「小澤一郎ブログ」の著者であるサッカージャーナリスト・小澤一郎氏から、サッカージャーナルに向けて以下の寄稿文をいただきました。

 本来は有料メルマガ<小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」>のコンテンツの一部でしたが、同氏から特別な取り計らいをいただき、今回全文掲載にてお届けいたします。

 日本における育成現場の実情を精力的に取材し、多くの媒体に寄稿を続ける小澤一郎氏。同氏にしか書けない、非常に優れた論考となっています。「ビニール傘」とはいったい何なのか? ぜひご覧ください。(サッカージャーナル編集部)



 「3年という長い時間がかかりました。試合に出られない時期も多かったのですが、サッカー選手としても、人間的にも成長できた時間だったと思います。色々な人に助けられてA契約締結まで来ることが出来ました。ただ、これがスタートラインだと思うので、ここからもっと高みを目指して頑張りたいと思います」 
 
 これは11月24日、ヴィッセル神戸のMF楠瀬章仁が、A契約に変更するための出場時間(J1で450分)を達成したニュースをリリースした際、掲載されていた選手本人の言葉だ。

■ヴィッセル神戸 2011/11/24 リリース
 MF楠瀬章仁選手、プロA契約「450分以上」出場達成!
 
 しかし一週間後の11月30日の「来季の契約を更新しない選手について」というプレスリリースの中には、楠瀬の名前が入っていた。

■ヴィッセル神戸 2011/11/30 リリース
 来季の契約を更新しない選手について

 今季の楠瀬は、リーグ戦(J1)での出場はなし。2009年に流通経済大から神戸に入団して3年でJ1の9試合に出場したのみ。今季は天皇杯3回戦のFC東京戦1試合、42分間のみの出場に終わった。出場機会の少なさからして、神戸が楠瀬との契約更新に踏み切らなかった理由はわかるが、「選手の実力不足」という受け取り方で解決していい問題なのか? という疑問は残る。
 
 J2水戸ホーリーホックも11月30日、「契約満了のお知らせ」という形で8選手と契約と契約更新しないリリースを出している。その8選手の中には大卒1年目のMF小畑純平(←専修大)、MF鈴木将也(←神奈川大)、FW神村奨(←神奈川大)の3選手が含まれていた。今回の解雇8選手の平均年齢は、22.8歳。
 
 近年、各Jクラブが大卒選手を「即戦力」として大量補強しているのは、以前に紹介した新人選手データからも明らか。特に予算が厳しく、組織化されたアカデミーもなければ、獲得選手を2年、3年かけて育成するような余裕のない水戸のようなJ2クラブは大卒選手に絞った補強を行なう。理由は簡単で「即戦力」という名目よりも、「低予算で獲得できた上で、解雇もしやすい」からだ。
 
 水戸の場合、2011年シーズンは新卒10選手を獲得し、韓国人の18歳(当時)イ・カン以外の9選手は全員が大卒。契約年数や年俸は当然ながら選手によって異なるが、シーズン終了後に1年目の選手が3名も解雇されている現状からして、単年契約が多いことが推測される。
 
 ここで主張したいのは、特定のクラブの強化方針の是非ではない。どのJクラブも、不況と東日本大震災の影響などで厳しい財政事情となっていることは理解している。
 
 しかし、現状として「主力」として使えないような選手がA契約の出場時間(J1なら450分、J2なら900分)を満たしてしまうと契約更新されにくくなっていること、予算の厳しいJ2クラブは選手のレベルよりも単年、低年俸で解雇もしやすい条件を優先して大卒選手を大量補強するような傾向がJリーグには見られる。
 
