ジョブズ退任でアップルはどうなる? ITジャーナリストが白熱の議論、全文書き起こし
2011年8月、アップル社のCEOスティーブ・ジョブズ氏が退任を発表した。彼がいなくなった後、果たしてアップル社の行く末はどうなるのか。そして今後の新製品は? カリスマ経営者の功績とアップル製品の歴史を振り返りながら、井上トシユキ氏ら4人のITジャーナリストが2011年9月9日、ニコニコ生放送で視聴者とともにアップルの過去・現在・未来について議論を繰り広げた。また元アップル社員もアメリカから中継で出演し、ジョブズ氏の社内での知られざる素顔やエピソードを明かしてくれた。
以下、番組を全文書き起こして紹介する。
・[ニコニコ生放送]スティーブ・ジョブズCEO辞任!激論『どうなる?これからのアップル』 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv62799591?po=newslivedoor&ref=news#00:03
井上トシユキ氏(ITジャーナリスト:以下、井上): 皆さん、こんばんは。井上トシユキです。アップルコンピュータの創業からちょうど35年。暫定CEOとして戻ってきてから14年。iPodの初歩機の発売から10年。こうした区切りの年に、先月2011年8月にアップルのスティーブ・ジョブズCEOが突如、退任を発表しました。
そのジョブズ氏、いろいろな毀誉褒貶(きよほうへん)があったわけですけれども、「希代のカリスマ」と称えられた経営者でもありました。ジョブズがいなくなった後、アップルあるいはMac(Macintosh)はどうなっていくのか。今夜は、先日辞任を発表したスティーブ・ジョブズ氏がいなくなった後ということで、「スティーブ・ジョブズCEO辞任!激論『どうなる?これからのアップル』」と題してお送りしたいと思います。まずは、ゲストの方をご紹介します。ギズモード・ジャパン編集長のいちるさんです。よろしくお願いします。
いちる氏(ギズモード・ジャパン編集長:以下、いちる): よろしくお願いします。5秒前に着きまして、間に合って良かったです。
井上: 「はあ、はあ」してますね。続きまして、ジャーナリストの柴田文彦さんです。よろしくお願いします。
柴田文彦氏(ITジャーナリスト:以下、柴田): お願いします。
井上: ジャーナリストの林信行さんです。よろしくお願いします。
林信行氏(ITジャーナリスト:以下、林): よろしくお願いします。
井上: 最後、ジャーナリストの森健さんです。よろしくお願いします。
森健氏(ITジャーナリスト:以下、森): よろしくお願いします。
井上: 今日は、この4名の方をお招きしてやっていきますが、後ほどネットでの中継で、実際にそのアップルに技術者として在籍していたアメリカのジョン・ギブスさんと中継をつないで話も伺う予定です。さて、今日は名うてのMacあるいはアップルに詳しい方々をお集めしたわけですけれども、この番組では、ユーザーの皆さんからの質問、あるいはコメントを受け付けています。今ここに並んでいる方々に聞きたいこと、あるいはそのアップル、Macについて、何か製品について聞きたいことがありましたら、ぜひご意見をお寄せ下さい。番組ページのメールフォームから送っていただければ、すぐにこちらの方に着くようになっています。
さあ、始めていきたいのですが、今(番組を)ご覧になっている方の中には、Macあるいはアップルの製品を使っている方もいらっしゃるでしょうし、使っていない方もいらっしゃるだろうということで、「ジョブズさんが退任したから(といって)そんなわざわざニコ生でやるようなことなの?」思っている方もいらっしゃるかもしれません。ということで、早速ユーザーの皆さんに、まずはアンケートを取ってみたいと思います。これからアンケートはいくつかありますが、最初のアンケートは「あなたとアップルの関わり方は?」ということで、皆さんにお聞きしたいと思います。1番「アップル信者である」。"マカー"と2ちゃんねるでは揶揄(やゆ)されましたけれども、アップル信者であると。2番「アップル製品の1機種のみを使っている」。iPhoneとかiPodとかそういう物を使っているということ。3番「アップル製品は1つも使っていない、持っていない」、4番「アップルなんて使わない」。さあ、この4択でお願いします。さて、皆さん(出演者)は、当然Macユーザーなんですか?
全員: そうですね。
井上: Macユーザーですか。
いちる: ちょっといろいろ間違えて、Mac3台持っています。
井上: Mac3台、何を持っていらっしゃるんですか。
いちる: MacBookとMacBookAirとiMacですね。
井上: 林さんも?
林: 僕は、現役で使っているのは1台だけです。MacBookProを使っています。
井上: MacBookPro。柴田さんもMac?
柴田: そうですね。昔から数えたら10台じゃきかないですけど。
森: この間、お邪魔したら「AppleII」が。
井上: 「AppleII」の現物があるんですか。
柴田: ありますね。あと初代のMacとか、玄関に生け花の代わりに初代のMacが飾ってある。
森: 僕、初めてマニュアルを見せてもらいました。もうボロボロになっていましたけどね。
いちる: うちの玄関にも「SE/30」(Macintosh SE/30)がある。
井上: 僕も「SE/30」持っていますね。
いちる: 名機ですね。
森: 僕は「LC」(Macintosh LC)から。91年。
井上: 91年。今でもMacを使っていらっしゃる?
森: そうですね。今は「Air」(MacBookAir)と「Pro」(MacBookPro)と。
井上: そうですか。まあ、皆さんMac使いということですけども・・・。さあ、(アンケート結果が)出ました。「アップル信者である」34.4%、3分の1、結構多いですね。
森: 高いですね。
井上: マカーはそんなにいますか。「今のアップル製品1機種のみ使っている」35.8%、「アップル製品1つも持っていない」22%、「アップルなんて使わない」7.7%。
森: これ、全然実態と、市場とかけ離れているじゃないですか(笑)。
井上: 市場とかけ離れていますかね。どうですか、ご覧になって。
林: まあ、でもマーケットシェアでいったらかけ離れているでしょうが、番組が番組なので。
森: そうですよね。
井上: アップル製品とは、大体何を皆さん持っていらっしゃるのでしょうか。iPhoneですかね、iPodですかね。その辺もちょっと聞いてみたいけれど。さあ、結構皆さん「アップル使っているよ」という・・・早速皆あれですね(視聴者がコメントを書き込んでいるので、確認する)
森: 「Lisa」いますね。
井上: 「Lisa」は、アップルではないよね、決して。
森: いや、一応。
井上: あれはアップルなんだ。
いちる: 「Classic」
井上: えっ、今「Classic」使っているの?
森: 結構、年齢層が高いのではないですか。
井上: 「LC475」はまだ使っているんだ。
柴田: 「LC475」いましたね。
森: マニアックな人もいますけれども。
林: 結構33.何%の人がつぶやいているのが多いですよね。
いちる: 林檎なら持っているという人もいますね(笑)。
井上: まあ、今日もスタジオが林檎だらけになっちゃっている訳ですけれど。
いちる: これ、かじった方がいいんですかね(笑)。
井上: かじっていただいても。是非バイトして(かんで)いただいて。
森: 年齢層、絶対高いですね。
井上: 高いですかね。「iTunesもそう?」(コメント)。あれもアップル製品ではありますよね、確かに。というわけで、これぐらい結構Macを皆さん使っているということです。こちらのスタジオの皆さんも使っていらっしゃるということですが、まず最初にお話をいただきたいのは、「アップルとはどういう会社だったのか」ということです。
■アップルの「価値」とは?
井上: 林さんからお聞きします。アップルという会社のいわゆる「価値」と言いますか、「資産」というものは何だった、あるいはいま何ですか?
林: そうですね。やっぱりアップルが大きくなった・・・そもそも会社の名前を変えたのが、2007年。iPhoneを発表したのをきっかけに、アップルコンピュータのメーカーから(「コンピュータ」の名をとり)、家電製品というかもっと広いライフスタイルのブランドになりましたよね。あそこからやっぱりアップルのビジネスも桁が変わって。皆さん、日本で年間どのくらい携帯電話が売れるか知っていますか?
