『せんべろ探偵が行く』中島らも、小堀純/集英社文庫
これをするようになったら酒飲みも一人前、という行為の筆頭が「せんべろ」ではないかと思うが、その言葉のルーツとなったのが、本書の元本『“せんべろ”探偵が行く』だ。ちょんちょんがついていた。文庫化に際してちょんちょんが取れたということは、この7年の間にそれだけ「せんべろ」という言葉が一般的なものとして浸透してきたことを意味しているのでしょうなあ。

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せんべろは、ほどよく枯れたオヤジ同士の合い言葉。
エキレビを読んでくださっている方の大半は、おそらくまだ若く、品行方正な方ばかりだろうとお見受けする。したがって、せんべろなんつう言葉には聞き覚えがない、という方も多いことだろう。せんべろ、とは何か?
千円札一枚あればべろんべろんになるまでお酒が飲める店。あるいはそういう飲み方のことを、酔っぱらいオヤジたちは半分の誇らしさと、半分の自虐心をもって「せんべろ」と呼んでいる。

そんなせんべろの名店を、中島らも率いる“せんべろ探偵団”が訪ね歩いた道中記がある。『“せんべろ”探偵が行く』(2003年10月/文藝春秋社)だ。ターゲットは彼らの本拠地である大阪だけに留まらず、東京は北千住、赤羽、東十条、横浜の黄金町、名古屋の大須、神戸の三宮などなど、全国各地のせんべろの聖地に繰り出しては、酒とともに交わされた1ミリも人生の役に立たない会話を記録した、発酵しまくりの名著である。

それが、めでたく文庫化された。
ご存知のように、中島らもは2004年7月に階段から転落した際に負った脳挫傷が原因で、この世を去っている。それ以後、せんべろ探偵の面々と家族は毎年命日になると集まり、彼を偲んで酒を酌み交わしているというが、何かにつけて飲みたい人たちなので、『“せんべろ”探偵が行く』の文庫化が決まった際にも、それを記念して飲み会が行なわれた。その様子も、この文庫版『せんべろ探偵が行く』には収録されている。

ところで、せんべろな飲み方を愛する人というのは、驚くほど多い。ちょっとネットで検索してみれば、有名な「居酒屋礼賛」(本書の中にも登場する)をはじめとして、自身が訪れたイイ塩梅の居酒屋を紹介しているブログは、いくらでも見つかる。かくいうわたしも、仕事がヒマなときを見計らっては、同好の仲間と共に朝から飲める店を順繰りに飲み歩く「せんべろツアー」を、たびたび開催している。

我々の「せんべろツアー」も楽しさでは相当なもんだと思っていたのだが、しかし、中島らも一派には、やはりかなわなかった。本書に出てくる「せんべろ探偵」たちの会話の魅力たるやどうだろう。少し長くなるが、引用してみよう。
※文中の「大村」というのは、らも事務所の大村マネージャー。「小堀」というのは編集者にして、本書の著者でもある小堀純氏のこと。

大村 一人で飲みに行ったら、よくアテって食べますよね。一人やから呑むか食べるか煙草吸うかしかすることないから、間がもちませんよね。こうやって人数がいると何も食べなくても平気ですね。
小堀 喋ったりするからや。
大村 一人でこれ(ピリ辛コンニャク)ニラんで呑むゆうのは淋しいですよね。
小堀 おれも一人で立ち飲み行くけど、つい二、三品アテを頼んでしまうな。ああ、やっぱりポテトサラダも食いたいなとか思って。
大村 ほんで食べちゃうでしょ。ニラんでる間ないでしょ。
小堀 間、ないなぁ。おれ、煙草吸えへんから余計、間がもてへん。
大村 煙草吸われへん人は大変ですよね。煙草吸えへんかったら、どうやって間を持たせてええんか想像もできへん。らもさんは煙草と酒、どっちが先やったんですか?
らも 一緒。
大村 一緒って全く同じですか?
らも うーん。煙草の方がちょっと早いくらいかな。あんまり変われへん。
 と、ここで大村アトム、ピリ辛コンニャクにはしをつける。それもコンニャクを一ぺんに五、六本口に入れる。
らも あ! 何をするんや! 君は!
大村 え?(コンニャク)食べたらアカンかったんですか?
らも 減るやないか。

この人たちは、何をしに飲み屋に行ってるのか。だけど、とてつもなく楽しそうだ。こんなに楽しそうに酒を飲む人たちを、わたしは、わたしの友人以外では知らない。

せんべろ探偵の本人たちも相当に濃いのだが、そんな彼らが足を踏み入れる店が、いちいちまた濃厚に煮詰まっている。
大阪は新世界。通天閣の真ん前という鼻血の出そうな立地にある「やまと屋1号店」の看板には、「新世界名物 安さにビックリ! 味見てコックリ!」という心躍るコピーが書いてあり、その下には信じがたい一言が添えてある。

「酒ただ」

どういうことかというと、酒を二合飲んだお客さんには、もれなく酒一合が無料でついてくるというのだ。二合分の料金で三合呑めるというわけ。米の麹がどうしたとか、ナントカ山の伏流水がどうしたとか、フルーティーな飲み口が……とか、そういう小賢しいウンチクとはまったく関係なく、一滴でも多く呑めることが最大の価値になっている世界が、そこに広がっている。
おまけに新世界の薬局では、胃腸薬のソルマックさえも3本買うともう1本ついてくるらしい。まったくどうかしている! どうかしているが、移住してみたい。

神戸の新開地にあって、激安で知られる人気店「赤ひげ」での会話もおかしい。
「せんべろ」というぐらいだから、一軒につきひとりあたり千円でべろべろにならなければいけないのだが、つい、たのしく飲んでるうちにおつまみを頼みすぎたりなんかして、千円を超えてしまうことがある。それを「借金」と表現して、つぎに行った店ではその借金分を引いた額(つまり千円以下)で済まさなければならないのだ。
そんな厳しいノルマを背負った彼らが、「マグロの変わり焼き」がひと串30円であることに感動し、「今日は“せんべろの良心”も“原点”も守れそうだ。ついでに借金も返せたりして」などとよろこんでいる様は、もう本当に何というか、バカを通り越して愛おしい。

神戸の「赤ひげ」はわたしも行ったことがあるが、本当にいい店だった(あくまでもせんべろ的な意味で)。他にも、この本にはイ〜イ店がたくさん登場する。どのようにイ〜イのか、ひとつひとつ説明しているとキリがないので、小堀氏の言葉から引用しておこう。

「さすらい歩く私らせんべろ探偵だが、ただ安けりゃいいというものでもない。気持ちよく呑める店の雰囲気があって初めて“せんべろ”が成り立つ。歴史ある落ち着いた店であれ、できたばかりの新店であれ、一見の客でも気さくに呑ませてくれる雰囲気が店内にないといけない。いくら安い立ち呑みであっても店内が荒んでいては酒がマズクなる。安くて、うまくて、雰囲気がよく、その上でその店にしかない独特の個性、ロケーションの良さがあれば云うことない」
(とみさわ昭仁)