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「個人金融資産2000兆円」という数字は、日本人の勤勉さの証であると同時に、世界の成長から距離を置き続けた「停滞の記録」でもあります。20年間で家計資産を3.3倍に伸ばした米国と、1.5倍に留まる日本との決定的な違いは、自分のお金をどれだけ世界経済の成長に委ねてきたかという点に集約されます。日本人が本来手にできたはずの豊かさを取り戻すためには何が必要か。代田秀雄氏の著書『オルカン思考:世界経済を味方につける「長期投資」の教科書』(Gakken)より、米国人のお金の使い方を通して、お金を「使う前提」にすることの重要性についてみていきましょう。

預金好きの日本人、問題の本質は「お金を使わないこと」ではない?

私は、資産運用は増やすこと自体が目的なのではなく、最終的には使ってこそ意味があるものだと考えています。

一方で、日本では昔から「日本人は預金好きだ」「貯めるだけ貯めて、なかなか使わない」といわれてきました。個人金融資産が2000兆円を超えると聞くと、「お金は十分にあるのに、うまく使われていない」という印象を持つ方も多いかもしれません。私自身も、かつてはそう考えていました。

しかし、長年日本の投信市場に携わり、データと現実を見続ける中で、次第に違和感を覚えるようになりました。本当に問題なのは、「日本人が使わないこと」なのでしょうか。むしろ問題は、使う余裕が生まれるほどには、資産が増えてこなかったことにあるのではないか――私はそう考えるようになりました。

米国の家計金融資産は20年で3.3倍、日本は1.5倍…生じる差の正体

その感覚を裏づける象徴的なデータが、つみたてNISA導入前年の2017年に金融庁が公表した資料にありました。そこでは、1995年(英国のみ1997年)を起点として、約20年後の2016年に、各国の家計金融資産がどれだけ増えたかが比較されています。

結果は明確でした。米国は約3.3倍、英国は約2.5倍に増えているのに対し、日本は約1.5倍にとどまっていたのです。20年間という長い時間をかけても、日本の家計金融資産の増加率は、米国の半分にも届いていませんでした。

日本人のお金は“貯めすぎ”ではなく…

「日本人は預金好きで、資産があり余っている」という通説とは、ずいぶん異なる姿が浮かび上がります。問題は“貯めすぎている”ことではなく、増えにくい形で資産を持ち続けてきたことにあったのです。

[図表1]各国の家計金融資産の推移 出所:FRB、BOE、日本銀行より、金融庁作成

同じ資料には、2016年末時点の家計金融資産の構成比も示されています。日本では、現金・預金が51.7%を占め、株式・投資信託は間接保有を含めても18.6%にすぎません。一方、米国では、現金・預金は13.7%にとどまり、株式・投資信託が46.2%を占めています。

[図表2]各国の家計金融資産構成比(2016年末) 出所:FRB、BOE、日本銀行より、金融庁作成

この違いは、単なる国民性の問題ではありません。自分のお金を、どの程度「経済の成長」というリスク資産に委ねてきたか。その積み重ねの差が、20年後の資産規模の差として現れているのです。

つまり、日本人が将来に不安を抱き、資産を使うことに慎重になるのは、ある意味で自然ともいえます。増えにくい資産構造のままでは、「安心して使える状態」に到達しにくいからです。

だからこそ、「うまく使う」というテーマは、「贅沢をしよう」という話ではありません。増やし方と使い方を一体で考え、資産を人生にどう還元していくかを整理すること。それが、日本人が本来手にできたはずの豊かさに、ようやく手を伸ばすための出発点になるのだと思います。

老後に使う、住宅に使う…米国人の「お金の使い方」

さて、先ほど紹介した米国の家計金融資産は3倍以上に増えたあと、どうなっているのでしょうか。少なくとも一般家庭の場合、運用した資産の多くが残ってしまい、相続に回されるということはあまりないでしょう。

日本では「使うこと」に心理的ハードルがあり、運用しても“使わずに終わる”ケースが少なくありません。私が常々強調している「お金を使うこと自体が社会への還元であり、資産運用のゴール」という考え方は、米国の資産形成文化では当たり前のことになっています。

「そんなに増やした資産を米国人は何に使っているのですか?」と聞かれることがあります。そこは増えた資産を“どう使うか”を常に考えている米国人と、使うのが苦手な日本人の文化の違いもあるかもしれませんが、その内容を見てみましょう。