井上: 日本の携帯電話が何台売れるか。
林: ドコモさんだけで50機種位、KDDIさんだけで50機種の全部で150機種位ありますよね。それが1年間で売れるのは大体3700万台位なんです。
井上: 3700万台売れる。
林: iPhoneとはどのくらいのビジネスかというと、半年間でたったの2機種。日本はiPhone4しか売っていませんが、海外はまだiPhone3GSを使っている。その2機種で3800万台売っている。全然桁が違うビジネスに入ってしまっている。iPhoneを発売してから日本のアップルストアも1回売り場面積を拡大するくらいに。もうそこからアップルはやっぱり別の会社に入ってしまった。
僕はiPhone、アップル信者のように言われていて。確かにiPhone、iPadをどうやって企業が活用したらいいかと、そういった講演をよくしているんですけれど。一方で実は、キャリアさんとかメーカーさんに行って「どうやってiPhone、iPadを倒すのか」というのを2007年に『iPhoneショック』という本を書いて、いずれ日本にiPhoneが入ってくるぞ、なんとかメーカーはメンタリティを変えて迎え撃つ準備をしないと(いけないと記した)。本当にメーカーは・・・やっぱり携帯電話は温泉に行って脱ぐ直前まで持っている唯一のデバイスじゃないですか。
井上: なるほど。
林: そこを取られたらヤバイということで、ずっとそういった講演もしていたんです。最初はずっと「アンドロイド(Android)、アンドロイド」と言っていたんですけど、アンドロイドの今出ている携帯、スマートフォンを見ても、何かやっぱりいろんなキャリアさんの思惑が入って、「このアプリ本当にいるの?」という余計なものがゴツゴツ入っていたりとか・・・。世の中って、何となくコンシューマー(消費者)の方は「こういった製品を作れば、いい製品を作れる」というアイデアはあるんですけど、どんどん企業のしがらみとかそういったもので、真っ当なものが作れない時代にだんだん入ってきてしまっている。
アップルはどこがすごいかというと、多分「めちゃくちゃ真剣に、何が一番真っ当なものかということを考え抜いて、本当にそれが真っ当な状態になるまでそれを貫く」。そこは本当だったら、ほかの会社の工業デザイナーの人達は羨ましい、そこを貫けて、という意味ですね。
井上: なるほど。それこそジョブズさんが、「僕は、消費者が何を欲しているかが分かるんだ、知っているんだ」という風に、常に断言していたという、そういうことにも通じるんですかね。
林: そうですね。それがジョブズに属人的なものだと、今後アップルはダメということになってしまうけど。多分ジョブズが戻ってきたのは、ちょうど15年前なんですね。96年のクリスマスの直前に戻ってきているので。それから15年の間に、少なくとも今の重役の人たちは、やっぱり話をしていても――そのスタンフォードの有名なスピーチ(2005年スタンフォード大学の卒業式で、ジョブズ氏が卒業生に向けて行ったスピーチ)があるじゃないですか。あれと同じような「1回しかない人生で、多分、人間はほとんどの時間を仕事に費やしている。その仕事をやっぱり命懸けでやらなきゃダメだ。自分が徹底的に満足することをやらないとダメだ」というのが、結構本当にマジで・・・。
井上: 浸透していますか。
林: 真剣に信じているところがあると思います。
井上: なるほど。
林: それで疲れちゃって、もちろん数年アップルで働いて辞める人たちもいる。辞めちゃった人たちの話を聞いても、「俺ってアップルにいた時、自分の120%あるいは200%の能力を発揮していた。でも、もう戻るのは疲れるから嫌だな」という人も大勢います。
井上: そういう組織的な風土と言いますか、そういうのはあったと。AppleIIから持っていらっしゃる柴田さんは、アップルという会社の資源とか価値というのは、どういうことだと思われますか。
柴田: もともとアップルというのは、アメリカンドリームを体現した会社みたいに言われていて。それはどういうことかと言うと、やっぱり大きな会社、大きな組織でなくても、青年がやる気さえあれば何でも作れて、それを世に出して、世の中を変えていけるということを体現した。アメリカンドリームという言葉自体、既に死語に近いのかもしれないですけど。また、帰ってくるからには、出て行かなければいけないわけなので。一度ジョブズは出て行ったことを知らない方もいらっしゃるかもしれませんけれど。最初のMacを作った直後にクビにされたわけです。
井上: いわゆる追放されたというやつですね。
柴田: そうですね。しばらく、12年くらいだったと思うんですけどいなかった。その間、ちょっとアップルは迷走したところがあって、ジョブズが帰ってきて、またそのアメリカンドリームが復活して、本当にアメリカの会社らしい力を持った会社になった。そんなに長い歴史のないアメリカの中にあって、本当にアメリカの企業を代表するような――一流二流とかそういう尺度はまた別なんですけど、現状では注目度とか、この間は株価の総額でも世界のトップにほとんどなりましたけど、そういった意味でも、本当にアメリカを体現するようなところがある。
井上: 多くの会社が、いわゆるベンチャーとして創業してからも、ベンチャースピリットみたいなものを持ち続けるのには、かなり苦労しますよね。いわゆるベンチャーからカンパニーへと行く時の脱皮の仕方というのは、非常に苦労しているわけです。そういうところは今、林さんからちょっとありましたけど、やっぱりジョブズさんの属人的なものだったのか、何だったのかというのは、どういう風にご覧になっていますか。
柴田: 常に危ない橋を渡っているからじゃないか、と思いますけど。安住しないというところが一番あるのではないでしょうか。
■ジョブズの"こだわり"
井上: なるほど。では、いちるさんはアップルという会社については、どのような見方をされていますか。
いちる: アップルは企業ですけど、同時にアーティストだと思うんです。先ほど皆さん仰られていますけど、すごく細かいところまで、例えば、基盤が美しくないとダメだとか。
井上: ジョブズさんが怒鳴りつけたという。
いちる: iPhoneのGoogleアプリの黄色がちょっと違う黄色な気がするとか、そういうアーティスティックなこだわりを徹底的に追求する。先ほどの林さんの話だと、大体普通の企業だと皆真面目に仕事をしているし、一生懸命やっていると思うけれど、やっぱりいろいろ妥協が入ったり、ほかのところに気を遣ったりすると思うんです。でも、徹底的に良い製品にするために、アーティスティックなこだわりをここまで貫ける会社は、たぶん無いのではないか、ベンチャーでも無いのではないかと思います。
井上: なぜそれは会社として貫けるのでしょうか。会社の中には、多くの価値観を持った方がいらっしゃるわけですよね。
いちる: 現状ではやはり、今この瞬間は分からないにしても、数年くらい前まではジョブズの属人的なものだったのでしょうね。「徹底的にこだわって、最高の製品を作る」というのが彼のやりたいことだから。彼はガンが発見されたりして、自分の残り時間とかもいろいろ考えたと思うんです。その時に自分がどうしても作りたい製品、出したい製品を作ることには絶対に妥協しないし、それ以外のことはしないと決めた彼のこだわりが、今のアップル製品を生んでいると思います。
井上: でも、それにしても、そういうジョブズさんのこだわりみたいなものを、アップルの社員たちはよく言うことを聞いていますよね。森さん、どういうことなんでしょうね、その辺は。
森: そうですね。有名な言葉があって、現実歪曲空間――「リアリティ・ディストーション・フィールド」でしたっけ。バド・トリブルという昔のプログラマーの人が言っていましたけど、多分人間的なジョブズの魅力があって、あの人の「削りの美学」というか、無駄な物を省くとか。それは、Macintoshの時からそうですけれど、喋り方とかもそうなんですけど、そういうのも全部含めて彼の美学があって、それを皆社員が「そうだ」と心服するし、ジョブズがOKしないと(製品が)出ない訳ですから、そこに徹底した追求され方がするのかなと。
井上: なるほど。この間、BBC(英国放送協会)でしたか、調査をしてアップルのヘビーユーザーの脳波はカルト信者と同じパターンの脳波が出ているというような、恐ろしい調査がありましたね(笑)。
森: あの人、声がトム・クルーズに似ていると思うんです。声の音域によってすごく合って、その話し方のトーンとかアクセントの仕方がすごく似ていて、非常にチャーミングなんです。だから、いつもカンファレンスで出てきて、黒くて、ちょっと青白い明かりがあって、ああいう・・・。
井上: 舞台装置といいますかね。
森: ええ。舞台装置も全部彼の考えだと思いますけど、そこにもう一個、僕は「話し方」というのは、すごく重要なのかなと思います。
井上: そこにたぶん社員もユーザーも惹き付けられてしまうということなんですかね。
■ジョブズがいなくなり、何が残り、何を失うのか
井上: となると、アップルの会社としての弱点というか困った点というのは、やっぱり「ジョブズさんがいなくなる」ということになっちゃうのですか。
