日本シリーズの前日、“清武の乱”で勃発した読売巨人軍のお家騒動。早々に、渡邉恒雄氏批判をした清武英利GMの解任が決定したが、25日には清武氏が訴訟を起こす考えがあることを示唆。だが桃井恒和球団社長は、「解任は正当」と一歩も譲らない構えだ。

 当初は、以前からワンマン体質で世間から不評だった渡邉氏の劣勢の可能性もあったが、清武氏が記者会見をした日があまりに非常識であった点、告発内容がそれほど支持を得られなかった点に加え、長嶋茂雄氏が渡邉氏擁護のコメントを出したことが決定打となり、戦況はほぼ確定したといえる。

 とはいえこんな事態が勃発するのも、読売新聞社内での渡邉氏の権力が強大であるがゆえのこと。だが、読売新聞の創業家一族でもなければ、強力なコネで入社した特別な存在でもない政治部の一記者だった渡邉氏が、なぜこれほどまでに巨大メディアグループを意のままに操る最強の独裁者として君臨することになったのだろう。読売新聞の記者が、その遍歴を教えてくれた。

「ナベツネさんは、史上最も権力に食い込んだ政治記者。1950〜60年代の政界の重鎮(じゅうちん)・大野伴睦(ばんぼく)の番記者として頭角を現し、以後もロッキード事件で有名になった右翼の大物・児玉誉士夫(よしお)、中曽根康弘元首相らと密接な関係を築き上げた。有名政治家の演説の草稿作りに関わったこともあると聞きます。善かれあしかれ、保守政党の中枢に食い込む読売政治部のスタイルを築いた人。今も政界に隠然たる影響力を誇示しています」

 その渡邉氏が読売内での権力を確固たるものにしたのは80年代。論説委員長となり、「主筆(しゅひつ)」の座に就いてからだ。

「読売新聞の社説は論説委員による合議制ですが、たったひとりだけ自由に書ける人がいる。それが主筆の地位に25年以上も居座り続けるナベツネさんです。一度合議で決まった社説でも、『やっぱり気に入らない』と主筆権限でボツにし、書き直させることもある。『主筆の意見=1000万部大読売の社論。会長は辞めても主筆だけは絶対に辞めない。最低でも96歳まで続ける』と、周囲によくブチ上げています。読売社内では会長とは呼ばれず、みな主筆と呼びます」(前出・読売新聞記者)

 その主筆の権力をバックに、渡邉氏は読売新聞グループ本社の役員持ち株会を掌握(しょうあく)している。別の読売新聞関係者が解説する。

「役員持ち株会はグループ本社の筆頭株主です。その役員会を押さえているかぎり、ナベツネさんの解任はない。つまり、ナベツネさんは会長=経営、主筆=社論の両方を支配している。独裁者のように振る舞えるのも当たり前です」

 独裁とはいえ、どこかの世襲お坊ちゃん社長に比べたら、まだ成り上がりのほうがましなのかもしれない。

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