私が見る限り、米国人は増やしながら使う天才でもあります。もちろん、老後2000万円問題ではありませんが、彼らにとっても老後生活をいかに豊かに幸せに暮らすかが、最大のお金の使い方なのです。しかし、それだけではありません。彼らの6つのお金の使い方についてご紹介しましょう。

1.老後の生活水準を上げる:自分のために使う

彼らは、運用したお金は「自分のために使うんだ」というはっきりした意思を持っています。

米国は自助努力型(self-help)の社会保障制度ですから、公的年金が日本ほど手厚くありません。そのため、運用で増やした資産を退職後の生活費、趣味・旅行、セカンドハウス利用などといった自らの生活の質(Quality of Life)を引き上げる支出に積極的に使います。

運用は「将来の安心」を買うための行為であり、使う前提で資産形成をしている点が日本と大きく異なります。

2.住宅資金:不動産と運用の両輪

米国でも、住宅購入は最も重要なライフイベントです。日本以上に、買い替え、住み替えが多い国ですから、運用資産の一部を適宜、住宅資金の頭金として使ったり、住宅ローン返済に活用したり、住み替えやダウンサイジングの費用などに使います。

日本では、一度自宅を購入すると頻繁に売買することはあまりないですが、米国は、住宅そのものが運用資産として流通しやすい市場であるため、不動産と金融資産の両輪で資産形成が行われています。上がれば売って収益を得て、もっと小さな家に住み替える、郊外に住み替える、といったことも多く行われています。

3.教育投資:子ども・孫への投資

米国では教育費が極めて高額です。1年で1000万円もの学費がかかる大学も少なくありません。子どもたちは奨学金などを使って、自分でも学費を調達しますが、親も補助をすることが多く、運用資産の大きな使い道となります。

子ども(孫)の大学進学資金(年間400万〜800万円は普通)、大学院進学資金、留学費用、529プラン(教育資金の非課税口座)による積み立てなどがその代表的な例です。

米国では、「教育は最高の投資」という価値観が徹底しており、増えた資産を喜んで“人への投資”に充てるという傾向が強くあります。そのため、自分の子どもだけでなく、孫への補助なども惜しみません。

4.事業投資・転職・起業の原資

米国はキャリアの流動性が高く、一つの会社に終身雇用で勤めることは稀です。また、会社員として勤めたあと、自分で起業して会社経営をし、また会社員に戻るなど、キャリア形成の柔軟性も日本とはかなり違います。

そして、30歳あるいは40歳前後で、キャリアアップ、キャリアチェンジなどさまざまな理由で、再度学び直す人も多くいます。そのため、起業資金やキャリアチェンジのための学費、または移住や転職活動の資金などの用途に運用資産が使われます。いわば、自己成長とキャリアアップのための投資に資金が回るのです。

5.寄付・寄贈(フィランソロピー)

米国では、寄付が社会文化として根づいています。高齢になってから寄付をするだけでなく、子どもの頃から少額であれ、自分の親しみのある分野や応援したい事業に寄付をするのが習慣化しています。寄付先としては、大学、病院、奨学金基金、財団(Foundation)設立、地域コミュニティ支援などが挙げられます。

超富裕層に限らず、中間層でも一定の寄付を行う人が多く、資産形成→社会への還元が自然なサイクルとして成立しています。

6.相続・世代間移転

米国では自分が元気なうちに、“保有している財産をどのように使い、どのように渡すか”を計画的に考える文化があります。具体的には、生前贈与、教育資金として早期移転、信託(Trust)による資産承継といった形で、“生きているうちにどのように使い、どのように渡すか”が実行されます。

一方、日本では「生きているうちにいくら使うかわからない」「資産を渡してしまうとその後、関係性が変化してしまうのではないか」など、ここでも使うことや渡すことへの心の壁があり、なかなか実行されません。

このように、米国人は「使う前提」で資産形成をしているといえるでしょう。米国の家計は、日本のように“貯めて終わり”ではなく、「老後」「住宅」「教育」「キャリア」「寄付」「相続・贈与」という多様な用途を想定して運用し、実際に使う文化があります。これにより、投資に対する意識が前向きになり、結果として資産形成の好循環が生まれているのです。

「使い下手」の日本人にもこれから、徐々にこういった文化が生まれてくるものと期待しています。

代田 秀雄

三菱UFJアセットマネジメント 前常務

シロタ・ウェルス・アンド・ウェルビーイング・アドバイザーズ 代表