掘って入る野天風呂が楽しい。秋山郷で出会ったワイルドな温泉と一生ものの木の器(長野県・新潟県)
「秘境の温泉」というと、深山幽谷の地にある、たどり着くのも困難な隠れ里のイメージがある。切明温泉はそのイメージどおりの、まさしく秘境の温泉だ。アクセスは新潟県・津南町から国道405号線を辿り、1時間〜1時間20分程度。国道なのに道幅は狭く、くねくねとしていて、秘境ムードいっぱいだ。
縄文の気配が残る土地に湧く温泉

切明温泉の川原に湧く野天風呂
日本屈指の豪雪地帯だけあって、冬の間、秋山郷はすっぽりと雪に包まれる。だからこそ、雪解けとともに訪れる5月のまぶしい緑には、胸がスカッとするような開放感がある。東京方面から車を走らせると、景色がゆっくりと変わっていく。町の気配が薄れ、気づけば日本の原風景と呼びたくなる風景が目の前に広がっていた。
秋山郷は信濃川の支流、中津川の上流域にある13の集落(新潟側8、長野側5)の総称だ。急峻な谷あいに人々の暮らしが垣間見える、山深い里である。
苗場山と鳥甲山に挟まれた中津川の上流域は、鋭いV字の渓谷が続く。苗場山の溶岩流がつくり出した柱状節理の絶壁、石垣で組まれた棚田、200年以上前の茅葺き古民家――。車を進めるたび、景色が表情を変えていく。
最奥の切明温泉は江戸時代に開かれ、かつては「湯本」と呼ばれていた。栄村は信濃川(千曲川)水系の最上流部に位置し、 秋山郷には「縄文銀座」と呼ばれるほど遺跡が密集している。脈々と続く歴史がここにはある。
さらに、平家の落人伝説が残るほどの山深い秘境で、温泉も点在している。逆巻温泉や結東温泉は新潟県・津南町側に、小赤沢温泉、屋敷温泉、上野原温泉、栃川温泉、和山温泉、そして切明温泉は長野県・栄村にある。津南町から向かうのが一般的だが、グリーンシーズン(5月22日〜)には長野県・山ノ内町の奥志賀から入ることもでき、渋・湯田中温泉あたりと組み合わせる旅も楽しそうだ。
川底を掘ったら湧き出す“野性の湯”

スコップで川底を掘る
切明温泉といえば、 やっぱり思い浮かぶのは自分で掘る野天風呂。
川原に湧き出す熱い湯を見つけて、良さそうな場所にスコップを入れる。なんだか宝探しでもしている気分でワクワクしてくる。熱すぎたら、川の水とブレンドして、ちょうどいい温度に調節する。

服のまま足湯を楽しむのもいい
水着で川原の露天風呂に浸かっている人もいれば、服のまま足湯を楽しんでいる人もいる。私も、ちょうどいい高さの岩を見つけて腰を下ろし、足を湯に浸した。
川のせせらぎが絶えず耳に届き、目の前は雄大なV字峡谷。風が通り抜けるたびに、体の奥に溜まっていた日常のざわつきが洗い流されていく。足元からじんわりと伝わってくる温泉の熱が、心まで元気にしてくれるような気がした。

爽快な風を感じて足湯を楽しむ
切明温泉の宿は「雪あかり」「切明リバーサイドハウス」「雄川閣」の3軒。雪深い場所だけれど、どの宿も通年で営業しているのはありがたい。栄村が所有していた「雄川閣」は、いま民間への譲渡が進んでいる最中で、現在は休業中。再開のメドはまだ立っていないという。
宿泊するなら、宿でスコップを借りられるので身軽に出かけられる。日帰りなら、自分でスコップを持っていくといい。そして、この野天風呂に入るときは“必ず水着着用”というのが村のルール。露天風呂気分で裸で入るのはNGだ。
とはいえ、脱衣所があるわけではないので、宿や車の中で着替えてから向かうのがスムーズだろう。

