新聞・テレビは、私たち国民が知りたいことをわかりやすく報じているのだろうか。3月11日に起きた東日本大震災、そして福島第一原発事故後、メディアから流れてくるのは、「ただちに健康に影響はありません」「確認中です」等々、国民を不安がらせる官僚用語の垂れ流し。新聞は事故の責任より政局のお家事情と、原発事故のわけのわからない用語とデータで読者を翻弄しているのではないか――エッセイストの神足裕司(こうたり・ゆうじ)氏が解説する。

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 私が一番ビビった瞬間は、3月12日。大地震翌日の午後4時過ぎ頃。NHKのスタジオで2人の男が「ありえませんねぇ」とのんきに(そう見えた)言い合った時だ。

 映し出された写真で、福島第一原発1号機の建屋が鳥かごのように骨組みだけになっていた。チャンネルを替えると、裏で日テレが爆発シーンを何度も流していた。現場にいた東京電力社員でなくともこの世が終わったと感じた。

「爆発だ」「チェルノブイリだ」「それ逃げろ」「いや、今は外に出るな」と関東圏の住人が恐怖のどん底に陥った一番大事な時にメディアは「ありえませんねぇ」かよ。これでは何も言わないに等しい。

『福島第一原発事故と放射線』(NHK出版新書)に、あの時スタジオにいた水野倫之解説委員が心境を書いている。

「この時の放送を見ていた国の関係者に言われました。『踏み込んだ発言だったね』と。彼が言いたかったのは、少しでも状況が違えば、私の口走ったことは後々に『パニックを助長しかねなかった』などと言われ、問題にならないか心配したのです」

「踏み込んだ発言」とは、屋外にいる人に屋内退避を、原発10km圏より外にいる人に原発から離れろと呼びかけたことだそうだ。

 チェルノブイリ原発事故では事態収拾に当たった作業員5万5000人が亡くなった。ウクライナの市民団体は死者150万人と推定する。

 それだけの危険にさらされた「視聴者のみなさま」を前に、「踏み込んだ」とか「後々問題に」と、自分らの対面ばかりを彼らは気にする。

 水野解説委員に恨みがあるわけじゃないし、解説は他のメディアに比べてもわかりやすかった。けれど、その報道スタンスはやはり長年の大マスコミ病が染みついていたのではないだろうか。

 まず、最悪の事態を想定し、間違っていたら詫びる姿勢が正しいのに、体面をつくろって危機報道を小出しにする。このことは、緊急避難地域を5km、10km、20kmと小出しに拡大して国民の不信感を増幅した政権と何の違いもない。

 しかもその夜、現われた枝野官房長官は「(建屋は)ないよりあるにこしたことはない、程度のもの」と応えた。私の恐怖は宙ぶらりんになった。宙ぶらりんのまま現在に至っている。

「ただちに重大な健康被害はありません」という、誰も責任をとらずに済む便利な言い回しも発明された。誰が見ても完全な事故が、どういうわけか「事象」という言葉に置き換えられた。こんな政府の文言をメディアは鸚鵡(おうむ)返しに伝えた。

 あれから4か月を振り返って、してやられたの思いがある。今でも福島原発事故は、放射能は怖いのか、怖くないのか、わからない。政治と大メディアが鉄壁の連携プレーで真実を隠し通したからだ。

※SAPIO 2011年8月3日号