Googleが採用した日本人アーティストの意外な在籍場所で…本人も気付かない「可能性」を引き出す最も重要なこと
Google Pixelが起用したアートの出どころ
2026年5月20日、Google Pixel誕生10周年を記念して発売された、日本限定モデル「Google Pixel 10a Isai Blue」は、特別なコラボレーションによって生まれた。共創パートナーとなったのは、「異彩を、放て。」をミッションに掲げるHERALBONY(ヘラルボニー)。主に知的障害のある作家のアート作品をライセンス化し、ファッション、プロダクト、空間デザイン、企業ブランディングなどへ展開する、日本発のクリエイティブカンパニーだ。岩手県盛岡市で、重度の知的障害を伴う自閉症の兄がいる、双子の兄弟、松田文登氏と松田崇弥氏によって、2018年に設立された。
Googleとヘラルボニー、両者に共通するのは、「一人ひとりの可能性を広げ、多様性を肯定する」思想である。
「Google Pixel 10a」の限定モデル「Isai Blue」という名称は、ヘラルボニーの「異彩を、放て。」という理念から来ている。テーマカラーであるブルーは、自閉症啓発デーのテーマカラーであり、ヘラルボニーのブランドカラーでもあり、サムライ・ブルーなど日本をイメージさせる色、「ありのままの多様な個が肯定される社会」を象徴している。
グーグルが共感する「異彩を、放て。」という理念は、実は原点となるものがある。岩手県花巻市、世界で活躍する大谷翔平選手の母校、花巻東高校から目と鼻の先にある「るんびにい美術館」だ。
ヘラルボニーがライセンス契約やプロダクト展開してきた代表的な作家も、今回の「Google Pixel 10a Isai Blue」に起用された作品のひとつも、「るんびにい美術館」に所属する。
岩手県を始め、JALやLIXIL、三井不動産など多数の企業と共創するヘラルボニーや、「世界で最も価値のあるブランドの1つ」とも言われるGoogleの最新スマートフォンにも起用されたアートのある、岩手県花巻市の小さな美術館には、いったい何があるのか。
そこには、かつては知的障害という言葉で一括りにされたアーティストらが、“その人”として存在できること、結果内側から自然発生した「やってみたかったこと」が作品という形に結びつく、そんな美術館を目指すアートディレクターの存在があった。
学校にも農村にも居場所のなかった障害者
るんびにい美術館について語る時に、決して外せない人物がいる。障害のある作家の個々の才能を引き出し、開花される環境づくりに努めてきた板垣崇志(いたがきたかし)氏、美術館のアートディレクターである。
大学で心理学を学んで卒業したあと、再び美術大学に入り直した板垣氏は、ひょんな縁で、「光林会」に手伝いを頼まれる。光林会とは、岩手県花巻市の光林寺という寺の住職が、1950~60年代、「義務教育免除」という名目で学校からも、農村からも排除されていた障害のある子どもたちに、「出会いと学び、そして働き、生活する場」を作ろうと立ち上げた、社会福祉法人だ。
光林会は、地元の障害児を受け入れ、彼らの成長に合わせ、児童施設、成人施設、グループホーム、就労支援、デイサービスなど少しずつ施設を広げ、2007年にるんびにい美術館を開館した。
板垣氏は美術館ができる10年ほど前に、知的障害者らのつくる作品を社会に繋ぎ、育てる「目利き」として雇われたという。
「命は平等ではない」
美術と心理学を学んできた板垣氏は、障害のある人たちを福祉という名のもとに集め、社会から切り離してしまうような構造に、強い違和感を抱いてきたという。
「障害のある方々を、社会との接続からある程度切り離した場所に集約することで、社会全体の機能を高めようとしてきた面があると思うんです。あちら側は競争原理を使って発展していく。一方で、こちら側は“福祉”という視点で居場所や生きる場所を確保する。
そういう分断によって、社会の安定性を保ってきた部分があるんじゃないか、と」
しかしその分断の根底には、私たち自身が無意識に抱えている価値観があるとも語る。
「よく『命は平等だ』『命は等しい』と言いますよね。でも実際には、私たちは心の深いところで、『命は平等ではない』『命には価値の差がある』という感覚を、かなり強く持っているんじゃないかと思ったんです」
そして、その違和感に気づかない限り、障害のある人と社会との分断は、本質的には解消されないのではないかと考えるようになった。
「ただ、これは知的障害のある方たちの作品を並べただけでは、訴求力が足りないんじゃないかと思いました。もっと関心を持ってもらうには、どうしたらいいのか、と考えた時に、『命』をテーマにしたらもっと広げられる。多くの人にアプローチできるんじゃないかと考えました。