林: なんか最近その講演ばかりしているんです。この間の講演で頭を整理したけれど、「ジョブズを失うことによって、何が残って、何を失うのか」と整理してみると、アップルがすごいところはいろいろあって、それはジョブズがこの15年間に作ってきたところもあるんですけど、例えば「組織」あるいは「働き方」。
「組織」で言うとアップルは、さっきも話がありましたけど、スティーブ・ジョブズは「世界最大のスタートアップだ」と言っているんです。今は何万人規模になってきましたけど、でも何万人と言っても実は店舗にいる人たちが多いので、その規模なんですけど。その規模になっても、平気でズカズカと、例えばQuickTimeのチームの部屋にジョブズが入ってきて「ここのボタンを大きくしろ」と言って、「あと横に何ピクセルずらせ」とかいうことを言ってくる。
井上: いわゆる開発を担当している、その会社の技術者のチームのところまで行って、社長本人が「これは俺が気に入らないから直すんだ」と・・・なるほど。
林: そういったフラットな組織というか。アップルの本社に行くと、社食でカフェマックというのがあるんですけど、そこでもジョブズをたまに見かけると言うし、そういったことも含め、日本だと大企業は社長なんかに会ったことがないという人が多いじゃないですか。アップルも本社勤めではない人は会わない人も多いんですけど、そういったフラットな文化が・・・。Googleも結構フラットなんですけど、浸透しているということが一つ。
それから、そこでどうやって皆がモノを作っていくかというところも、結構重要だと思うんです。やっぱりアップルは非常にモチベーションが高い。皆仕事に対してのモチベーションが非常に高い企業で、Googleの場合はどちらかというと20%ルール(勤務時間の20%を自分自身のプロジェクトに割り当てる)といって、「何でも好きなことをやりな、何でもグーグルの下につながるから」という発想。アップルの場合は「おまえは本当にそれでやりたいことができているのか?」と、そういったチャレンジをして引き出す。
井上: ちょっと詰めるんですね。「おまえはそれで本当にいいのか。100%なのか、120%なのか」と詰めていく。
林: そうですね。そこら辺は結構、ジョブズじゃなくても今のVP(ヴァイスプレジデント:上級副社長)の人たちも、そういったものは共有できていると思う。そういったいろいろなやり方を、この15年間いろいろな製品を作りながら見てきているので、かなりの部分は今いるアップルの経営陣は学んでいると思うんですよ。
では何を失うかというと、交渉力とかプレゼン能力とかそういったものが・・・。プレゼン能力も実は今、アップルに上手い人はいるんです。ジョブズと比べると確かにトム・クルーズの声は持っていないかもしれないけれど、フィル・シラーというよく日本のメディアにも登場する彼も、ここ数年ですごいプレゼンが上手くなって・・・というのもちょっと失礼かもしれませんけど。スコット・フォーストールというiPhoneやiPad関係のトップの人、彼は本当にミニ・ジョブズ位な感じで、いい感じのプレゼンが出来る人だったり。では交渉力はというと、多分今の新しいCEOになるティム・クックはすごい交渉力とか計算とか、そういった戦略的なことは強い人。ただジョブズの時代は、そういった能力が1人の人に集約していた。それが今後はチームでやっていくのかなと。
井上: 多党政治と言いますかね。
林: そうですね。
■アップルはプレタポルテに?
井上: とはいえクックさんはじめ、そういった第一次のジョブズチルドレンと言いますか、そういう人たちが何かをやって、万が一失敗した時、ジョブズさんはそれを跳ね返す力をお持ちだったのかもしれませんけども、やっぱりジョブズではないから失敗したとか、そんな言われ方をしちゃいそうな気もするんですけど、柴田さん、その辺は。
柴田: あるかもしれませんね。ジョブズの場合、失敗してもジョブズだからしょうがねえや、みたいな話もあると思うんですけど。
井上: ははは。
柴田: ちょっとその前に、アップルについて芸術的な会社って仰いましたが、やっぱり普通の会社とは全然違う。雰囲気だけじゃなくて、組織の動かし方とか持っていると思うんですけど、それはジョブズが帰ってきてから特に変わった。ジョブズが帰ってくる前は結構、普通の会社だったんです。例えて言うなら建築家みたいなものです。丹下健三(建築家)という人がすごい建物を設計して建てました。丹下健三って別に図面を引いてるわけでもないし、鉄を切っているわけでもコンクリートを詰めているわけでもないじゃないですか。でも、それは丹下健三の建物なわけですよ。それがジョブズがやっていることに近いと思う。
今までは丹下健三が建物を建てていました、ジョブズがMacを作っていました、iPhone作っていました、でいいんですけど、ジョブズがいなくなったら――スティーブ・ジョブズはもともと名前を使ってないところがいいんですけど――ジョブズがいなくなったらジョブズの建物ではなくなっちゃうわけですよ。その時どうするかと言うと、今一生懸命転換を図っているんじゃないかと思うんです。別の例えをすれば、プレタポルテと言うんですか、ファッションの。量産している服でも、昔は例えばピエール・カルダン(ファッションデザイナー)という人がいて、ブランドを興して、ブランドイメージを作り、そのブランドを育ててきた。今はピエール・カルダンという人がいなくても、ピエール・カルダンというブランドが成り立っていて、イメージを維持して、伸びたりしているかも知れないし、立派にやっているわけです。これからは建築家の会社からプレタポルテになればいいんじゃないかと思います。
井上: いわゆるプロデューサーがいなくなっても、その後のプレタポルテ――高級既製服ですよね、そういった物を作っていけるような能力がある人が、集団体制とかなるんですか、分業という形になるんですかね、そういう形で維持していけばいい。
柴田: そこに転換すれば、ジョブズが引っ込んでも・・・。まあ、失敗するかもしれませんけども。
■ジョブズ退任で懸念される求心力の低下
井上: この間アナリストと話して、強力なカリスマを持ったリーダーがいなくなった組織というのは、やっぱり迷走しやすい、これは世の習いなんだということを言ってた方もいらっしゃったんですけど、どうですか森さん。
森: 求心力は多分、全然違うと思うんですよね。あと僕が聞いてる最近のアップルの話だと、例えば絶対欲しい人にはスティーブ・ジョブズから直でその人にメールが行って、「あなたにアップルに来てほしい、あなたの能力がほしい」と言う。皆メールが来たら「えっ」とワクワクだから行くわけですよ。でも行ってみると実際は、めちゃめちゃ階層構造がある会社で・・・Googleはかなりフラットらしいです、Googleの人に聞きましたが、本当にフラットらしいんですけど。(アップルは)上への階層が昔の松下(電気)みたいにものすごくあって、日本で言ったら主任なんとか、係長がというのがあって。横の島で何をやっているか全然分からない。めちゃめちゃ秘密主義で、社員としては非常に居心地が良くないらしいんです。ただ、何でそれで維持できているかというと、それを維持しているのは求心力のジョブズらしいんですよね。だから、そういう人がいなくなると・・・。
井上: たがが緩むと。
森: たがが緩むし、さっきの美学みたいな、統制の取れたところがどれくらい続くのかなぁ、というのがちょっと疑問ではある。
井上: 森さんは企業取材も多く手掛けられていらっしゃいますが、そういうたがが緩まないようにする努力は、おそらくいろんな企業がいろんな形でやっていると思うんです。でも、あれほどの世界中から稀代のカリスマ経営者だと言われた人が、完全にいなくなる訳ではないけれど、直接表に出てこないとなった時って、組織って動揺するものなんですか?
森: いや、やっぱり中(社内)はするんじゃないですかね。分からないですよ、アップルという会社で働きたいという人もいるし。でもマーケティング部門とか、要するに対人でやるような部門の人は、ジョブズの魅力で入っている人が結構いると思うんですよね。あとは今のアップルの経営陣もしくは事業部長クラスの人――さっきのスコットとかもそうですけど――NeXT(1985年にアップルを辞めたジョブズが創業した会社)からの人なんですね。
井上: なるほど。
森: 要するに85年に彼(ジョブズ)が作って、その後さっき言ったバドとかもそうですけど、めちゃめちゃ頭のいいヤツを、Ph.D(博士に相当する学位)とか(の所持者を)持ってきて、遊ばせて作らせた会社なんです。その代わり良いものが出来て、その後ティム・バーナーズ=リー(計算機科学者)とかがwebシステムを作っていくという・・・そういう原型をNeXTが作っている。今のアップルと言うのは、要するに実体がNeXT。
井上: NeXT・2Gというわけですよね、セカンドジェネレーションと。
森: 要するに今の存在って、そこが住み変わっただけで、でかくなったということを考えると・・・。
井上: 怖いな、ってなっているということですね。
森: ずいぶん違うんじゃないかと僕は思います。
井上: いちるさん、そういうプロデューサーとして有能な人が離れちゃうことは、組織として大きな"賭け"みたいになっちゃうと思うんですけれど、ジョブズさんはなぜ、自分が第一線から引いてクックさんに譲るとされたんですかね。
いちる: 体調的な理由が大きいと思いますけどね。
井上: 自分でやり尽くした感じではないんですかね?
