いよいよ10月1日から東京都と沖縄県でも施行され、47都道府県で出揃った「暴力団排除条例」(以下、暴排条例)。「暴力団を恐れない、暴力団に金を出さない、暴力団を利用しない、暴力団と交際しない」を原則に、日本から暴力団を一掃することが目的だ。

 だが、「この目的には問題ないが、規制の内容が大問題」と語るのは、警察庁のキャリア官僚のN氏だ。

「一例を挙げます。暴排条例では、暴力団員やその関係者であると指定された人物や団体とは不動産を売買したり貸し借りしてはいけないとしています。不動産業者や大家側にも暴力団排除への協力義務が発生するのです。いいですか。暴力団員といえども“人間”です。てことは、憲法で基本的人権が認められた存在なんですよ。不動産を借りることも買うこともできなければ野宿するしかないでしょ? これは憲法で認められた『居住・移転の自由』を侵害することになる。

 N氏も、本音では暴力団員に人権を認める必要などないと思っているという。だが、憲法に触れる可能性のあるルールは国会で議論するのが原理原則だと、その危険性を指摘する。

 では、法律家はどう見ているのか。法曹界でキレ者の美人として有名な女性弁護士のS氏に聞いてみた。

「意見は分かれると思いますが、私は違憲の可能性がある条例だと思います。都道府県によって細部は異なりますが、この条例に引っかかった人や法人が受ける罰則や規制は、憲法で認められている『居住・移転の自由』や『住居等への不可侵』『移動の自由』などに抵触するかもしれません」

 違憲かどうかを判断するのは裁判所のため、断定は避けた。そして、たとえ違憲だと主張したくても、弁護士や個人が訴えることはできないという。

「この条例が適用されて、誰かが暴力団ないし暴力団関係者であると判断されて罰則や規制を受けたとしたら、その当事者である本人かその代理人でないと訴える権利がないのです」(S氏)

 つまり、“暴力団員”“暴力団関係者”と認定されてはじめて、裁判所に訴えることになる。世間的に見れば「暴力団員が人権を認めろと主張している」という目で見られるので、裁判で争う前から圧倒的に不利なのは明白だ。

「しかも条例は各都道府県が定めているので、裁判所が違憲であると認定しても、その効力はその都道府県のみで発揮します。つまり、47都道府県すべてで裁判が行なわれて勝訴しないと、この条例は日本からなくならないということです」(S氏)

 確かに暴力団は社会的な“悪”だ。だが、この条例は人権を無視しているという声が上がってもおかしくないはず。なぜ、全都道府県議会を通過したのか。前出の警察官僚、N氏が解説する。

「今回の条例はターゲットが暴力団だからです。暴力団への規制を強化することに表立って反対する議員なんていませんよね? しかしながら、同じ内容の法案を国会で通すことは難しい。その理由は、民主党内の旧社会党勢力など憲法に敏感な議員が多いからです。俗に言う“霞ヶ関文学”と呼ばれる難解な文章で書かれた法案を読解できる議員が国会にはいる。一方、警察庁のキャリア官僚たちは、地方議会を明らかにレベルの低い対象として見ているので、多少乱暴な内容でも通ると踏んだのでしょう」

 人権問題に敏感な議員のいる国会は避けたため、「法律」ではなく「条例」という形で制定されたということ。N氏の読みが当たっているならば、それだけ警察が本気になっているということだ。

(取材/菅沼 慶)

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