『コンピュータ・パースペクティブ』チャールズ イームズ、レイ イームズ/筑摩書房
ボタン、ダイヤル、配線、ベルトコンベア…まだコンピューターが大型機械だった時代の進化模様が写真で追える『コンピュータ・パースペクティブ』。

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『コンピュータ・パースペクティブ 計算機創造の軌跡』は、建築やイスなどの工業デザインで世界的に有名なイームズが、IBMのために作り上げたコンピューターの歴史に関する展示を書籍化したものだ。1890年代から1940年代の半世紀の歴史が、写真集のように展開されており、その歴史の始まりは国勢調査のためのデータ管理装置だった。

ちょっと考えてみてもらいたい。

あなたがもし、国民全員のデータを集めることになって、身長とか年齢とか、どういう仕事をいつまでやっていたかとか、入院や手術の経験はあるかとか、そういうデータを管理しなくてはいけなくなったとする。お金は結構たくさん使ってもいいけど、次の条件は満たさなければいけないとする。

・現代的なコンピューターは使わない。
・統計は10年に1度行い、間違いは極力少なく。

さて、どうやって作業を進めますか?

昔の人はこの難題を解くために数々の装置を発明・改良した。仮にノートにペンで記録していったとしよう。1人の情報を1ページにまとめていけば、1200万人いる国ではノートは1200万ページ。60ページのノートが20万冊だ。天井までびっしりの棚にしまえば、
幅50mぐらいの壁に収まる。家一軒には入りきる量だ。10年後までに人を雇ってこれをまとめて、保管しておけばいい。

「なんだ簡単だ」と思うかもしれないが、これではまったく統計の意味がない。肝心の「運用」ができないからだ。例えば「身長170センチ以上の人は人口の何%か」とか、そういうのをすぐにデータから導けないと意味がないのだ。急に「ロシア語が話せる30歳以上の結核にかかったことのない未婚者」が必要となった時にも、ノートの集まりは役に立たない(日本の紙の年金台帳の大混乱を想像してもらうとわかりやすい)。

このような要求に応えるために、コンピューターは世の中に生まれた。人口分布を把握できなかった時代は、税金のしぼり方や金額も手探りで決めなくてはならなくて、その効果も計算できなかった。兵隊の制服を大量生産する時にも適切なサイズを適切な量だけ配れないから、いつも困ったことになっていたみたいだ。ましてやどんどん移民が増えていたアメリカなどにとって統計処理は緊急課題だった。

初期のコンピューターは、このデータ管理問題に「パンチカード」で対応した。センター試験のマークシートのように、該当箇所に穴をあけてデータにする。カード束を機械に入れると順番にカードを吸い込んで、カードにたくさん「バネがついた針」を当ててみる。バネ付き針がカードにぶつかればバネが縮んでそこで針が止まり、カードに穴が空いていれば、針がカードを通過して、カードの向こう側の部品に感電して知らせる。こうすればどこにどんなパターンで穴があるかをソートできる。マンションの集合ポストみたいな箱に、与えられた条件によってどんどんカードを分けていくのだ。トランプで言えば偶数のカードだけ出してくれたり、「スペードかつ3の倍数」だけ出してくれたりするような感じで、カードにパンチした情報を自在に運営できるようになる。この「カードと穴と針」が、僕らにも理解できるコンピューターの基本原理であり、情報処理システムの根源だ。

パンチカードの登場で、統計データをとること自体が社会の中でいっきに重要視された。国勢調査はもちろん、工場の経理などにも使われ、劇的な経済効果を生み出した(その経済効果算出もパンチカードでやったんじゃないかな)。工場の仕入れや原価計算、銀行の利率計算などは、それまで「暗算士」というプロの計算家がノイローゼになったりしながらこなしていたのだけど、計算機の性能が上がって暗算士よりスピードが上がってくると、その職業は消えてしまった。

やがて計算機は大砲の弾を飛ばす弾道計算に使われたり、天文学に使われたり、飛行機のバランスを自動的に安定させる装置として使われたり、人間ができない計算を次々とこなしていった。

この本が感動的なのは、コンピューターが「機械工作」だった時代を知ることができるところだ。現在のコンピューターは集積回路を持ち、無線でデータを飛ばし、素人にとっては完全なブラックボックスだ。仕組みも理屈もわからない。だけど始原のコンピューターは僕らの理解できる、さっきのパンチカードシステムなどがベルトや歯車やダイヤルで作られていて、頑張ればレゴブロックでも作れるようなメカニズムだ。

それが1つずつ新たなテクノロジーを積んでいき、今のコンピューターになっていく過程で、色んな才能が関与する。軍人、生物学者、大統領、文学者。多彩な人々がそれぞれコンピューターに自分たちの目的を詰め込み、技術を詰め込んだ結果、コンピューターが色んな形に進化していった。

そういった魅力的な歴史を、エピソードごとにまとめられた写真中心に追っていけるのが楽しい。床が抜けそうな巨大計算機、変なロボット、かわいいパンチカードのデザイン。機械文明の到来を告げる新聞の恐怖イラストや、アイボみたいなロボット犬を連れた楽観的なロボット。どれも刺激的で、なかなか想像しにくい「ちょっと昔」の当時の姿を頭に描き出すヒントをたくさん与えてくれる本だ。
(香山哲)