大きな岩もごろごろ
観光協会のホームページや現地の看板を見ると、「河原の湯」「河原の温泉」「川原の湯」と表記はバラバラなので決まった名称はないのかもしれない。人工的に整えられた露天風呂とは全く別物で、ここでは自然に身を委ねているだけで、体の奥から力が湧いてくるような気がする。ただ川原に座り、ぼーっと流れを眺めているだけなのに、心が落ち着いてくる。
ここは自然のままの川原だから、入るのにお金もかからないし、決まった時間もない。ただし、増水時は危険なので立ち入り禁止。自然と遊ぶ場所だからこそ、ルールを守りながら楽しみたい。足を運ぶべき価値ある温泉だと思う。
国産木材で作る本物の器を作る「山源木工」

山源木工
蛇淵の滝近くにある「山源木工」は、100年以上続く木工所だ。一枚板のテーブルや木鉢などを、4代にわたって作り続けてきた。
店に入ると、輪切りのテーブルや飾り棚、そば鉢、天然木の器がずらりと並ぶ。使われている木材はすべて国産で、トチノキ、黒柿、カエデ、ケヤキ、エンジュなど。なかでもトチノキが6〜7割を占めるという。

愛用するティーポット
私の手元には、ここで4年前に買った木製のティーポットがある。飴色に育ち、艶を増し、手にしっくり馴染むようになってきた。壊れたら買い替え、飽きたら手放すのが当たり前の時代に、 使うほど味わいが深まる道具は、私のモノ選びの基準をちょっと変えてくれた。
「そうなんです。うちの商品は、ずっと持つ。だから、一度買うと次の世代が買い替えない限り、なかなか売れないよ(笑)」
そう笑うのは、3代目の石沢哲(ひとし)さん(74歳)。初代は秋山郷で名の知れた“木挽き”。2代目は鍬の柄や甑(こしき)―酒米などを蒸す木のせいろ―を作っていた。そして、哲さんは樹齢300年以上の木を加工した輪切りテーブルを、日本で最初に売り出したのだそう。
「当時は輪切りにするのは技術的に難しくて、なかなか作れなかったんです。いろいろ試して、一番適したトチノキで作り始めたのが昭和30年代。考案したのは父で、私が流通ルートに乗せました。全国からお客さんが来て、爆発的にヒットしたんですよ」。

秋山木鉢
昭和50〜60年代には「木製の回る椅子」や「秋山木鉢」もヒット。当時の秋山郷には木鉢職人が25人ほどいて、できた木鉢はすべて買い取ったという。
「初めは35〜45cmくらいの木鉢が家庭の主婦に売れました。90年代後半から2000年代前半の手打ちそばブームの頃には、そば屋を開業する人たちが60cmほどの木鉢を買い求め、すごい勢いで売れました」。1年で200個ほど売れた時期もあったそうだ。

最近は木のプレートが人気
現在は4代目が、木工の技を次の世代へと繋いでいる。今の主力商品は3000〜6000円ほどの木製皿や菓子皿、お椀など、暮らしに寄り添うアイテム。トチノキは木目が美しく、手頃なのに長く使えるのが魅力だという。旅の途中に立ち寄って、暮らしを豊かにしてくれる道具を探してみるのもいい。
『山源木工』
住所:新潟県中魚沼郡津南町大赤沢丁97
電話:025−767−2091
営業時間:8時〜17時(食堂10時〜15時)
定休日:なし(不定休)
文・写真/野添ちかこ
温泉と宿のライター、旅行作家。「心まであったかくする旅」をテーマに日々奔走中。「NIKKEIプラス1」(日本経済新聞土曜日版)に「湯の心旅」、「旅の手帖」(交通新聞社)に「会いに行きたい温泉宿」を連載中。著書に『旅行ライターになろう!』(青弓社)や『千葉の湯めぐり』(幹書房)。岐阜県中部山岳国立公園活性化プロジェクト顧問、熊野古道女子部理事。
