『サッカー少女 楓』高橋陽一/講談社
こちらがヒロイン・楓(かえで)ちゃん。一部ネット上で「バットで殴られてる岬くん?」ってささやかれてるのは高橋先生には内緒で!

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ダッシュダーッシュダッシュ!

「高橋陽一先生の書き下ろし小説、緊急発売!」 その一報を聞いてまさに私はダッシュしましたよ、本屋に。目指すゴールは『サッカー少女 楓』。
世界的サッカー漫画『キャプテン翼』でおなじみの高橋陽一先生の新作は、なんと漫画ではなく小説。サッカーを愛する高校生・楓と仲間たちの成長を描いた青春サッカー小説だ。当初9月中旬発売予定だったものが、なでしこジャパンが戦う五輪予選にあわせたかのように2週間以上も繰り上げて緊急発売されたのです。
でも誤解はしないでください。ブームに乗っかったんじゃないんです。だってそもそも、このなでしこブームの一翼をになっているのが高橋先生であり、楓ちゃんなんですから。

本作品の主人公・楓は、なでしこジャパンを応援するためにW杯以前の5月に誕生した日本サッカー協会公認のキャラクターで、モデルはなでしこジャパンで主将を務める澤穂希選手。「翼くんが10番なので違う番号にしました」と高橋先生が選んだ背番号8は、所属チームで澤選手が付けている番号。横にすると「∞(無限大)」というこだわり。実はW杯で優勝を決めた澤選手が掲げた日の丸にも翼くんと共に描かれていたのがこの楓ちゃん。既に世界デビューも果たした存在であり、いってみればこれは「凱旋デビュー」なのです。

詳しい内容はぜひ読んで確かめていただきたいですが、私が注目したのは往年と変わらない「これぞ高橋陽一ワールド」が随所に描かれていたこと。

・食パンをくわえてあわてて駆け出す登校シーン
・勝負に勝って「持っていけ」と渡されるリンゴ
・なかなか想いが通じ合わない幼なじみとの恋愛
・竹刀を片手にランニングを追いかける鬼コーチ
・高橋作品には欠かせない魔法の言葉「なにィ!」

いやー、もうなんか昭和に戻った気がしましたもん。ここまでやっていただけると「ベタ」を通り越して「様式美」「伝統芸」に思えてくるから不思議です。とくに「なにィ!」が出てきたときには読んでて思わずサンバのリズムになりましたよ。まさか小説でもお目にかかれるとは。
※注)『キャプテン翼』を読んだことのない日本国民はいないと思いまずが一応説明しておくと、必殺シュートが飛び出したり場面が転換するときに用いられるセリフというか擬音というかマークみたいなのが「なにィ」。『大長編マンガ全貌調査』によると初代『キャプテン翼』全37巻で合計574回、一巻あたり15.5回使われているという。

最近の高橋作品(といってもワールドユース篇以降の『キャプテン翼』ですけど)は、ネタにされることばかりで内容はちょっと…というのが正直な感想でした。やれ頭身が凄い、大ゴマばかり、必殺技に次ぐ必殺技、FCバルセロナvsレアル・マドリーという地球上でもこれ以上のない対戦カードを描いてしまってこの後何を描くのか、etc. 高橋先生自身、インフレしまくったこの状況を悩ましく感じていたと思うのです(でも、それを乗り越えて描いちゃうのが高橋先生の凄いところですが)。
でも、この『サッカー少女 楓』はゼロからスタートできる新たな物語であり、小説という新たなジャンル。さんざんネタにされていた点からも解放され、高橋先生も久々にのびのびと書けたのではないでしょうか。読む前は「“とんでもサッカー小説”になってるんじゃぁ」という一抹の不安を抱えていたもののそれも全くの杞憂。男子とのレベルの差に悩みはじめた楓がイチから女子サッカー部を立ち上げていく姿は、サッカーをする場が整備されていないという今の女子サッカーの現状にも即していてすんなり物語に入っていけます。必殺シュートは出てきませんが、随所に高橋先生ならでのはサッカー愛が描かれていて、今回のなでしこブームで女子サッカーに興味をおぼえた方にこそ、サッカー入門書としてオススメです。

最後に、内容とは別なところで注目したい点をひとつ。それはこの作品が集英社ではなく講談社から発売された、ということ。高橋陽一先生の作品が読めるのはジャンプだけ!だとはもはや思ってませんでしたが、講談社がくるとはちょっと予想外。でも、冷静に考えてみると当然の結果か。だって集英社にしてみれば、楓ちゃん描く暇あったらキャプ翼の続きをとっとと描いてよ、ということになりますもんね。
講談社からの小説発売。これって講談社のどこかの雑誌で『サッカー少女 楓』漫画化決定フラグと見ていいでしょうか。
女の子が主役だから「なかよし」? でもちょっと読者層が違いすぎるのが気になるところ。でも「マガジン」には『エリアの騎士』が、「モーニング」には『GIANT KILLING』が、「ヤンマガ」には高橋先生と並ぶサッカー漫画の巨匠・塀内夏子先生が『コラソン』を連載中!とサッカー漫画枠は今のところいっぱいの雑誌ばかり。ということで残されたのは「アフタヌーン」か「イブニング」? さあ、この予想、どうでしょうか講談社さん。期待してます!
(オグマナオト)