 先日、ある大学サッカーの指導者と話をした際、こういう言葉を発していた。
 
 「今のJリーグには夢がないどころか、選手がビニール傘のように使い捨てられている」
 
 メディアで表に出てくるのは日本代表クラスの選手の海外移籍のうわさや、移籍話で億単位の年俸や移籍金が報じられるが、その裏では厳しいJリーグの現状がある。
 
 例えば、A契約で500万から700万円くらいの年俸を受け取る20代半ば、つまりは大卒2、3年目の選手がバンバン切られて、そういう選手の行き場がない。なぜならそういう選手は、すでに結婚して家族を持っている場合が多いので、J2から大幅な年俸ダウンのオファーを飲めない。そうなると結局、予算の厳しいJ2のクラブは大卒の即戦力を補強して、300万前後の年俸で済ませようとする。
 
 クラブ側からすれば、「台所事情が厳しい」という正当な理由ではあるのだろう。だが、Jリーグの選手層分布図から見れば年齢的にも実力的にもまだまだプレーできるミドルクラスの選手たちが行き場を失い、場合によっては20代半ばでの現役引退を強いられる。
 
 また、J2のリーグとしてのレベルもそういうミドルクラスの選手よりも、本来はプロになれるかどうかわからない大卒のロークラスの選手を大量に獲得するため落ちてしまい、コンテンツとしての魅力が失われてしまう。
 
 そのための解決策の一つとして提案したいことが、年俸やトレーニング費用の「下限」を設けることだ。現状、Jリーグにある「下限」はA契約の「480万円以上」で、あとは「上限」の設定ばかりが並ぶ。Jクラブの経営を圧迫しないためのルールではあるが、これは客観的に見ればJクラブ間の談合だ。
 
 これまでも指摘してきた通り、大学在学中にA契約の出場時間を満たした永井謙佑(名古屋)と来季鹿島への入団が決まっている流通経済大の山村和也でさえ、「初めてプロA契約を締結する場合に限り、その基本報酬は年額700万円を超えてはならず」という初年度の「上限」ルールが存在している。初年度の年俸はクラブによる評価額ではなく、Jリーグのルールによって決められている。
 
 一方でC契約は「480万円以下」と年俸の上限が設定されているだけで下限は設けられていないので、月給20万円前後のJリーガーも事実存在する。場合によっては、アルバイトをしている大学生よりも稼ぎが少ないプロサッカー選手がいるわけだ。Jリーグとして「クラブの経営が厳しいから」と、そうした現実を放置しておいていいのだろうか? と私は思う。
 
 またアマチュアの大学や高校から選手を獲得した場合、Jクラブから団体に支払われるトレーニング費用についてもあくまで「直前の在籍団体」に年30万円、「2つ前以前の在籍団体」に年15万円が「上限」として支払われる。クラブによっては、「選手を獲得しますからトレーニング費用については目をつぶって下さい」と支払いを渋るクラブもある。
 
 日本においても2009年シーズンから国際基準のFIFA移籍ルールが採用され、Jリーグ独自のものとして設定していた移籍係数が撤廃され、今年初めの岡崎問題のように日本代表の主力選手の「0円移籍」が問題視された。ちょうど今、移籍金テーマの書籍を執筆中であるのだが、どのJクラブも「選手獲得にはスカウトの派遣など経費がかかっている(だから移籍金を取らないとやっていられない)」という発言をする。
 
 ただし、国際的な視点で見れば、ワールドカップ出場常連国の中で、日本ほど選手獲得が低額で済むプロリーグはないのではないか。高校や大学から新卒選手を獲得すれば、それこそ数十万円のトレーニング費用と1年480万円以下の年俸に抑えることができる。
 
 ここで私が言いたいのは、そうした金額が高いか、安いかの議論ではなく(もちろん、安いに決まっている)、安易に、安価に選手を獲得できるがあまり、「一人の選手を獲得するということの重み」がJクラブにあまりにないことだ。
 
 皆さんも考えてもらいたい。コンビニで500円程度で購入できるビニール傘に対しては「捨ててもいいや」、「所詮はビニール傘だから」と考えるのが普通だろう。個人的には傘であってもこれからの時代、「使い捨て」の考えはなるべく減らしていくべきだと思うが、Jリーガーをビニール傘のように「使い捨て」することは、人の人生を使い捨てすることと同義だ。
 
