可能性が「ある」って言い方。ずるいなって思う。
 
日本代表はベスト4に行くと思いますか?
ベスト16に行くと思いますか?
 
と問われたときに「可能性はあると思います」って答えられると、ガックリさせられる。 
可能性は「ある」に決まっている。
問われているのは、それがどれほどかってこと。
1%なのか80%なのか。50%以下なら難しい。可能性は「低い」と答えるべきだろうし、50%以上あると思えば、可能性は「高い」と答えるべきなのだ。
「ある」はいただけない。

「低い」と「ある」が、日本のサッカー界では同義語になれるわけだ。
否定的な考えを持っていても、肯定的に振る舞えるのだ。
嘘臭いとはこのことだ。閣僚の答弁を聞いているようだ。
「低い」と「ある」の使い分けを意図的にしない人は、これから来年の本番に向け、ますます増えそうである。「行ける!」という楽観的なムードはそれによってますます煽られる。

日本サッカー界は、この愚を性懲りもなく繰り返している。
 
フランスW杯。アテネ五輪。ドイツW杯。北京五輪。
フランスW杯は、グループリーグ突破の可能性は「ある」だった。
アテネ五輪は、なんとメダル候補だった。
ドイツW杯も、ベスト16の可能性は「十分にある」。 
オーストラリアには勝てるだろうという世論が形成されていた。
北京五輪は「メダルを持って帰ってきます」と、監督に言わせてしまった。
 
で、今度はベスト4だ。
「ある」と「限りなく低い」が、同義語として語られようとしている。

そうした嘘臭い社会にうんざりしている人は限りなくいる。
日本サッカー界に愛想を尽かしてしまっている人は。
サッカー人気低迷の最大の原因と言ってもいいかもしれない。
 
だから僕は、20%以下なら「低い」ではなく「ない」と言うことにしている。
先日も、「日本はベスト16に行けるか?」という、あるスポーツ雑誌のアンケートにしっかり「ノー」と答えておいた。
 
日本サッカーを取り巻く嘘臭い世界に対しても「ノー」と言いたくなる。
いい加減にしましょうよ、皆さんと言いたくなる。
 
少なくとも「可能性はある」はやめていただきたい。
即刻、使用禁止にすべき日本語だと思う。


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