“統一球が不評”なのだそうだ。球界盟主の例の老人が、本塁打が出ない試合は面白くない、とのたまい、連盟にアドバイスをするという。

マスコミが伝えた、老人の弁。

「プロ野球の経営者としては統一球ってのはどうだ?コマーシャルベースで考えれば、空中戦のほうが面白い」

「日本だけの野球だったら、何もあんな統一球にする必要ないんじゃないかね。フェンス間際でみんなホームランにならないでアウト。これで観客数が減ってんだよ」。

「金属バットにしろとは言わない。圧縮バットに戻したらどうだ」

「今度、コミッショナーに会ったら話してみるけど」


町内のご意見番が町内会長に話でもするような感覚だ。この老人は「朝令暮改」という言葉を知っているのだろうか?

また、野球評論家の中にも、

「MLBの真似なんかする必要はない、NPBは統一球をやめて、元に戻すべきだ」

「地上波でまた放送するようにすれば、プロ野球人気は戻ってくる」


などという意見を述べる人もいる。

老人は、球界盟主の低迷が野球不人気の最たる要因であり、その強力打線を活かすためにも、統一球に戻すべきだ、と言っているのだろう。評論家氏は、何でもMLBに追従するNPBの姿勢に疑問を呈し、NPBはこれまで通り、国内のファンを相手に商売をすればいいのだ、と言っているのだと思う。



構造的に黒字を生みださない日本のプロ野球がここまでやってこれたのは、日本を代表する企業である親会社が補てんをしてきたからだ。球団は企業体でありながら、一部人気球団との試合で入る放映権料に依存して、熱心に営利活動を行わなかった。最後の帳尻合わせは、広告費名目の親会社の補てんで賄ってきたのだ。

しかし、バブル崩壊後、日本経済は低迷し、親会社の多くは業績不振に陥った。球団を手放す企業も続出した。

また、ここ十数年のうちにテレビメディアの多チャンネル化が進み、人々の好みが多様化する中で、プロ野球は「お茶の間の主役」の地位から滑り落ちてしまった。放映権ビジネスという頼みの綱が、切れてしまったのだ。

ちょうどこの頃、野茂英雄のMLB挑戦がはじまった。マスコミや日本のファンの目は、海の向こうに注がれるようになった。最初は、選手や試合が注目されたが、次第にMLBの組織や体制、選手の育成システム、そしてビジネスモデルに関心が向けられるようになった。

NPBと異なり、MLBは各球団が独立採算の企業体であり、これを統括するMLB機構は各球団の利益を代表し、商標、ライセンスビジネスや、グローバルな市場開拓を担うビジネスのプロ組織だ。顧客サービス、マーケティングなども、プロによって周到に考えつくされ、顧客の獲得、収益の確保が行われている。



こうしたMLBの現状を見るにつけ、NPBの組織やシステムの立ち遅れが痛感された。そもそもNPBは、昭和、高度経済成長期の成功体験にすがるあまり、新しいビジネスモデルが打ち出せなかったのである。

一方で、MLBは飽和しつつある北米市場からアジア市場へと軸足を変えつつある。これに対抗するためにも、NPBは世界基準に沿った形での改革が必要となっていた。遅ればせながらも、パリーグでは、MLBに倣った組織の改革が行われ、マーケティングの一括管理など、新たなビジネスモデルが構築されようとしている。

ストライク・ボールの数え方をSBOからBSOに改めたのも、よりMLBの使用球に近い統一球の導入を決めたのも、世界基準に沿った改革の一環だ。

つまり、市場開放へ向けてグローバルな基準に追いつくとともに、競争力をつけるために統一球は導入されたのだ。

老人や一部評論家の発言は、そうした市場開放の動き、時代の流れに逆行しようとするものだ。ちょうど、日本の農家が環太平洋諸国の農産物の関税撤廃をめざすTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に猛反対しているように、野球の市場開放に待ったをかけているのだ。

しかし、統一球をやめて元に戻したとして、そのあと、どうするのか?海外に目を向けず、ドメスティックな市場で縮こまっていても、事態が好転する兆しは全くない。たとえ飛ぶボールに戻して本塁打がたくさん出ても、それで視聴率が上がる見込みはあまりない。球界盟主が優勝しても、野球人気が回復しないのは、すでに何度も証明済みだ。

良く飛ぶボールに戻して、昔のように本塁打が増えたとしても、それはNPBの野球の「品質」が向上したわけではない。MLBと比較すれば見劣りのする、チープな野球が維持されるだけなのだ。

すでに終わったビジネスモデルに固執しても、何も起こらない。MLBへの人材流出も止まらないだろう。



MLBが嫌いであっても、それを「なかったこと」にするわけにはいかない。よりリッチで、稼ぐ方法を持ったライバルが存在し、市場に進出しようとする中で、見ないふりをしても仕方がない。

経営者に必須の資質として「見たくない現実を直視する」ことが挙げられるが、現状維持を選択しても、未来が拓けないのだから、苦難の道であっても、現実を直視し、改革を選択すべきだと思う。

私は昭和の時代、チープな本塁打が決勝点となる安っぽい試合を何度も見てきた。それに比べれば、今年のNPBは派手さはないが、ゲームのグレードは確実に上がったと思う。接戦が多かったし、ダルビッシュや田中将大のように異次元の投球をする投手も出てきた。ヤクルトのように総合力で実績をあげるチームも出てきた。頭を使って野球をするチームが増えたように思う。統一球の導入は、成功だったのではないかと思う。

来年以降、各打者は中村剛にならって、統一球をより強く、遠くへ飛ばす方法を考え出すだろう。投手はそれに対抗するため、統一球をよりコントロールする方法を編み出すだろう。そういう形で、野球は進化するのだ。

むしろNPBが、統一球導入の後にどんな手を打つのか、そのことに注目したい。

何で観客をひきつけるのか、そして市場の競争力をつけるためにどんな改革をするのか、一休みすることなくどんどん手を打ってほしい。未来のない老人の言葉は聞き流して、明日のことを考えてほしい。