 Jクラブが選手を「使い捨て」感覚で獲得、解雇していないとは信じている。だが、結果的には少なくない数のJリーガーが「ビニール傘化」している。だからこそ、JリーグにはJリーガーとしての最低年俸やトレーニング費用の下限、もしくは一律の金額を設けて、使い捨てされる選手の発生をガードしてもらいたい。選手獲得にある程度の費用がかかることで潰れるようなクラブは、そもそもJ2にも参戦すべきではない。
 
 バルセロナやセビージャ、アスレティック・ビルバオといったスペインで育成に定評のあるクラブを見てもそうなのだが、彼らは育成年代の選手にタクシー代を払って練習場までの送り迎えをするなど、選手育成に多額の投資をしている。だから、簡単に選手を切るようなことはしない。
 
 ビジネスライクで「投資分を回収しよう」としているのかもしれないが、結果として「使い捨て」されるようなことにはなっていない。対する日本は、そもそもの初期投資が安価すぎるため、簡単に選手が切られてしまう。
 
 使われて捨てられるなら、「選手の実力がなかった」という評価もできるだろう。例えば水戸の鈴木将也は、大卒1年目でJ2のリーグ戦6試合96分間の出場にとどまっている(※天皇杯の出場はなし)。ただし、スカウトからは「即戦力」という評価や声かけをしてもらった上での水戸入団だったはずで、諸事情があるにせよたった1年で使われることもなく解雇される選手ならば初めから獲得すべきではない。
 
 サッカー経験者でなくともどれだけ年俸が安く条件が悪くとも、プロのクラブから声をかけられ「Jリーガーになれる」という可能性を見れば、それに飛びつきたくなるもので、個人的には選手に「なぜ実力不足なのに安易にJリーガーになったのか」と問い詰めるようなことはあまりに酷だと感じる。
 
 あくまで一例ではあるが、日本の場合大卒1年、2年目で切られ、その後他クラブからのオファーもなくサッカー以外の道を歩もうとしても「既卒」扱いとなるため、他業種への就職が非常に難しい。
 
 よって、今や大学の監督たちは、プロ当落線のレベルにある大学生たちを安易にJリーガーにしないのだという。単年契約で大卒の初任給よりも低い年俸でJリーガーになるくらいなら、JFLの企業クラブでのプレ―を薦める大学も増えてきた。残念ながら、JリーグやJクラブ側からは何らセーフティーネットが用意されず、高校や大学の指導者が選手のケースに応じて判断基準やセーフティーネットを設けることでその場凌ぎをしているのが実情だ。
 
 高校の指導者も含めて、今や大学の監督も「チームの実績」自慢をするために安易に選手をJクラブに送り出すことはしない。中にはこの経済情勢の中、在学中に家庭内トラブルで学費を支払えなくなった選手の学費を肩代わりしている指導者もいるほど。アマチュアの指導者の方が、プロであるJクラブのスカウトやフロントよりもよっぽど気概と愛情を持って選手1人の人生を預かっているではないか。
 
 大学の下でも、様々なことが起こっている。機会を改めて提言コラムを作りたいが、今やJユースのスカウトが選手獲得で保護者にアプローチする際、「うちのクラブに入れば、あのレベルの大学は保証できます」ということを口にするのだという。Jユース卒業後の進路まで面倒を見ようとする姿勢自体には好感が持てるが、プロたるJクラブのアカデミーが「大学進学」を餌に中学生を誘っている現象はどこか違和感を抱く。
 
 いずれにせよ、今回紹介したような「ビニール傘化するJリーガー」は今後絶対に出してはいけないし、そのためには短期的にJクラブの財政負担を重くしたとしても、「下限」設定を目的としたルールを改正すべきだ。