いちる: やり尽くしてはいないと思いますけど。確かにここ数年くらいのアップル無双っぷりはすごくて、次から次へと革新的な製品を出した背景には、急いで製品を完成させたいというジョブズの意志もあったと思うし、会社としてジョブズの理想を体現したいという意思もあった。だからこれだけたくさんの製品が出たという側面はあると思うんです。でも彼はやり尽くした感はなくて、これからも出したいと思うだろうし。今だって「ApplePico.com」とかいうドメインをアップルが取って、もしかしたら今年中に全く新しい製品が出るかもしれないと言われていたりとか。先ほどアップルは最大のスタートアップと言われていましたけど、やっぱりスタートアップ魂はすごいあって、どんどん新しい製品を作りたいし、そのアイデアの大部分は多分まだジョブズの中にある。
ただ、先ほどのファッションブランドの例えは非常にその通りだなと思っていて、楽しみでもあるんですね。ジョブズが一線を退かないかもしれませんが、退いた数年後とか、ジョブズが辞めた後に新しい血が入ってきて、アップルがより良くなるかもしれないということです。そこはすごく楽しみだなと思っていて、ジョブズがいなくなるから「もうダメだ」と、必ずしもそうではないと思います。
■「盛田のいないソニー」
井上: ひとしきりジョブズ話も出てきたところですが、ユーザーの皆さんにアンケートで聞きたいと思います。クエスチョンです。「あなたはスティーブ・ジョブズのことをどういう風に思ってますか?」。4択です。1.「天才・神だと思う」。2.「優秀だとは思う」。3.「あまり功績は分からない」。4.「ジョブズなんて人、そもそも知らない」。4択でお願いします。もう(コメントに)「神、いわゆるゴッドです」とか出てますね・・・。
いちる: 天才と神とはだいぶ違いますよね。神は人じゃないですものね。
林: 4番に注目ですね。ジョブズを知らないのにこの番組を見ているのはどういう人だろう。むしろ格好いいですね。
井上: 知りたいのかも。ジョブズとかアップルのことを。
井上: あ、出ましたね。やっぱり今日のユーザーは(ジョブズ、アップルを)好きな人が多いんですかね。「天才・神だと思う」が半分来ましたね。「優秀だとは思う」、ちょっと上から目線の人が35%。
森: 随分、偏ってますよね。
井上: 「あまり功績は分からない」方が1割で、「ジョブズを知らない方」が5%くらいということになりました。「天才だと思う」あるいは「優秀だとは思う」という方は、ジョブズさんがいなくなった後のアップルはどうなっていくと思いますか? コメントでぜひ書いていただければと思います。あるいはコメントの中で「一番アップルらしいな」あるいは「ジョブズプロデュースらしいな」と思う製品は皆さん何ですか? 知っているところで言っていただければと思います。僕はCube(Power Mac G4 Cube)ですか。あれ出た時びっくりして、欲しいなぁと思ったんですけど。
いちる: デザインは素晴らしいですよね。
井上: 即2ちゃんねるで、ドアを閉めたら勝手に動くというのを見て。これはなぁ・・・と思って買い控えたんですけど。その直後にニューヨークのメトロポリタン(※編集部注:ニューヨーク近代美術館)に永久所蔵とか言われて、買っときゃよかったと思って。それからヤフオクみたらえらい値段がついてやがるんですよね。ふざけやがってと思って。
森: あれもNeXTcubeの時のリベンジですよね。
柴田: そうですね。
井上: NeXTで、試してましたもんね・・・。
森: それをどうしてもやりたかったんだと思うんですよね。
いちる: 黒から白にしましたもんね。今ちょっといいのが出ていましたね。「盛田のいないソニー」ってどなたかが(コメントで)言っていて。ソニーって確かに80年代とか、盛田(昭夫:ソニー創業者)さんのカリスマって今考えると、やはりすごくて。
林: スティーブ・ジョブズも誰も鏡にしている人がいなかったかというとそんなことなくて、やっぱり盛田さんをやはりすごく尊敬していた。
井上: そうなんですか。
林: 戻ってすぐの時もずっとソニーにいたということを聞きました。
井上: たまたまこの間ソニーの方と話をする機会があったんですけど。自分が『ソニー病』という本の中で書いてたんですけど、ウォークマンというのは製品じゃなくて、新しい生活体験とか生活のスタイルというものを作ってしまったと。最初の製品の意図はどうだったか分からないけど、そういうものになってしまった、存在になってしまった。例えばiPodとかiPhoneとかも、そういう新しい生活スタイルみたいなものを生み出してしまった。その辺を結構ソニーの人は意識しているらしいんですよね。あれをやられてしまった。われらができなかったのは忸怩(じくじ)たる思いだ、というのが・・・。
いちる: いまだにそう思っているんですか?
井上: 思っていらっしゃるみたいです。
林: 盛田さんは工場とかにもやってきて、下の社員と話をした。やっぱり盛田さんとかの時代のソニーはすごい。あれがアップルの原型のようなところがあると思うんです。ソニーだけに限らず、日本の今の家電メーカーももともとは皆スタートアップじゃないですか。
井上: 松下(電工)さんも、古河(電気工業)さんもそうでしたね。
林: それが大企業化していくにつれて、そこにいろんな建前がとか、上手く回していくためにシステムを作って、効率化のためのシステムだったのに、いつの間にかシステムがルールになってしまって、そこに縛られて。本当はこうなんだけど、「しょうがないかこういう組織だし」とか、「ほかのカンパニーに迷惑かけるし」とかそんなこと言って、本当にいいものを目指せない体制が出来ちゃった。
井上: チャレンジがなくなると言いますかね。
森: ソニーもSME(ソニー・ミュージック・エンタテインメント)があったからですよね。あったからケアしていたというか・・・ハードディスクで出来たと思うんですよ、iPodなんて。
■コミュニケーションせずにチャンスを失う日本社会
林: それももしかすると、こっちはこっちで別にそんなの構わないねと思ってるかもしれないけども、『iPhoneショック』という本を書いた時に、いろいろ取材した。本当に悔しいのが――アップルじゃなくて日本の企業で申し訳ないのですが。日本の企業って、メーカーの例えば企画とかエンジニアの若い人たちに、すごい優秀な人いっぱいいるじゃないですか。「こんなすごいいいアイデアを持ってるんだ。でも俺たち上司に提案しても、どうせ蹴られるからな」と言って提案さえしない。
井上: 出さないんですか?
林: というのがすごく多い気がするんです。で、上司の人たちに聞いてみると、「全然下から面白い提案が上がってこない」と。上司の人たちが、例えば携帯電話だったら、「日本は全部キャリア主導なんで、われわれが何をやってもダメなんですよね」と愚痴を言っている人が多い。キャリアは本当にそうなのかと思ってキャリアに行くと、キャリアはそうではなくて、「全然メーカーから面白い提案が出てこない」。もし面白い提案が出てきたら、例えば「らくらくフォン」ってある。あれは「俺たちが提案したんじゃなくて、メーカーさんが出してきた面白いものだったから、われわれはそういうものだったら、全然これまでのルールを破ってでも受け入れるんだ」と。結構日本では壁がいっぱいありすぎて、コミュニケーションしないでチャンスを失っていることがすごく多い気がするんです。
いちる: 僕がとある大企業、大きめの企業で働いていた時も確かにそうだったんですけど。僕はガンガン言う方だったので言うじゃないですか。すると上司の人は「すごい。これは会社の人に言おう。だから、ここの資料をちょっとこう書き直してもう一回出してくれるか」と。そういうのが100回くらい続くんですよ。
そのうち資料のバージョンがどんどん増えていって、嫌になってくる。モチベーションを削いでいくんですよ。「これは素晴らしい。最高だ。でもここを直してくれ」みたいなのがやたら多いんです。「こっちの部長に話を通すために、ここの1枚目はちょっとここを直したほうがいいかな」みたいなものがたくさんあって・・・。
林: それで言うと・・・ここ脱線して大丈夫なのかな? 僕は日本が悔しくて、メーカーとかが。日本って本当にそんなダメな国になっちゃったかというと、実はすごい優秀な人はいて。いつの間にか日本って「なでしこ(サッカー日本女子代表)」もそうだし、メジャーリーグ見ても結構すごい有名な、優秀な人たちがいるじゃないですか。例えば僕デザイン好きなんで、「ミラノサローネ」っていうデザインのイベントで、毎年4月にミラノに行くんですよ。日本の工業デザイナーってまさに神ですよ、ヨーロッパに行ったら。日本では評価が低すぎるんじゃないかな、日本のアーティストも。
日本は個人プレーだとすごい優秀な人が大勢いるんですよね。でも組織になっちゃうと、90年代とかに作った組織が社員のモチベーションをそぎ落とすは、何かこううまく建前とかでがんじがらめにして、「俺がこの会社を変えるんだ」と入ってきた若い人たちが、何年後には「あの会社は何やってもダメ」と言って辞めていってしまう。そういう組織づくりになっちゃったんじゃないかと。
井上: それはでも、霞が関でも永田町でも聞きますね・・・。
林: それは多分、日本だけじゃなくアメリカでもあると思う。アップルはそういうナンセンスなものはやめよう、という人たちが結構集まってきて。
井上: 結束を維持できたというところが、やはりジョブズのジョブズたるところなんですかね。
■ジョブズと一緒に働くのはキツイ!?
