■物語の核は、対局を通じたキャラの成長

---16話以降、ヒカル少年の変化に目をみはるものがあります。

神谷
 インターネットの囲碁対戦を経て、ヒカルが自分の実力にジリジリしてくる頃ですね。学校の囲碁部でがんばってもライバルの塔矢アキラは遠いところにいて悩ましく、「囲碁ってなんだろう、面白いのかな?」から「囲碁をやっていく!」と明確に決めてプロをめざしはじめる。そんなヒカルのまっすぐな強さが出てきたかなと思いますね。
あと、第16話以降僕が変えたことは、佐為の扱いなんです。
前監督の西澤さんは、師匠と弟子の関係で描いていたんです。
僕が監督になった時、実は一番意識したのは佐為とヒカルの別れなんです。原作を振り返った時、そこに描かれているのは師弟の別れではなく、等身大の親友が今離れていくという、2人の距離感が非常に密なものでした。なので、アニメでも徐々に師弟より親友の近しさに変えていきました。
第15話以前は、師匠としての輪郭を守るために、佐為のコミカルなシーンを意図的にはずしていたんだと認識しています。それを僕のほうでは積極的に拾いつつ、表情豊かな人間くささとして入れていきました。
なので、第16話〜17話はわざとらしいくらい感情的かもしれないですね。あるときは笑いあるときは泣く、人間らしい佐為をみせて、そこで視聴者の方に「変えていきますよ」というメッセージを伝えました。それが、交代した監督として一番のこだわった部分ですね。


---第16話はインターネットカフェに入って、ヒカルが佐為の代理としてネット碁を打つお話でしたね。

神谷
 幽霊の佐為は現代のインターネットに関心して、自分の名前でネット碁が打てることにおちゃめに喜んでいますよね。佐為役の声優、千葉進歩さんからは、「どの程度崩していいんですか?」と聞かれました(笑)どこまでコミカルにしていいか迷ったみたいですね。「まぁ、まずはちょっと録ってみようか」と一緒に調整しながら変えていきました。

---声優さんにも、変えていく旨オーダーしていたんですね

神谷
 まず千葉さんにお話しまして、ヒカル役の川上とも子さんにもお話して、2人とも大変うまい役者さんなので、柔軟に飲み込んでいただけました。

---アフレコの思い出などはありますか?

神谷
 そうですね、昨年6月に亡くなった川上とも子さんの話になってしまいますが。第60話『さよならヒカル』の収録時、僕自身は前の週で監督を降板しているのですが、佐為の最期にはぜひ付き合いたいと思い、ギャラリーとして参加したんです。
そのとき、アフレコが終わってから「あ、しまったな」と感じたんです。
何かというと、佐為が徐々に薄くなっていくシーンと、ヒカルが佐為の変化に気づかず、前日の疲れもあって眠そうに、そして若干邪険に佐為に言葉をかけているシーンがあったんです。それを、そのままシーン割りどおりに収録してしまったんですね。
千葉さんが演じる佐為の「遺言」を聞きつつも、自分はそれに飲まれず「眠そうなヒカル」を維持しなければならない川上さんの「演じにくさ」を、収録後に目をうるませていた川上さんの姿を見た時に気付いたんです。本番中は頑張って「眠そうなヒカル」を演じきって、本番が終わったところで感極まって涙があふれたんだと思います。
多分川上さん、収録の時も佐為の言葉に「ヒカルとして泣いていた」と思うんです。であれば「それに気づかず眠そうなヒカル」をそこで演じさせるのではなく、分けて録る選択肢もあったのにと。
もちろんそのシーンに対しての川上さんの「ヒカル」は的確でした。だからこそ今でもどこか申し訳なく、そして演じきっていただいたことに感謝しています。彼女の中で、ヒカルという役が確実に存在しているから出来たのでしょうね。川上さんも千葉くんも、すごく大切に役を作ってくださいました。