現在フリーアナウンサーの宮本隆治(59)はNHK時代に紅白歌合戦の総合司会を6年連続で務めたことで知られる。その当時はジャニーズの人気グループ、SMAPもブレイクした頃であり、紅白にも大きな影響を与えていたことを宮本アナが明かした。また同時に、「紅白歌合戦」という番組がいかに“尋常でない緊張”を強いる現場であるか、その実態を激白した。

宮本隆治(りゅうじ)アナは1973年にNHKに入社しており、その時から目標として「紅白司会者」を目指していたという。やがて1995年で初めて紅白の司会となって以来、2000年まで6年間連続で務めたのだ。
特に、1998年から2000年の3年間は人気女子アナのクボジュンこと久保純子と共に司会を務めた。これにより“クボジュン”の人気はさらにアップしたのである。この時に宮本から様々な指導をしてもらえたことでクボジュンも宮本を尊敬しているそうだ。アナウンス界では彼を「クボジュンの育ての親」と呼んでいたほどである。

そこまで紅白司会者に関わってきた宮本アナが今も忘れられないのが紅白の進行を遅らせたことなのだ。7月13日に「笑っていいとも!」に出演した宮本アナはその時のことを語ったのである。

実は同番組のタモリも以前、紅白の司会をしたことがあり、紅白歌合戦という極めて特殊な番組を良く知っているのだ。タモリは「異常な番組ですよね。最初から“巻き”なんですよ」とその性質を表現していた。

NHKの番組製作は基本的に時間どおりにキッチリ進行する風潮があり、中でも紅白ともなると数秒たりとも予定からずれるとそれは“大事件”になるのだ。

宮本は紅白の司会としてオープニングを自分の声からスタートするということは「司会者冥利に尽きる」と彼はその時の心境を語っている。

ところが、オープニングになり出演者が入場して来る段階で、当時人気急上昇だったSMAPが登場すると、「ギャーーーーーーー!」という割れんばかりのファンの歓声で全ての音声が聞き取れない状態となったのである。「リハーサルでは上手くいったのに、本番では音が取れなかった」と宮本はその状況を思い出した。当時は今のようなイヤホン型のモニタもないので全く演奏も聞こえずにどの段階なのかが分からないのだ。ようやく、彼がオープニングのコメントを発した時は予定より“7秒間遅れていた”のである。その後はズッと7秒間押して進行していったという。

紅白を知るタモリは「10秒遅れると大変だからね『なんとかしてください』とスタッフが飛んでくる」とその状況がいかに緊迫したものかを解説した。

宮本アナが最初に紅白の司会となったのが1995年だが、SMAPが紅白に初登場したのは1991年で「Can't Stop!! -LOVING- 」を歌っている。彼らは以降ほぼ毎年出場しており1995年には「胸騒ぎ '96 」を、1996年には「SHAKE」を歌った。
宮本アナがSMAPと紅白で一緒になったのは1995年ということになるが、私の知る限りでは1996年の「SHAKE」あたりから彼らの人気は爆発したと記憶する。
つまり、歓声で宮本アナが入るタイミングが分からなかったのは1996年ではないかと考えられるのだ。もっとも、これはファンにすれば「胸騒ぎ '96 」の段階でも“歓声は割れんばかりだった”と怒られそうだが。

ところで、そのSMAPの中居正広は紅白の司会を通算で6回務めており、連続ではないにしろ宮本隆治アナと同じ回数となる。今年も中居が紅白の司会を務めると宮本アナを回数で抜く形となり、何か因縁めいたものさえ感じるのである。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)【関連記事】
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