柴田: ジョブズって基本的に人の目とか、人が俺のことをどう思うかとか全く気にしていない人で、人に嫌われることを厭わないという人なんですよ。だからそういうことができるんでしょうね。
井上: ある種、感情のファクターがなんかこう・・・。
柴田: 全然違うところにあるんですね。それはLSD(薬物)の体験から出てきたのか分かりませんけども、とにかく普通の人間の感覚とは違う。
井上: 鈍感なんですかね?
柴田: いや、分かっていると思うんですが。あえて人の嫌がるところを突くとか平気で、むしろ楽しんでやるんですね。
森: 伝記を読むと、大体周りの人から出てくるエピソードは、かなりキツイのが多いですよね。
いちる: 一緒に働くの、キツそうだなって。
森: 皆絶対嫌がると思うんですよね。
いちる: 先ほどのファッションデザイナーの例をまた出しますけど、ファッションデザイナーのトップってそういう人が多いですよね。俺のこれを作るために、素材から何から大変なことがあったとしてもこれを実現する! みたいな。
柴田: でも、それくらいじゃないと。やっぱり意思を通して、本当に周りの会社とか周りの人間に影響されないモノを作るというのは、本当にそれくらいじゃないと出来ないと思います。
井上: 「和を以て貴しと為す」とするわが国で、先ほど建前という話もありましたけれど、そういうのはどうなんでしょうか。生きづらいんですか、そういう人というのは。
いちる: かつてのソニーやホンダ、今もそうかも知れませんけど。日本にもそういう企業はいっぱいあったと思うし、今もありますよね。トップが目立っている企業というのは。創業者がいなくなった後で、その"イズム"をどうするかっていうのは、日本は「和を以て」が強くなりすぎちゃうということかなと思います。
柴田: それは結構問題ですよね。宗教なんかでもそうですけど、開祖が死ぬと、それを継いだ人が忠実に守ろうとすると、実は守っていることにならないというのがあって。改革する人だったら余計であって、変わっていくことに意味があるのに、その人が最後に言ったことを忠実に守り続けていたら、改革はそこで終わってしまう。じゃあ変えてもいいのかというと、どう変えていいのか分からないというのがあるので、本当に難しい。
林: 日本の家電メーカーもそこですよね、創業者だったら、これは間違ってもこれでいいんだという人が創業者だったじゃないですか。
■アップルで働いたアメリカ人に訊く「社内のジョブズ」
井上: なるほどね。そこでですね、実際にアップルでエンジニアとして働いていらっしゃったジョン・ギブスさんとネット中継がつながっています。じゃあ呼んでみましょう。ジョン・ギブスさん?
ギブス: はい。
井上: こんばんは。よろしくお願いします。ギブスさんはアップルにはいつ頃いらっしゃったんですか?
ギブス: アップルで働き始めたのは2007年の6月4日でした。iPhoneの販売のちょうど3週間前ぐらいでした。
井上: やっぱりiPhoneに関わるお仕事をされていたんですか?
ギブス: そうです。iPhoneはコンピュータと接続する時に同期、シンクロが出来ますね。iPhoneはMacだけでなく、Windowsにもシンクロできます。しかしアップルの中では、社員は皆Macしか使っていないんです。だからWindowsのシンクロをテストする社員がなかなかいなかったので、私のオフィスではWindowsのコンピュータが4台か5台くらいあって、Windowsと接続してシンクロをテストする仕事でした。
マニュアルでテストするのと、プログラムを作って、そのプログラムが自動的にiPhoneとつないで連絡先をいろいろ入れて、Windowsのアウトルックにもつないで、いろいろ連絡先を入れて、自動的にシンクロして(中身が)同じかテストして、自動的にリポートを出すというプログラムを作りました。
井上: なるほど。その働いていらっしゃる、シンクロの関連の仕事をされている時に、ジョブズさんとはお会いになりましたか? あるいはジョブズさんをお見かけになったりしましたか?
ギブス: ジョブズと会ったことはないですが、何回も見たことはあります。ジョブズのオフィスは隣のビルにあって。週に1回くらいはジョブズを見ましたね。
井上: ギブスさんがご覧になったジョブズさんは、どういうイメージ・印象でしたか?
ギブス: ジョブズは結構真面目な感じで、大体いつも1人じゃなくて、ジョナサン・アイブというデザイナーと一緒に、昼ご飯をとっていますね。アイブはデザインの担当、一番トップのデザイナーですね。で、ジョブズは皆ご存じの通りですけど、いつも同じジーンズとブラックのタートルネック・シャツ。いつもいつも、毎日同じような服ですね。それだけですね、本当に。
井上: そうですか。ジョブズさんの評価・評判は、アップルの社内ではどんなものでしたか?
ギブス: そうですね、例えば私たちがプログラムを作る時にはバグがありますね。で、そのバグ(の指摘)をもらう時には時々、「S・J・バグ」という文字が書いてあったんですね。その意味はスティーブ・ジョブズ・バグ。つまりスティーブ・ジョブズがiPhoneを使っていた時に、「あ、これはダメだ」と思ったバグをファイルして、そのS・J・バグが(なすべき仕事の)一番トップになったんですね。皆今の仕事を止めて、そのS・J・バグだけに集中して、それを直すまでは本当にほかの仕事を何もしなくて、そのS・J・バグだけですね。ただ、そのS・J・バグはいつも非常に大事なバグではなくて。例えば、「このオレンジの色が、ちょっと間違ったオレンジだからほかのオレンジ色に直して下さい」という風なバグもかなりありました。
森: それはテクノロジカルなバグではなくて、要するにジョブズの意見とかそういうことですね。
ギブス: そうですね、その通りです。
井上: なるほど。そのS・J・バグ、スティーブ・ジョブズのバグをつぶすのが最大の仕事なんだと、そういう風に見られていた。スティーブ・ジョブズさんは、社員からは怖がられていたんですか?
ギブス: iTunesの新しいバージョンが販売された時に、小さいパーティーがありました。私の上司の上司が降りてきて、皆のほう向いて「おめでとうございます」と言って。でも、その上司の上司の方は泣きました。皆びっくりしました。「なんで泣いてるんですか?」と聞くと、「スティーブ・ジョブズ・ミーティングで叱られました」と、「そうですか・・・」と皆思いました。おそらくiTunesのリリースは、1日ぐらい遅くて、だからスティーブ・ジョブズに叱られた。そういうミーティングが多いらしいですね。スティーブ・ジョブズがその人に「立って下さい」と。その人は立って、叱られて、座って、そういう風に終わるというミーティングがかなりありますね。
井上: その叱り方っていうのは、強い叱り方なんですか?
ギブス: 強いですね。名前を呼んで「あなたは、なんでこういう仕事なんですか? なんで遅いんですか?」。皆の前でその人を非常に叱って、何ていうかモチベーションスタイルというか、そういう叱り方がありました。
井上: なるほど。そのアップル社の、社内の雰囲気といいますか、社員の方の雰囲気というのは、やっぱりピリピリしてたんですか? それともリラックスして働いていましたか?
