セリエA出場記録592試合を持つ名GK、ジャンルカ・パリューカは40歳になった。1988年にデビューして以来、サンプドリアで8年、ボローニャで7年、昨季はアスコリでキャリアを重ねた。だがやはりパリューカといえば、1994年から在籍したインテルでの5年間のイメージが強い。守備の国が生んだ世界最高レベルGKの一人だった。

インテルのロッカールーム、周りにはつねにスター選手がいた。パリューカ自身もその一人だった。サンプドリア時代に優勝した後、青と黒のユニフォームの袖に腕を通して165試合。自他ともに認める生粋のインテリスタでありながら、スクデットには届かなかった。パリューカは昨季の優勝をどんな思いで見ていたのか。

「すべてのインテリスタたちと同じ気持ちだった。深い満足感だったよ。自分がまだ小さかったとき、周りの子供は全員ミランかユベントスのファンだった。インテルを好きだったのは私だけで、全員を敵に回して喧嘩したものさ。ミランもユーベも気にくわなかった。いつだってね。昨季、ようやく私の心のチームが戴冠した。心から拍手を送ることができたよ」

パリューカは、今も97−98年シーズンの“あの事件”のことが忘れられない。残り3節、勝点差1で迎えたユベントスとの天王山。試合を裁いたチェッカリーニ主審は、PA内でFWロナウドを倒したユーベDFユリアーノに反則の笛を吹かなかった。さらに直後、微妙な判定で逆にユベントスへPKが与えられた。世論を二分する大議論が起きたが、インテルが優勝を逃したことに変わりはなかった。
「あの事件は犯罪的だったよ」【続く】

弓削高志