一人ひとりの命の価値を考えるきっかけとなること、見る人の感覚を揺さぶったり、深めたりする。そういうことをやるのが、美術館という場なのでないでしょうか」
大事なのは「何をやっても大丈夫」と感じる空気
そうした思いから、るんびにい美術館は「アウトサイダーアートに出会う場所」でも、「障害のある人のアートの美術館」でもなく、「命に出会う美術館」というテーマを掲げるようになった。そして自分たちの役割は、社会の分断を越えていく入口になることだと考えている。
そんな板垣氏は、多くの作家たちと、強い信頼関係を築いている。一般に意思の疎通が難しい知的障害のある作家らと、コミュニケーションをとる時に、何に気をつけているかをうかがった。
「まず大事なのは、彼らのいる場がどんな空気を持った空間であるか、です。
ここで自分が表現することは、全部受け入れられる。絶対に否定されない。そういう安心感や信頼感がなければ、人って本当の意味では表現できないんですよね」
人は、自分の内面にある未知の世界観や表現の可能性に気づかないまま、生きていることもある。最初から強烈な表現を持っている人ばかりではない。板垣氏は続けた。
「ずっと描き続けてきた方ばかりじゃない。たまたま何かのきっかけで、おずおずとペンを持って、『何を描こうかな』と迷いながら始まる方もいます。そうした人たちにとって重要なのが、『ここでは何をやっても大丈夫だ』と感じられる空気です。
障害のある方、とくに上の世代の方々は、ダメ出しをたくさん受けて育ってきています。何かやろうとした瞬間に、『それはダメ』と言われるんじゃないか、という感覚がすごく強いんです」
だからこそ、るんびにい美術館では、「正しく描く」ことも、「上手に描く」ことも求めない。
「ここでは、どんな表現をしても絶対に否定されない。そのことを、言葉だけじゃなくて、こちらの振る舞いや空気感から感じ取ってもらうことを大事にしています」
必要だったのは「指導ではなく、観察」
さらに板垣氏は、一人ひとりに合った「表現の環境」を丁寧に探る。
「必要なのは、カラフルなマーカーなのか、細いボールペン1本なのか。小さな紙のほうが集中できる人もいれば、大きな画面で一気に描いたほうが力を発揮する人もいる。本当にひとりひとり、違うんです」
だから板垣氏は、指導ではなく、観察するという。
「その人の表現が、一番自然に走り出す条件を少しずつ探っていく。そのための道具立てを準備する。それが私たちの役割なんだと思っています」
注意深く見守り、伴走する板垣氏は、ひとりひとりのアーティストについて、詳細に語る。
たとえば、独創的なグラフィックアートが、盛岡市内のあちこちのモニュメントになっている小林覚氏にとって、それは「アート」ではなく「文字」だった。
線がすべて接続された独特の文字は、自閉症特有の不安から、「線が途中で終わることへの違和感」によって、描かれたものだったのではないかと板垣氏は解説する。
つまり、周囲から見ると「芸術」だが、本人にとっては、自分を安心させるための構造化だった。
また、黒のドット柄がヘラルボニーでも人気の佐々木早苗氏は、30代まで絵を描いたことがなかった。もともと織物をしており、そこから、絵画へ応用していった。
板垣氏は、こうした変化を非常に重視している。「できないこと」を教えるのではなく、すでに持っている感覚が花開く、別の形を探ることが支援だという考え方である。「できないこと」を教えるのではなく、すでに持っている感覚が花開く、別の形を探ることが支援
障害のある子どもたちに、「出会いと学び、そして働き、生活する場」を作るために誕生した、社会福祉法人「光林会」、その一環で設立されたるんびにい美術館は、障害のある人々を異質な存在と見なして、社会から分断していることへの違和感に気づかせ、命の価値を問い直し、多様な感性と生命力を湛える作品との出会える場である。板垣崇志氏は、美術館を通して、社会に変化を起こすきっかけが作れたら、と考えている。
多様な感性と生命力が表現された「Isai Blue」
ヘラルボニー契約作家によるアートを活用したオリジナル壁紙やカスタムテーマが搭載され、専用ケース、限定ボックス、ステッカーに至るまで、アートとテクノロジーが融合した世界観が徹底された、「Google Pixel 10a」。
起用された作品の一つは、るんびにい美術館に在籍する作家、工藤みどり氏の《(無題)(青)》。深い青の表現には、多様な感性と生命力が重ねられている。
Googleとヘラルボニーは、このプロジェクトを通じて、スマートフォンを単なるデバイスではなく、「個性や感性と出会う入口」として再定義しようとしている。
「Isai Blue」は、テクノロジーとアート、多様性への思想が交差する、日本限定の象徴的な一台である。