ギブス: そうですね、最初はアップルで働く前にパーム(Palm,Inc.)という会社で働きました。PalmPilotというPDAの会社ですね。アップルはシリコンバレーのほかの会社と比べると、社員が皆結構長いですね。シリコンバレーでは、仕事を変えるペースが早い。例えばある会社で1年間とか2年間働いて、そして次の会社に移動するというパターンが多い。でもアップルはほとんどそうじゃなくて、皆7年間、8年間、11年間が結構多かった。それはちょっとびっくりしましたね。
そして労働時間は結構長かったです。私は2007年6月4日に始めて、その次の金曜日の夜は朝の3時まで仕事をしました。iPhoneの販売のすぐ前ですね。でもほとんど皆文句言わないタイプです。私たちのグループでは、結婚して子どもが3人か4人いても全然文句を言わなくて、夜の結構遅くまでいて「アップルだからハッピーです」という性格の人が結構多いですね。
井上: そうなるとアップルにパームから転職されて、驚くことばかりでしたか? (画面がフリーズ)。止まりましたかね、ちょっと(中継が)切れちゃったかな。はい。かなり生の声が聞こえてきましたけど・・・どうでしたか? いちるさん。結構、感心されていることも。
いちる: なんか、一番熱血の頃の日本企業みたいですね。長いこと社員が働いていて。期間的にも、1日の時間という意味でも。
井上: 猛烈社員の頃ですかね。
いちる: そうですね。珍しいなと思いましたね、アメリカでは。
森: それ多分、昔、柴田さんが訳されたアンディ・ハーツフェルド(コンピュータープログラマー)でしたっけ。
柴田: 『レボリューション・イン・ザ・バレー』
森: ええ。あの中でもそういう熱気みたいなものが。
柴田: そうですね、長時間労働を厭わない、社員が本当にやる気になってやるっていう点では、日本の企業以上だと思いますよ。別に残業代が出るわけじゃないですからね。最初の初代のMac作った時には、週80時間働いてそれで結構だっていうTシャツをわざわざ作って着てたくらいなんで。
いちる: スタートアップって寝泊まりして仕事をする印象がありますけど、アップルぐらい大きくなってもまだそれだっていうのがすごいですね。
林: そうですね、例えば初代iPodとか、どれくらいの期間で作ったか知ってますか?
井上: いやいやいや。
林: 半年なんですよ。
井上: ほおー。
林: 最初はiTunesを出したのがきっかけで。スタン・イングとトニー・ファデルが、本当にアップルが音楽プレーヤーの市場に参入する価値はあるのかと調査しろって言って、3月ぐらいにスティーブ・ジョブズからゴーサインが出て、「じゃあ開発しろ、でも出すならクリスマス前だ」って言って、半年間で作ったんですよ。その間だからもうヘタすると1週間ぐらい会社泊まっているのも当たり前という状態になって、その代わり多分日本と違うのは、1個のプロジェクト、製品が出て、ある程度市場に並んでしばらく経つと、その間はバケーションが取れたりする。そこはちょっと日本企業と違う。
井上: 今のエピソードって、いわゆるその(ソニー創業者の)盛田さんの、テープレコーダーをまだ背負って歩くような時に、タバコの箱出してきて「この大きさじゃなきゃダメなんだ」って言ったのを彷彿とさせるようなエピソードですね。
■アップルへの転職と、アップルからの退職
いちる: でも一番気になるのは、なんでジョン・ギブスはあんなに日本語が上手いんですか?
全員: はははは(笑)。
井上: そこ食いつきますか。
いちる: どういうことなんだろう。めちゃめちゃ上手いですよね。
井上: じゃあ、ギブスさんにちょっと聞いてみて下さい。今つながりましたので。
いちる: ギブスさん、なんでそんなに日本語上手いのですか?
ギブス: (笑)。大学で日本語を2年間勉強して、そして5カ月間、留学生として日本に住んでいました。
いちる: 5カ月間日本に住んでいたんですか。
ギブス: 京都でホームステイファミリーと一緒に住んでいましたけど、日本に来る前にスタンフォード大学で2年間、日本語を勉強しましたから、それがベースになって。でも、高校でもちょっと自分で勉強しましたね。だからこう・・・ちょっと長いけど、まだまだ下手ですけど・・・あの、練習しています。
いちる: いや上手いですよ。でも、2年5カ月ぐらいでそれだけ喋れるのは、やはり語学力は相当にあると思いますね。
ギブス: 日本に(仕事含めて)住んだのは3年間ですね。その3年間の中で、日本語の先生と一緒に週2回ぐらい勉強して、日本語の能力試験を目指して勉強して、それは結構いい勉強になりました。
いちる: 資格も持ってるんですか? (日本語能力試験)1級とか。
ギブス: 1級に合格しましたから、一応持っています。けど、まだまだです。
井上: でもすごいですよ。ユーザーの人も、今皆、すごくギブスさんの日本語に食い付いてコメントがめちゃくちゃ出ています。今日、アップルとジョブズさんの話なんですけど、ギブスさんに今食い付いてますね皆(笑)。
いちる: アップル、ジョブズ、ギブスぐらいな感じで、今大人気ですね。
森: 何で、ギブスさんはアップルに入られたんですか? 自分からパームから行かれたんですか? それともスカウトですか。
ギブス: それはちょっと面白いストーリーがあります。アップルがiPhoneの開発をし始めた時にはエンジニアが必要でした。だから、二つの方法がありました。一つは、優秀なエンジニアを「iPhoneに移動しますからよろしくお願いします」という風にして、アップルのほかのディパートメント(部署)から集めたんです。二つ目は、他の会社でモバイル技術の仕事をしている人をリクルートしました。それで、一番リクルートされたのがパームで働く人でした。だから、私だけじゃなくてほかのパームの何人かがアップルの面接を受けました。なぜかと言うと、私がパームで働いた時に「Palm Treo」というスマートフォンを開発しました。アップルは、スマートフォンの経験が実際にある人を募集していましたから、パームの経験でレジュメを提供して面接に来てという流れでした。アップルで(仕事を)始めたときには、ちょうど同じ時期に3人くらいパームからアップルに移動しましたね。
井上: あるものをうまく自分の中に取り込んだんですね。
森: そうですね。ギブスさんのその技術が欲しかったということですよね、多分ね。
いちる: ギブスさん、今、どちらにいらっしゃるんですか?
ギブス: 今は、アメリカのミシガン州ですね。でも、12月1日に日本に帰ります。
井上: 今、(視聴者の)コメントでも「ギブス、日本に来いよ」とか、いっぱい出ていました。今見ていらっしゃる皆さん、ギブスさんと12月以降、直接会えますから。
いちる: ギブスさん、次のアップルのCEOになればいいのに(笑)。
ギブス: じゃ、レジュメを提供しましょうか(笑)。
井上: ギブズさんのファン、急に増えました、日本で。今は、アップルはもうお辞めになったんですかね。
ギブス: 今はアップルじゃないですね。なぜかと言うと、アップルで働いた時にちょうど日本に行くチャンスがありまして。今の仕事のチャンスが来て、上司は私が日本を大好きなことは分かっているんですけど、その時は日本のアップルの仕事はなかったものですから。いろいろと考えて日本に行って、ちょっとインディペンデント(独立)の、自分で携帯などのビジネスをしたいなと思って、それでアップルを辞めました。でも、それは非常に(決断が)難しかったですね。アップルは非常にいい仕事で、その仕事が好きだったんですけど。
日本に行く予定は、最初は1年間の予定でした。上司と会って「日本に1年間行きたいから、辞めたいと思います」と。すると上司は「その1年間が終わってから、ぜひ電話してください。戻ってください」で、オーケー。それで2008年8月から日本に1年間行って、日本にいて、これは続けたいなと思って・・・。もう3年間になりました。だから、アップルには戻らないと思いますけど、アップルの上司とはまだ仲がいいですから、将来的にはもしアップルにまた入りたい場合は入れますが、今の時点では日本で携帯サイト、iPhoneとiPadアプリを作るビジネスが結構好きですから。多分、息を引き取るまで日本にいると思います。
森: アップルのペイ(給料)はどうだったんですか? ギブスさん、アップルの支払いは良かったですか?
いちる: ストックオプションをもらったんですか?
ギブス: 結構良いですね。ストックオプションも、給料はシリコンバレーと比べると多分普通よりちょっとアップですね。10%か、15%ぐらい普通の会社よりアップですね。
森: 高いですか。
ギブス: 結構・・・もし経験のある人、例えば5年間、7年間の経験があれば結構良い給料が出ますね。
森: 具体的にいくらだったんですか?
