■好調栃木に初黒星をつけた大分の奇襲

J2第12節、ホームで大分が迎えたのは開幕以来負けなしの栃木。知将・松田浩の戦術が浸透し円熟期を迎えつつある相手を、新人監督・田坂和昭が、平均年齢22.3歳、総勢25人というメンバーを率いてどう迎え撃つのかと注目していた。終了間際にドローに持ち込んだ第10節徳島戦、逆に90分間リードしながらロスタイムに2失点し敗れた第11節鳥栖戦と、いずれも指揮官の狙いをピッチで反映しきれなかった印象はあるものの、大分の試合運びからは着実にチームコンセプトが見えはじめている。経営難により経験豊富な選手を擁することができず戦力も潤沢には揃えられないクラブの実情を鑑みると、ここまでの1勝2敗2分という成績も、苦しいながら想定の範囲内と言っていい。

これまで、一戦終えるごとに課題を設定し次節までにそれをクリアする流れを几帳面に守ってきた。選手の特性や状況により4-4-2と4-2-3-1の布陣を使い分けながら「練習でやってないことをぶっつけ本番では決してやらない」と、頑なまでの堅実さを見せる。だからこそ栃木戦では「してやられた」と舌を巻いた。変則的な練習はあったが、アンカータイプがいないので4-3-3はないと踏んでいたのだ。蓋を開けてみるとMF宮沢正史を底に配置し前線に右からFW前田俊介、森島康仁、チェジョンハンを並べた布陣。実際には両脇が下がり気味で3列目の土岐田洸平、西弘則と流動的に入れ替わる4-1-4-1にも見えた。

選手にとっては攻守の切り替えを徹底しやすいシステムだったかもしれない。栃木の得点源FWリカルド・ロボを抑えながらアンカー宮沢が楔を入れれば、森島が起点となり西や前田にボールを散らして、サイドを変え揺さぶりをかけた。決勝点は左SB安川有が走り栃木DFを引きつけた隙にチェが中に切り込んでのゴール。相手の不調にも助けられたとはいえ、戦力の特長を生かした戦い方で首位チームに初黒星をつけたホーム戦は、大きな意味を持つ一勝となった。

■愛情と信頼に裏打ちされた戦術構築

田坂は監督就任当初からアグレッシブサッカーを標榜していた。選手の力量や相手との兼ね合いにより思い通りにならないことも多いが、この指針が覆されることはない。鳥栖戦後、CB作田裕次は「結果は出ていないが監督がブレないので信頼してついていける」と言った。守備が弱いと言われていた前田や西が前線で執拗なチェイスを見せるようになり、ここ数年低迷していた森島から迷いが消えた。

その信頼関係は田坂の細やかな仕事が築いたものだ。たとえば栃木戦前の練習後の、左SB安川への連日のセンタリング指導。田坂自身は指導の理由を「不細工な蹴り方してたから」と笑って流したが、前節で不運にもロスタイム2失点の直接の原因となり落ち込んでいた安川にとっては、メンタル面での救いにもなったはずだ。

多くの選手をコンバートしていることにも注目したい。元はFWで昨季はサイドで出場していた土岐田の、バランサーとしての特性を見極めてボランチへ。安川はCBから未経験のSBへと移り、試合を重ねるごとに目覚ましい成長を見せている。JFAアカデミー1期生のボランチ幸野志有人の足元の技術を見込み、前田との交代要員として起用。宮沢をアンカーに置いた栃木戦の布陣も、選手個々のコンディションを綿密に把握していたからこそ実現した戦術だ。余談だが幸野は栃木戦の11日前に18歳の誕生日を迎えたばかり。リーグ発足18周年当日に初出場を果たさせたことはさすがに計算ではないと思うが、田坂の周囲への配慮ぶりは、それさえも粋な演出かと勘繰らせてしまう。

■自ら退路を断つ理論派勝負師の今後は

インタビューに応えて「コーチのような監督でありたい」と語ったことがあった。「自身の現役時代にこんな監督がいてくれたらいいと思ったような監督に」。31歳で選手生活にピリオドを打ち指導者としての道を選んだ田坂の、育成と指導にかける思いは強い。