に対して、防戦一方となってしまう四中工。特に65分以降は、いつ点が入ってもおかしくなほどのピンチが連続していく。そしてラスト10分を切ったところから、一段と攻撃の分厚さは増していき、81分のFKを皮切りに、ロングスロー、CK、FK、CKと多彩なパターンでゴール前にボールを運ばれてしまう。だが、國吉の代わりにキャプテンマークを巻いた西脇、そして1年生GKの中村が必死の対応を見せ、虎の子の1点をなんとか死守。

ピンチの連続であったが、相手のシュートミスにも助けられ、残されたアディショナルタイム2分を凌ぎきれば念願の優勝というところまで来た。しかし、勝負の女神は四中工に微笑んでくれなかった…

怒濤の攻撃を見せる市船は、あと1分というところでキャプテンであり、エースでもある和泉竜司がCKのこぼれ球を蹴り込んで土壇場で同点に追いつく。さらに勢いを加速させた市船は、延長後半にも再び和泉がゴールを挙げついに逆転。残された短い時間では、残念ながら追いつく余力が無く、20年の時を経て「単独優勝」にチャレンジしたものの、あとわずか… というところで優勝を逃してしまった。

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結果的に「勝ちに徹する」サッカーを終始貫いた市船に屈してしまった四中工。しかし、Jユースとは違い、ハードワーク、フィジカル勝負、縦1本がまだまだ幅を効かす高体連サッカーの中で、身体能力的に劣っていても魅力的なパスサッカーをやり通せば十分に通用することを、今大会で改めて証明できたと言えるだろう。そして20年ぶりに決勝の舞台へ導いてくれた選手たちに、心からの感謝を述べ「出せるものを全て出しくれた」と清々しいコメントを残した樋口士郎監督。

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20年の時を経て、半分だけから完全な優勝を目指したのだが、またも「あと一歩」で夢を砕かれてしまった四中工。しかし、この敗戦は新しいチームにとってスタートラインでもあるのだ。

史上3人目となる「6試合連続ゴール」を達成し、大会得点王となった浅野拓磨は「悔しさもあるけれど、今はこのチームでやりきれた喜びの方が大きい。この経験を活かしてまた来年チャレンジしたい」と、胸を張って国立競技場を後にした。また樋口監督も、すでに新しい年度に向けて視点を移しており、今のパスサッカーだけではなく、ハードワークもしっかりできる選手になって欲しいと1、2年生に注文。

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表彰式では悔しさをひた隠し、気丈に振る舞ってメンバーを統率したが、ロッカールームに戻ると泣き崩れてしまったキャプテンの國吉。その悔しさをはらせるのは、来年もある1、2年生だけなのだが、ある下級生はスパイクの寄せ書きに「任せといてください」と書き込んでいだが、今回はその言葉どおりにはならなかった。

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だからこそ、國吉だけではなく無念の想いを持ちながら卒業していく3年生のためにも、その言葉を来年の大会で実現してほしいもの。そのためにも。下級生たちが次の大会までにどれだけ精神的に成長できるか楽しみである。

その成長度如何によっては、今度こそ「優勝」という目標にたどりつけるはずだから…