ギブス: 普通のエンジニアは、例えば5年間以上の経験で、1年間は12万ドルぐらいは出ますね。
森: 12万ドル。
ギブス: 円ではいくらになりますでしょうか。
森: 今、(円高なので)良くないですね。
井上: 良くないですけど、当時、多分1,200万ぐらいいきますね、単純にね。今は1,000万、月100万ぐらいですかね。十分ですね。ギブスさん、日本にはドワンゴという会社とニワンゴという良い会社もありますので、またぜひ・・・。
森: それは一気に下がったりしてね(笑)。
井上: 本当にまた日本でお会いできることを楽しみにしております。どうも、遠いところ、ありがとうございました。
■ジョブズは「まるでジャイアンみたい」?
井上: ということで、やっぱりそれなりの社員には処遇といいますか、待遇は用意してるんですね。それも、やっぱりまだベンチャーらしさが残ってる感じは確かにしますよね。
いちる: ハードそうでしたね、話を聞いても。
井上: でも、さっきも出ていましたけど、やっぱり楽しそうですよね。
森: 楽しそうですね。そこがいいですよね。やっぱり熱がその場にあるというのは、皆働きたくなる、エンジニアがやりたいって、そう思える会社というのはやっぱり幸せですよね。
いちる: やっぱり仕事って週5日、1日8時間、10時間、12時間とかあるので、人生のメインを占めちゃうので、それが楽しく、情熱的に出来るようにっていうのはいいですよね。
林: 「こう話を通すためには、ここを何とかしてやろうか」と言うと、急にそのモチベーションがなくなっちゃうじゃないですか。
井上: 脇道の話ですからね、それって。
林: 「僕はこの専門能力で雇われたんだから」と言ってもそれ以外のところ、日本の企業で同じ職能で入ってると、結構やらなきゃいけない範囲が広かったりするじゃない。それがアップルは、その専門能力を買われて雇われたので、それ以外やらなくていいとかっていうので結構びっくりしたって人もいる。
井上: アメリカっぽいですよね。向こうのテレビ局とか、新聞社もそんな感じでしたしね。ただ、どうでしょう、「これをやるためには、ここの説得をしなきゃいけない」みたいなことを楽しむ、というのはないですかね。僕、それはそれで結構、何か・・・。
いちる: そういうのが好きな人はいるでしょうね。
井上: 何か、ハードルを越えるというかね、何かロープレゲーム(ロールプレイングゲーム)っぽい感じはしていたんですけど。
柴田: ただ、やっぱりアップルってトップダウンの会社だと思うんですよね。ジョブズの、こういうものを作ればいいというのがはっきりしていて。皆、結局言ってみればそれに従って作っているので、「こういうものを作ったらどうでしょう?」なんて上司に提案する必要もないし、そういう場は全然ないんじゃないかと思いますね。
いちる: それ、どうなんでしょうね。下から来たプロダクトってあるんですかね。
柴田: iPodか何か一部そういうところもあるかもしれない。ただ、ジョブズのビジョンというのがものすごくはっきりしているので、さっきの現実歪曲空間、現実歪曲場というのがあって、ジョブズって人のアイデアを聞いていると「それはダメだ」と1回目は言うんだけど、次に会った時には「俺が考えたんだ。これ、どうだ」みたいに言ってくる奴なんですよね。だから結局ジョブズのアイデアになっちゃって、手柄はみんなジョブズの手柄、それで誰も文句を言わないというのがアップルなんですよ。だから、特許もスティーブ・ジョブズ本人の名前で出ている特許が結構多いんですね。
井上: それは、創造的破壊とは全く異なることなんですかね。
柴田: 違うと思いますね。だから、トップダウンが非常に強い会社。全世界、日本を含めて、あれだけトップダウンの強い会社というのは、ほかにないんじゃないんですか。
森: そもそも、Macintoshのプロジェクトだって、ラスキン(ジェフ・ラスキン氏、Macintoshの開発立ち上げ技術者)がやっていたものを分捕っちゃった訳ですもんね。
柴田: だから、何でもそうだと思いますよ。
井上: 今、コメントにもありましたけど「まるでジャイアンみたいだな」と(笑)。
■『ファインディング・ニモ』の海藻エピソード
林: でも企業が一つにまとまって、どこか力を込めて頑張っていくためには、何か軸というか必要じゃないですか。Googleみたいな会社は、世界中の情報を整理してというミッションステートメント自体がそうなっているけれども、アップルでそれは何かというとやっぱりジョブズの価値観だと思うんですよ。
今年の夏の初めぐらいに『フォーチュン』というアメリカのビジネス雑誌が、アップルの潜入取材の結構深いのをやっていて。それを見ると、アップルの社員と話をしていると、最初は全然ジョブズと関係ない話をしていたけど、結局、最後はいつの間にかジョブズの話になってしまう。ジョブズと会ったことがない社員を含めて、90%の社員が、ジョブズが何を求めているか分かっているというか、少なくとも自分なりのジョブズが求めているものがある。だからジョブズ・・・アップルというのはミッションステートメントがない代わりに、価値の判断基準点というのが、これはジョブズが求めているものか、あるいはジョブズだったらこの品質でOKかっていうところに、結構向いている。だからなんでしょうね、それによってこう、皆が同じベクトルを向いてる部分がある。
井上: それは結構ディズニーに似ていませんか? ディズニーって常に――僕が取材に行った時も「ウォルト(・ディズニー)だったらどうするだろう」みたいなことが、結構共有されているんだと言っていました。
林: それで言うと、冒頭のほうの話に戻りますがスティーブ・ジョブズってもう1個会社、ピクサー(ピクサー・アニメーション・スタジオ)という会社を作っているじゃないですか。ジョブズのその完璧主義とか、そういった世界観とか、妥協しないっていうところを一番象徴しているエピソードを、ピクサーのジョン・ラセターという『カーズ』の監督、彼から聞いたんです。
『ファインディング・ニモ』って映画ありましたね。あの映画を作っている時に、ジョブズはエメリービルにあるピクサーに、クパチーノから自分のジェット機で飛んで来ます。で、毎月一回は飛んで行っては、試写室でラッシュという作っている途中の映画を見ている。ある時にスタッフとジョブズがラッシュを見終わった時、「あそこの海藻の動き、ちょっと不自然じゃないか」って言い出したらしいんですよ。するとエンジニアの人が「バレたか」って感じで、「確かに不自然だけど、あれを自然にしようと思ったら、映画の公開を1年延ばすか、これだけお金がかかりますよ。ちょっとここだけはどうしても出来なかった」っていうことを言ったらしいんです。ジョブズは、『白雪姫』みたいに映画は何十年経っても見続けるもの。たった1個のその海藻によって夢から覚めちゃう。それによって急にシラけちゃう。そんなものでお前はルーインしちゃって(ruin:潰して、ダメにして)いいのか、ということを言ったっていうんです。
井上: ルーインってかなりきつい言葉ですよね。
林: それと同じことをアップルでもやっているんだと思うんですよね。
■iPadが出てからの3年後に何が起こるか
井上: そうですか。まぁ・・・何でしょう。ある意味やっぱりわがままなんですかね。それとも、自分は消費者の欲しいものが分かっているとか、あと10年先を語ることが出来るみたいな、そういう評価、そういう風に自認していたところがあるということですけど。やっぱり自信家なんですかね、彼は。
林: 10年っていうのはね、どの程度まで深く見てるかっていう、実際その製品が何ミリ厚でとかってことまでは多分考えていなくて、「大体こっちのほうに世の中行くだろうな」っていうのは、テクノロジーに詳しいコンピュータ・サイエンティストだったら何となくは持っていると思うんですね。
井上: なるほど。
林: 多分それで言うと、僕もいろいろ記事とか書いていますが、やっぱりアップルってどういう会社かというと、いろんなイノベーションを起こしてきているけども、大体プロダクトを中心にして、何かのプロダクトを出したのをきっかけに、自分自身を転換していく会社なんですよね。
例えば一番最初、(ジョブズがアップルに)戻ってきてから一番最初に出てきたのは98年のiMacという製品、あれが薄利多売のベージュ色の箱っていう風になってしまったパソコンに一石を投じて。また、あと7週間で潰れかかっていて、「もうダメだろう、アップルは」って思われていた会社に、再び目を向けさせるきっかけになった。そこから3年経つと、98年に3足すと2001年ですよね。この年に出てきたのがiPod。それまでアップルはiBookだ何だかんだでデザイン的な工夫とかをして、Macを好きな人はすごい工夫は分かっていたけれども、「でも、それ所詮Macなんでしょ?」って世の中の90%は思っていて、どんなに頑張っても誰の目も向けさせることができなかった状態があった。それを変えたのがやっぱりiPod。
井上: しかもこの操作性ですよね。
林: そこから3年経った時、ちょうど実はジョブズはガンであまり活躍できなかったけれど、その前の年に、今アップルって世界最大の音楽を売っている会社ですよね。そのきっかけになったiTunesミュージックストアが始まったのが2003年なんですよ。で、その次に2003年にプラス3(年)だか4(年)だかするとiPhoneがあって、ここから家電メーカーになり、iPadが出て、今ビジネスの世界を変えようとしている。
大体3年おきサイクルぐらいで、アップル自身を変えるような製品を出して、自分自身を転換していく。そういう点では僕は本当、iPadが出てからの3年後の、今から2年後ぐらいのアップルが、ジョブズの殻すらも破って、新しいイノベーションを起こせるかっていうのは、実はすごい面白いことかなって思ってます。
■アップルの製品はイノベーションなのか?
井上: ちょっと皆さんのお話を聞く前に、今、興味深い話が林さんからありましたので、(視聴者の)皆さんにまたアンケートを取ってみたいと思います。「ジョブズのいないアップルはどうなると思いますか?」。答え、1番「さらに成長する」。2番「今とたいして変化はない」。3番「魅力がなくなり失速してしまう」。4番「そんなことは分かりません」。さあ、どうでしょうか。どういう風に皆さん思われるでしょうか。スケルトンっていう最初のiMacの時なんかでも、世の中に確かにスケルトンブームまで起きちゃいましたものね、柴田さん。
柴田: ただその・・ちょっと逆説的なことを言うようですけども、アップルって本当にイノベーションなのかっていうのは、ちょっと良く考えてみた方がいいと思います。イノベーションの定義にもよりますけれど、あれがイノベーションなら、日本の会社はずっと今までイノベーションを起こしてきただろうと。というのは、初めてアップルが作ったものというのは、ほとんどないんですよ。挙げられないと思うんです。
井上: アップルが世界最初ではないと。
柴田: 初めてあったものの中の間違っていた部分、世の中に受け入れられなかった部分を見据えて、それを改良して良くしていく、その繰り返しなんですよね。それが極端な方向に行くと、確かにまあイノベーションなんですけども。
井上: 雛形があって、それを良くする。ある意味での実用新案的なものですかね。
柴田: ええ。発明じゃなくて改良とか改善とか。改善の積み重ね、そういう意味では日本的な企業。
井上: 日本的ですね、改善ね。
柴田: それが、これから出来るかということ。
林: 僕がよくビジネス書の中で書いている、ジョブズのクオート(引用)があるんです。何か問題があってそれを解決しようと思った時、パッと頭に思い浮かぶ答えっていうのは、実はまだ全然複雑な状態だと。ほとんどの会社はそこで議論を止めてしまう。それがまさに日本の企業だと思うんです。「ちょっと使い勝手が悪いけれども、なんかもうとりあえずやった、出来た、出しちゃえ!」というのが、最近の日本企業、まぁ日本だけじゃなく世界中で。そこで、まだ問題を抱え続けて議論を続けていく。玉ねぎの皮を一枚ずつむくようにして議論を続けていくと、ある時、究極にシンプルでエレガントなものにたどり着くことがあると。ほとんどの会社はそこにたどり着くまでの時間や労力をかけていない、ということを言っている。
井上: まあそういう、何かセレンディピィティ(幸福な偶然)じゃないですけど、突然パッといくのはありますよね。
■「ジョブズ芸」は引き継げない?
井上: もう一回アンケート結果を出してもらえますか。「失速する」が43%ですね。意外と皆さん悲観的なんだなぁと思っていたんですけれど。わりと悲観的な見方をしているみたいですが、1の「さらに成長する」と思っている方は10%いないですね、9.1%。「大して変化はない」が25.7%。「魅力はなし、失速する」が43.5%、「分かりません」が20.6%ということでしたね。
当然どんな企業でも短期の――さっき薫陶を受けているって話がいちるさんからありましたけれど、役員レベルではもちろんそれは共有してるでしょうから、短期のところでの変化はあまりないとは思うんですね。多分、やはり7年、10年とかって、中長期から先というのはどうなるの? という時に、林さんは新しい血が入って、非常にダイナミックに変化する、楽しみもあるよというようなことを仰っていました。
いちる: ダイナミックに変化して、より良くなってほしいな、というのが正直な意見だと思いますね。
井上: どうでしょう、ダイナミックに変化するあれ(要因)はありますか。
柴田: 自分の価値観を他人に押し付けてでも通すだけの人がいるかという点、ティム・クックがそのビジョンを持てるのかというところにかかってるんじゃないかと思いますよ。
森: あとWWBC(Worldwide Developer Conference)とかそういうプレゼンテーションの場で、やっぱり皆がいつも待って、報道して、その場で売り出すとかありますよね。ああいう仕組みをティム・クックがやって、あるいはジョナサン・アイブだとか、そういう人がやってウケるのか? ということだと思います。
井上: あれはジョブズさんだけに許されたことかも知れません。
森: ええ。彼が出てきて「ハロー」って見渡して、ニコニコして、ちょっとポロっと言ってから、パッと入るじゃないですか。プレゼンテーションがあって、最後にこう「ワン・モア・シング」とかいつものがあって。そういう、皆が待っているお約束を20年ぐらいずーっとやっている、そういう彼の魅力がなくなった時に、ティム・クックが出てきて、なんか普通のマイクロソフト的な顔って言ったらあれだけども、こういう顔で出てきて、皆こう「わぁ!」って(拍手をして歓迎するように)なるのか。
井上: 確かにジョブズさんの、「ジョブズ芸」みたいなのって、今お話聞いていてもかなりありますね。自分の価値観を押し付けたりとか。
森: パッケージングだと思うんですよね。さっき柴田さんが仰っていましたけど、広告戦略とか、あるいはメディアでの対応も全部そうですけど、Macintoshを売り出す時の「1984」という広告もそうだし、あるいはPR的にメディアを使う、どういう風に記事を書いてもらうかとか、そういうことも含めて、ジョブズの昔の記事を読むと非常に巧妙なんですよね。すごく記者と上手くやって、上手く書かれないとバーッと文句をクソミソに言って、もう付き合いを切っちゃったりする。
いちる: 1984年に『PLAYBOY』の取材を受けたのが、この前日本語に訳されていたんですけど、確かに非常に象徴的な、例えば「家庭でコミュニケーション的な要素にPCを使うようになるだろう」的な言い方で、今のインターネットを予言していたりだとか、非常に示唆的な発言がたくさんあるんですよね。昔からそういう意味で発言もカリスマだった。
■日本でアップルのような企業は育つのか
井上: ユーザーさんから今のお話に関連するような質問が来ています。千葉県の男性の方から「日本でアップルのような企業は育つと思いますか。ジョブズ氏のような人は、日本で受け入れられますか?」。
いちる: ソニーはかつて、そうだったと思うんです。
井上: 日本でもそういう(企業や人が)育つ余地はもちろんあるし、もう既に育ててきたということですね。
いちる: あと周囲のスタートアップとかを見ていると、そういう気概のある会社はたくさんあると思います。
森: やっぱりさっきの話、いっぱい技術は日本でもあるんだけど、それを上手くまとめたり、魅力ある商品にどうまとめるかというところだと思うんです。それを出来ているというのが、なかなか少ないんじゃないかと思いますけどね。
井上: 同感ですけど、やはり日本ってちゃんとパッケージにして上手く売る、というのはあまり上手くないですよね。なんでですかね。
森: やっぱり気にしすぎなんじゃないですか、いろんなこと。消費者とかね。
林: 肥大化しちゃった家電メーカーさんなんかだと、ちょっと道が遠いですよね、修正してやるのが。ジョブズがアップルに帰ってきて何を一番最初にやったかといったら――一番最初にやったわけではないけど、三番目か四番目くらいにやったのが、40近い製品を一回ゼロにしたんです。ゼロにして本当に必要なのは何かといったら4つ。それが一番広い層を少ない製品でカバー出来ることが分かったので、そこに注力した。今日本のメーカーを見ると、製品ラインナップを言える社長は多分いない。
井上: 言えないですよね。
林: 社内競合も